ある在日ミャンマー人一家に起きた出来事を描く、実話をもとにした映画『僕の帰る場所』。本作が長編初監督作品となる藤元明緒監督に、映画を作ったきっかけや、作品に対する思いをうかがった。

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『僕の帰る場所』は東京の小さなアパートに住むミャンマー人一家の物語。入国管理局に捕まった夫アイセに代わり、家庭を支える母ケイン。幼い兄弟のカウンとテッは日本で育ち、母国語は話せない。2人の将来や今後の生活に不安を抱き、ケインは子供を連れてミャンマーに帰ることに。実在の家族をモデルに、国を越えて離れ離れになってしまった家族の絆を描く。

■ 「ミャンマーってどこにあるの?」から映画製作にいたるまで

まるでドキュメンタリーを思わせる映像が特徴の本作。第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門でグランプリと監督賞を受賞した。製作のきっかけは、映画監督を志していた当時の藤元監督が、ミャンマーで映画を撮る企画に応募したことだった。それまでは「どこにあるか知らなかったですね。アウンサンスーチーさんくらい」と藤元監督。映画製作は監督とミャンマーとの出会いでもあった。

映画のモデルとなった家族の父親と出会ったのは、入国管理局。在日ミャンマー人に紹介された、日本人の難民支援ボランティアに同行したときだった。父親と仲良くなるうち、本作の題材となる家族の話を聞いた。監督自身、幼いころに両親の離婚を経験し「もともと家族が離れ離れになるとか、親との衝突は映画をやる前からずっとテーマとして持っていたんです」と話す。突然ミャンマーに行くことになった子供の状況が自分と似ていると感じ実際にミャンマーに足を運んだという。

実際に子供に会ったとき、この家族について映画を作ろうと決めた藤元監督。父親から、子供は毎日暗くて泣いていると聞いていたが、会ってみるとすごく明るく、まだ完全には慣れていなくても、頑張ってミャンマー語を話そうとするなど、成長具合が見えたそう。

「この子とそのお母さん自身に何があったんだろうというのをすごく知りたくて映画にしようと思いました。もう一回その時間を再現しよう、彼らがたどった時間の中で子供が成長するきっかけや乗り越えた瞬間はなんだろうと思ったんです」と監督は当時を振り返る。

■ 細やかな家族の描写が「難民」というテーマを浮かび上がらせる

監督のその思いは、映画での描かれ方にも表れている。家族の物語のなかで「難民」というテーマは重要な要素であるが、直接的な説明はなく、家族の生活を通して浮かび上がるようになっている。

「制度やシステムは毎年変わり、それを伝えるための役者となると、全部説明的な台詞になってしまう。あくまでも人の動き、日常の動きから見えてくるものだけを入れることにしました。あまり難しくなく、知識がなくても観られるようにしたかったんです。あとはそういう枠組みで観られるのがいやだなと思って。難民、移民の誰々さんとか。名前の前に何かがつくとそういう人でしかなくなってしまう。それが映画にしたときにすごくもったいない。なるべく風化しない、何年たっても観れるものにしたくて、人の感情にフォーカスしたつくりにしました」

出演者同士や、スタッフを含めた関係づくりにも時間をかけた。映画の中で仲睦まじく話したり、遊んだりする家族4人。母親役のケインと子役のカウンとテッは実の親子だが、父親役のアイセはミャンマーで日本人通訳として出会ったことがきっかけで出演。全員が映画は初出演で演技も未経験だが、まるで本当の家族のようだ。

監督はキャスト同志の関係づくりのため、父親役のアイセには撮影の約1か月前から舞台となるアパートに住んでもらった。そこに子供たちが遊びに行くことで、少しずつ4人の仲を深めていったそう。さらに「遊んでいる所に徐々にスタッフが増えていって。そしてカメラが入って勝手に撮っていたり、モニターが出てきたり。本番らしくだんだん近づけていきました」と藤元監督。キャストだけでなく、スタッフも含めた全員で信頼関係を深めたという。

撮影のときの様子をたずねると、子供達が委縮しないようにスマホサイズのカメラを使い、また日常の続きで撮影を行うなどの工夫があった。

「たとえば朝起きるシーンを撮るときは、前もってアパートに泊まってもらって、ただ窓の鍵だけあけておいてくださいね、と言っておく。そこからスタッフが朝早く集合して準備して、窓をそっと開けて、ごそごそみんなが起きて歯を磨くのを撮りました」

細かい演出はせずに大まかに伝え、まだ映画の撮影ということがわからない3歳のテッを全員で誘導しながら、時には脱線にも対応しながらの撮影だったそう。

監督がミャンマーまで会いに行った長男を演じたカウン。映画初出演だが、突然ミャンマーで生活することになった少年を繊細に演じ、オランダシネマジア映画祭では最優秀俳優賞を受賞した。藤元監督は「カウン君は記憶力、人の気持ちを察する能力がすごい。やってって言ったらやってくれます」と信頼を置く。最優秀俳優賞についても「本当に取ってほしかったんです。『カウン君ならいけるよ!』って言ってたらカウン君ずっとサインの練習してて。将来は俳優をやってみたいなあと言っています」とまだあどけない素顔も教えてくれた。

キャストとスタッフの強い信頼関係でできたともいえる本作。ひとつひとつのシーンに監督の思い入れは強い。脚本にはない良いシーンがたくさんあり、編集には2年半もの時間がかかった。それを振り切るきっかけとなったのはクランクアップ後に作っていた15分のダイジェスト版をもう一度観たときだった。「もう完全に煮詰まってる時に観て、もう一回初心に帰れました。そしたらこれだな、というのも見つかってきて」と振り返る。映画は企画から5年を経ての完成となった。

■ 映画に興味を持つきっかけとなった学生時代のミニシアターでの体験

監督と映画の関係を聞くと、「映画はあまり見たことなかった」と意外な答えが。もともとは「編集マンになりたくて。放送とか、CMとか」と藤元監督。映画はアルバイトしていたシネコンで観られるものを見ていたくらいで、仕事につながるものではなかったと語る。それが変わったのは大学卒業後に入った専門学校での授業だったという。

「ミニシアターというところを見るという授業があって、そこでえらい感動しちゃって。どっしり共感するっていうのが初めての経験でした。映画はあんまり共感するものじゃないと思っていたんです。遊園地に行くみたいな感覚で、スカッとしたり、楽しめたり。そこですごく映画に興味を持ち始めました」と明かしてくれた。

映画に興味を持つきっかけとなった学生時代を過ごし、地元でもある大阪で上映が始まることについては「不思議な感じです。ここで上映できるとは思ってなかったので。大阪でも難民の方とかミャンマーの方とかたくさんいるので、いろんな国籍の人に見てもらえたらと思います。友達にそういう人がいて、一緒に行って映画の感想言いあうだけでも変わってくるかもしれないし。ミャンマー人じゃなくても全然いいんです」と幅広い方に見てほしいと話す。

■ 気になる次回作は?

現在藤元監督は、第2次世界大戦時に戦死した日本兵の遺骨を掘り続けるミャンマーのゾミ民族の物語を短編で作成中だ。長編2作目の構想もあり「技能実習生の映画を作ろうと思っています」と明かしてくれた。ミャンマーと日本に限らず「いろんな視点から続けていきたい」と今後の抱負を語った。

映画『僕の帰る場所』は2月15日(金)からシネ・リーブル梅田で公開予定。(関西ウォーカー・松原明子)

映画『僕の帰る場所』藤元明緒監督インタビュー