日韓関係の険悪化が止まらない。昨年12月のレーダー照射事件に続き、今度は韓国国会議長の口から「天皇謝罪」を要求する発言まで飛び出した。もはやわれわれの理解を超えてしまった韓国側の無法な言動に、日本はどう向き合っていけばよいのか。長年にわたって外交官、そして在韓国特命全権大使として日韓関係の最前線に携わってきた武藤正敏氏に、文在寅政権との対峙法について語ってもらった。(構成:阿部 崇)

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武藤正敏・元在韓国特命全権大使)

 徴用工問題、慰安婦問題自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題、そして韓国国会議長による「天皇謝罪」発言問題。どれをとっても日韓関係が大きく損なわれるような問題が立て続けに起きています。なぜ日韓関係はこんなにも不安定な状況になってしまったのでしょうか。いうまでもなくそれは、文在寅政権の対日スタンスと関係しています。

「積弊清算」でちゃぶ台返し

 韓国との間の問題を考える上で、われわれ日本人がまず理解しておかなければならないのは、「文在寅政権の本質」です。

 文在寅氏は大統領選のさなかから、「積弊清算」と「歴史の見直し」を掲げていました。「積弊清算」とは、辞書的に解説すれば「長い間に積り重なった弊害に始末をつけること」ということになりますが、「積弊清算」「歴史の見直し」の前提には、「今までやってきたことは間違っていた。自分がやっていることこそが正しい」という発想があります。

 だから、文在寅政権は、どんな問題に対しても「自分たちが正しくて、相手が間違っている」という発想です。だから徴用工の問題、慰安婦問題も、過去の政権が積み上げてきた結論を「間違いだ」として、ぜんぶご破算にするようなちゃぶ台返しを繰り返しているのです。

 文在寅氏は、学生時代に当時の軍事政権に対する民主化闘争に参加、逮捕された経験を持っています。その後、人権派弁護士として活動。その際、盟友関係になったのが同じ法律事務所の先輩・盧武鉉氏でした。後に盧武鉉氏が政界に進出し、大統領になったときには、文在寅氏も大統領府入りを果たしています。盧武鉉氏は大統領在任期間、親北朝鮮と反米反日の政治姿勢を強く打ち出していましたが、文在寅氏もその点は全く同じです。

 文在寅大統領は今年年頭の記者会見で、過去に対して「日本はもっと謙虚になるべき」と発言しました。

 この発言に日本では大きな反発も生まれましたが、ここに文在寅政権の性格がはっきりと表れています。「謙虚になれ」という言葉には、「お前たち、まだ自分たちの過ちを認めようとしないのか。もっと謙虚になって俺の言うことを聞け」という発想がにじみ出ているのです。

 これが文在寅政権の本質です。

 徴用工問題では、日本からの徴用工への補償については1965年の日韓請求権協定で「解決済み」とされていたものを、韓国最高裁新日本製鉄に対し、韓国人元徴用工に対する損害賠償を命じた判決を下しました。これまでの両国の交渉の積み上げの成果を一気に壊してしまったわけですが、これについて文在寅大統領は「韓国にも三権分立はある」といって、司法への介入はあり得ないと語っています。

 ところが、自身の側近で、慶尚南道の知事だった金慶洙(キム・ギョンス)が大統領選の際の世論操作の疑いで逮捕され、懲役2年の実刑判決が下されました。まさか有罪判決が下るとは夢にも思っていなかった与党「共に民主党」の人々は一斉に裁判所批判を展開。「この判決を下した判事を弾劾すべきだ」との声まで上がるようになったのです。

 文在寅政権は、日本に対しては「司法の判断には従わなきゃいけない」と発言していたのに、自分たちが気に入らない司法判断には従わなくていい、と腹の中では思っていることが明らかになりました。要するに、文在寅大統領とその取り巻きたちは、「正しいのは俺たちなんだ。だから、俺たちの言うことに従え」という発想が性根に染み付いた人たちなのです。

文在寅政権も作っていた「ブラックリスト」

文在寅政権の本質」が発揮された例はまだあります。

 文大統領の前任者・朴槿恵氏が政権の座にあった時、政府機関を動員し、左翼的な文化人・芸術家をあぶりだすブラックリストを作成していたことが明らかになり、大きな批判を浴びました。もちろん、「共に民主党」の代表だった文在寅氏も強烈に批判していました。

 ところがいざ自分が政権の座に座るとどうか。大統領府の指示の下、政府系企業や官庁の外郭団体の幹部の政治的傾向を分析したブラックリストを作成。前政権関係者と目された民間人を、特別監察班をつかって監察している実態が明らかになりつつあります。朴槿恵政権のブラックリスト作成をあれだけ批判しておきながら、自分たちも同じことをやっているのです。これも、「俺たちがやることは正しい、お前たちがやることはけしからん」の発想だからできてしまうのです。

 もう一つ付け加えるなら、文在寅大統領の娘夫婦がタイに移住した一件もそうです。青瓦台は公式には論評していませんが、非公式レベルでは「大統領の娘でも海外に移住することは法的に問題ない」と言います。しかし、父の政権の下の韓国はそれほど住みにくい国なのでしょうか。さらに、「大統領娘一家は経済的に苦しい状況にある。それで働き口を見つけるためにタイに移住した。それだけクリーンな政権ということだ」と説明しています。ところが、文大統領の長男の政府機関への就職についても最近政権の後押しがあったと取り沙汰されているようです。

 とにかく、その説明を丸ごと信じろというのは無理があります。娘が出国前に、夫から譲り受けていたマンションを売却した経緯、夫の勤務先のゲーム会社が政府から約20億円の支援金を受け取っていて(但し、それは大統領就任前だと言われています)、そのうち3億円ほどは疑わしい点があるのではないかとも指摘されていますが、こうした疑惑についても、明確な説明はありません。説明責任を果たしていないと指摘されても仕方がないような状況です。

 こうした面に着目すれば、現在の韓国は、建前上は法治国家ではあっても、文政権になってから現実的には独裁国家的様相を強めているように見えます。しかも、警察、検察、国家情報院といった権力機関の改革に乗り出しており、ここでも自分たちに都合のいいように変えようという意図がうかがえます。これもまた、文在寅政権が「俺たちは全て正しい、お前たちが間違っているんだ」という発想に凝り固まっているからなのです。

 われわれ日本人にとっては、非常に厄介な思考の持ち主が隣国の大統領になってしまったわけですが、このような彼の発想の本質的部分を理解したうえで、文在寅という人物と付き合っていかなければなりません。

 日本で「良識派」と呼ばれる人たちは「安倍首相文在寅大統領と胸襟を開いて対話をし、関係改善を図らなければならない」と論評していますが、私は、これは困難な道だと考えています。なぜなら、関係改善を図れるのは、国益を考えているリーダー同士が腹を割って話し合った時だけです。果たして文在寅が行っている政治、政策に国益は反映されているのでしょうか? 韓国の国益を考えるのなら、そもそも下降一途の経済を立て直すため、経済政策を変えているでしょう。また、日本との関係をこのままにしておいてよいとは思わないはずです。

 ところが彼はそうではありません。日本との関係でも持ち出すのは、慰安婦、徴用工などの人権問題が中心です。要するに未だに人権派弁護士の思考で仕事をしているというのでしょう。これが、国益を総合的に考えるべき大統領の発想でしょうか。このように偏った思考、しかも「すべて自分が正しい」と考える人と関係改善を目指してひざ詰めの談判をしたとしても、向こうが梯子を下りてくることはないでしょう。相手が下りてこなかったら、日本が一方的に下りなければ妥協点を見いだせません。

日本はもう韓国に対して譲るべきではない

 私自身、40年にわたって日本と韓国との良好な関係構築のために汗を流してきましたが、この間の日韓の交渉でも日本は下りに下りてきました。ゴネる韓国に対して、「日韓関係を悪くしちゃいけない」との思いから、日本はギリギリのところで韓国に譲ってきたわけです。例えば慰安婦問題にしても、「法的には解決済み」という点では譲りませんが、アジア女性基金を作って、政府が直接支給しない形で元慰安婦の女性たちに見舞金を渡すというスキームを考え出してきました。知恵を絞り、譲れる範囲の中で、譲歩を重ねてきたわけです。

 その結果、韓国の対日感情は、一時、非常に良好になりました。政治の世界と歴史問題では対立もしましたが、民間レベルでの関係はかつてないほど緊密になりました。例えば訪日外国人の数を見てもそれは明らかです。2018年、日本を訪れた外国人は3119万人いましたが、うち韓国からの訪日客はおよそ753万9000人。中国の838万人に次ぐ人数で、全体に占める割合も24.2%と4分の1ほどを占めています。

 そういう意味で私は、これまでの日本の韓国への向き合い方が間違っていたとは思いません。しかし、文政権の本質を知りながら、無理難題に譲歩すれば、未来永劫譲歩を繰り返さなければならないでしょう。2015年の慰安婦合意では、お互いに折り合えるところで折り合い、「慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と宣言されました。こうした両国の外交的成果を政権が変わったからといってちゃぶ台返しを許し、さらに日本が梯子を下りていくのはお互いのためにもなりません。これからの韓国との交渉には毅然とした態度が必要です。

 文喜相国会議長が、慰安婦問題は「天皇陛下が謝罪すれば解決する」と指摘しました。文氏と言えば、韓日議員連盟会長も務めた知日派と誤解されていますが、要するに日本のことは知らないのです。天皇陛下が、政治にはかかわらないのだということ、日本人が陛下を心から敬っていることを理解していません。これは国会議長に限ったことではありません。その言い訳で、天皇陛下の「父は戦犯だった」という発言、それは事実と異なるばかりか、けっして看過できない発言です。ここに至っては何をか言わんやです。

 あと3年半、文在寅政権は続きます。その間、日本が妥協しなければ、日韓関係は今以上に悪化する懸念もあります。北朝鮮問題もあるので、韓国とは一日も早く関係改善に動きたいところなのですが、文在寅政権が続く限り、その見込みは薄いと言えます。残念ではありますが、いましばらくは、この冷え切った日韓関係を維持していくほかないでしょう。韓国に対して安易な妥協はするべきではありませんし、安倍首相にもそのつもりはないように見えます。

訪朝になぜ4機も必要だったのか

 韓国との付き合い方を考える上でもう一つ大切な視点は、文在寅政権と将来の韓国とを分けて考えるという視点です。

 つまり、韓国から反日的言動が飛び出してくるたびに、「あんな国とは断交しろ」「韓国は日本に関わってくるな」という声がネットを中心に飛び交っています。そう言いたくなる気持ちもわからなくはありませんが、韓国と国交を断っても日本にとってメリットはありません。

 あるいは「フッ化水素の輸出を止めればいいのだ。日本が製造をほぼ独占しているフッ化水素は半導体製造に必要な物質だから、これを止めてやれば韓国経済はガタガタになる」などという声もしばしば目にします。

 確かに、フッ化水素の輸出を止めれば韓国経済には甚大な影響が出るでしょう。しかし、それを実行したとしたら、韓国の人々はどう思うでしょうか。日本は戦前、軍事力で韓国を支配した、今度は経済力で痛めつけるのか、と反発するのは必至です。せっかく親日になった人々を反日に向かわせることになってしまいます。これはむしろ、文在寅大統領を喜ばせることにもなりかねません。日本にとってのメリットはほとんどないのです。

 われわれが強く抗議していくべき相手は、韓国国民ではなく、文在寅政権なのです。そこは明確に分けて考えなければなりません。

 文在寅政権に抗議するといっても、日本に対しては「積弊清算」で聞く耳も持っていない以上、国際世論に彼らの問題点を訴えてゆくべきでしょう。例えば韓国が国連の安保理制裁に違反しているのではないかという点での追及です。国連安保理は韓国が開城で届け出なしに石油を供給したのは制裁破りだと指摘しました。

 また、海上自衛隊哨戒機が、韓国海軍の駆逐艦からレーダー照射を受けた際、韓国海洋警察庁の警備艦は、北朝鮮籍の漂流船舶の救助活動を行ったとしていますが、この北朝鮮の船は、海上でいわゆる「瀬取り」をしていて、それを韓国の艦艇が保護していたのではないかという指摘もあります。

 さらに、昨年9月に平壌で開かれた南北首脳会談の際、通常なら大統領専用機2機が平壌に飛ぶところ、どういうわけか韓国からさらに2機が平壌入りしていました。後にその事実が明らかになると、1機には文在寅大統領一行が白頭山を訪問する際に必要な防寒具が積まれていたと説明されましたが、そんなもののために空軍機2機も必要ありません。

 韓国と北朝鮮との接触の際には、このように不可解な出来事がいくつも見え隠れしています。もしも、そうした際に韓国側から国連制裁決議に反する物資が北朝鮮側に渡っていたとすれば、これは国際社会の信義にもとる問題です。

 日本としては、そうした疑わしい状況を正確に把握・分析し、「問題あり」と判断した際には、文在寅政権の制裁違反を国際社会に訴えたらよいのです。
 
 今年3月1日は、韓国の「三・一独立運動」100周年にあたります。文在寅政権は、北朝鮮とともに、さまざまな祝賀行事を検討していると言われています。金正恩朝鮮労働党委員長が訪韓するという噂もある。いずれにしても、ここで文在寅政権は、日本に対する強硬姿勢のレベルをさらに引き上げてくることが予想されます。多くの韓国国民も、愛国心を刺激され、反日的言動を繰り広げるかもしれません。

 だからといって、感情的に反発するのは日本にとって得策ではありません。文在寅政権には毅然とした態度で応じつつ、日本に対する反発心も抱きながら、実は親日的でもある韓国の人々と、友好的な関係を築いていけるよう努力を続けるべきなのです。それこそが、文在寅、さらにその後ろにいる金正恩がもっとも嫌がる行動なのです。

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