技術の発展は、常にビジネス界に「変革」というポジティブな可能性を与えてきた。今日のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)もその表れ。だが変革を志向し、前例のないビジネスを確立しようとすれば、既存の法律や規制との「戦い」もまたついて回る。まるで「発展や進化」の「敵」のように捉えられがちなのが「法や規制」だ。しかし、『レグテック』(日経BP社刊)著者の佐々木隆仁氏は、そうした短絡的解釈を一笑に付す。「法や規制」を味方につけて初めて「変革」は成就する、との発想からRegTech、LegalTechを事業として成立させてきた経営者でもある佐々木氏に、DX時代にふさわしい「法や規制」との付き合い方を聞いた。

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20年前に生まれた潮流「リーガル×テクノロジー」

 2012年にAOSリーガルテックを設立した佐々木隆仁氏は、社名が示す通り、法的分野にテクノロジーを活用するLegalTechで付加価値を提供。DXや俗に言うX-Techの可能性が世間で取りざたされる以前から、独自のプレゼンスを確立してきた。そこで、そもそもの起業背景を聞くと、実に興味深い答えが返ってきた。

「多くのビジネスパーソンは、新しい製品やサービスの開拓にテクノロジーが用いられるような話題を好みますよね? 当然のことだと私も思うのですが、ITやデジタルといった技術がそうしてどんどんビジネスに取り入れられれば、セキュリティーを維持する側や、その実状をチェックする側にもテクノロジーリテラシーが求められるようになります。

 例えばデータの価値が高まれば高まるほど、情報漏洩という事件の重大さや深刻さも増していきますから、法や規制をつかさどり、取り締まる当局にも技術水準の向上が求められるようになったのです。

 法務分野に従事されている方などを除けば、気付いていない方も多いでしょうけれど、法律分野(Legal)、規制分野(Regulation)でも、20年ほど前から技術革新と導入が実は続いてきているのです」

 元々、1990年代にデータ復元の技術によってAOSテクノロジーズを成功させていた佐々木氏の下に、警察をはじめとする司法当局、あるいは金融庁といった規制当局からの相談や依頼が増えていったのは、2000年前後のことだったという。まだ誰も命名はしていなかったものの、LegalTechやRegTechはその頃から動き出していたのだといえる。

「例えば、インサイダー取引が行われた疑惑が生まれ、捜査が始まったとしても、その頃には証拠となるデータは犯人によって消されていたり、改ざんされていたりするかもしれない。そうした事態において、真実を究明し、正しく対応するためにはどうしても先進的技術が必要になります。新たな時代にふさわしい法規制をつくり上げていく上でも、高水準な技術知識とリーガル及びレギュレーションに関するリテラシーの両方を備えた存在が不可欠になっていきます。

 AOSは法規制当局へのご協力という時代背景もあったことから、早いタイミングでLegalTechやRegTechの可能性に気付き、成果を蓄積していくことが可能になったんです」

 佐々木氏は面白いことも教えてくれた。今でもなお、企業不祥事発覚の際などは「膨大な書類を詰め込んだ段ボール箱を大量に押収する当局」の姿がニュース映像として放映されるが、デジタルデータが企業活動の多くを支えている現代において「印刷された紙」の価値などさしたるものではないとのこと。

 言われてみれば確かにそうだ。一概には言い切れないが、このような映像の多くは事件性を分かりやすく象徴するものとしてニュースメディアが多用しているだけ。本来の捜査の核心部分は、デジタルなプラットフォーム上で行われているというのである。

 ともあれ、時代のデジタル化が進み、データの価値が高まるとともに、法・規制の領域でも同時に技術革新が進み、LegalTechやRegTechと呼ばれるようになったというわけだ。では今、あらためてリーガルテックやレグテックという言葉で語られるようになったことには、何か意味があるのだろうか?

レグテックの最大のポイントは「双方向性」

 かつてのIT活用によるリスクマネージメントと現代のリーガルテックやレグテックの間には、何か明確な違いはあるのだろうか? ストレートに問うと「大きな違いがある」と佐々木氏は言う。だからこそ今回『レグテック』という著書も出したのだと。

「この10年、20年の間に世の中で用いられるテクノロジーには大きな変化がありました。それは双方向性の増大です。例えば以前なら、外に漏らしてはいけない機密データをしっかり守ることに専念すればよかったのです。ビジネスに用いられている技術の多くが一方通行であり、データの往来が限定的だったので、その状況に見合う技術さえあれば良かった。

 ところが今や双方向性を生かした技術や機能を用いて新しいビジネスが展開されています。しかもデータは猛スピードで蓄積され、書き換えられてもいく。人工知能ビッグデータ解析などの活用も進み、『情報は守るもの』から『使って生かすもの』へと変化しています。

 さらに言えば、複数のプレイヤーが参画するコラボレーションやオープンイノベーションなども加速している。そんな中でも、リスクマネージメントはしなければいけませんし、セキュリティーも維持しなければいけませんし、コンプライアンスも厳守しなければいけない。こうなれば、既存のテクノロジーだけではどうにもならなくなる。それが現在であり、だからこそあらためて、そうした時代への新しい対応をリーガルテックやレグテックと呼んでいるんです」

 キーワードは双方向性。そうした技術が社会や生活のあらゆる面で活用されるようになった結果、例えば以前ならば企業内に埋もれて見えにくくなっていた不正な事実も、露見しやすくなったのだと佐々木氏は言う。隠匿されていた不正が露見したとき、その企業がどう衰退していくのかを、われわれは2018年までに嫌というほど見てきた。露見原因がデジタル絡みではなかったとしても、取り締まる側のテクノロジーへの投資が急激に増大していることも佐々木氏は教えてくれる。

 今後、DXの進展は次々に新しい事業や産業を生み出していくはずだが、そうなれば規制や法律もまた新設もしくはアップデートされていく。テクノロジーの使い道は「古き悪しきもの」を隠すためではなく、「新しき規制やルール」を競合よりも早く確実に受け入れ、経営の質を向上させるためにある。そこで問われるのが本質的なリーガルテックでありレグテックというわけだ。こう考えれば、これらのテクノロジーが保身のためのものから、成長や競争優位に不可欠なものへとパラダイムシフトを起こしたこともまたわかる。

 佐々木氏は著書『レグテック』で、2018年現在のレグテックが「レグテック3.0」の段階にまで発展していると明記。これらを導入して、社内に不正が生まれないように常時チェックしていく姿勢が、今後加速するだろうと予見している。

 これについて佐々木氏は具体例を2つ挙げて、わかりやすく説明してくれた。その1つがコーポレートガバナンスにおいて大きな問題になっているハラスメントに関するレギュレーション対応だ。

「現代では、日本でもパワハラやセクハラの訴訟が珍しくなくなっています。従業員の人権を守り、健全な組織運営をしていくためにも、社会的信頼を損ねないためにも、これらハラスメントに関わる規制に企業は対応しなければいけません。

 もしもかつての一方通行社会であれば、規制当局は通知をするだけで済んだでしょう。受け取る企業も対応を約束するだけで許されたのでしょうが、双方向性社会ではほころびがあれば簡単に露見します。きちんとガバナンスなりコンプライアンスなりを維持していくためには、アナログな呼びかけだけでは不十分。では、先進的企業はどうしているのか? 例えば社内チャットにAIを導入し、ハラスメントにつながるような発言に対してアラートを提示したりしています」

 DXの一環として、エンドユーザーとのコミュニケーションにAI活用によるチャット機能を導入している企業は少なくない。どういった問い合わせが多く、その場合に社内にあるデータのどの部分を提示することで問題解決できるかを学習し、顧客満足度の向上を実現。同時に、顧客の求める要素をデータとして蓄積し、事業に生かしていく流れだ。こうしたアプローチが、社内のハラスメント防止・抑止においてもレグテックとして用いられているというわけだ。社内チャットやメールに監視機能を設け、これにAIを導入することで「ハラスメントにつながりやすい単語を多用する社員」をチェックし、人事考課に役立てようとしている企業も実在すると佐々木氏。

 もう1つの事例は、働き方改革の中でも特に注目されている残業時間規制について。これまた一方通行で「●時間以上の残業はするな」という通達を社員にするだけでは、徹底できないことから、双方向型技術を用いたレグテックが導入されているという。

「技術活用の進展により、例えば会社に行かなくても仕事ができるような『働き方の多様化』が始まっている一方で、誰が、いつ、どのくらい仕事をしていたのかをチェックすることも可能になっています。法規制をしっかり守り、従業員のためにも過重労働を未然に防ごうという経営者は、労働時間の掌握にテクノロジーを用いて確認できる体制を整え始めているんです」

 以上は、今日のリーガルテック、レグテックを知る上での序章に過ぎない。次回は、規制と正面から向き合う金融業界で進むリーガルテック、レグテックの話題と、今後大きな変化が予想される医療界、司法界におけるDX、さらにはリーガルテック、レグテック自体の可能性について、佐々木氏に語ってもらう。

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AOSリーガルテック株式会社 代表取締役社長 佐々木隆仁氏