矩子幸平[ライター

***

日本において、天皇制を支持している国民は9割以上とも言われ、「天皇制廃止」を主張する層は、どの世論調査でも最大でも1割未満、おおむね数パーセントとなっている。

この2月12日に発表されたNHK世論調査の「政党支持率」では立憲民主党5.7%、社民と共産合わせて3.5%である。奇しくもこの三者を合算した数値が「天皇制を支持しない層」の最大数値と近似している。おそらく、三者の支持者層と天皇制に反対する層もある程度重なっているような気がする。

いづれにせよ、独裁国家が独裁者への忠誠を強制しているわけでもないのに、9割の国民が支持をする天皇陛下の存在は、世界にも類を見ない。その意味では海外から見れば日本は非常に愛国的な国家であるように映るかもしれない。

その一方で、日本人として「天皇制支持率9割」という非常に愛国的に見える日本に暮らしていると、奇妙に感じることもある。例えば、以下のようなことだ。

*祝祭日に日の丸を家の前に掲げる家庭は少ない。
*自宅の応接間に日の丸天皇陛下の御真影を掲示している家庭はほとんどない。
*国家「君が代」と国旗「日の丸」に誇りを持ち、それを体外的に強く主張する人が少ない。
自衛隊旧日本軍人へのサービスがほとんどない。

このように書くと、「そんなことをしているのは右翼だけだろう?」という人が多いかもしれない。確かに、右翼であれば、上記のようなことは必ずしている。

しかし、筆者が奇妙に思うのは、上述したようなことを「右翼的である」と感じる感覚が、「天皇制支持率9割」の日本でまかり通っている、ということだ。

【参考】<パクリ問題なぜ急増?>パクリティラミス、中国マリオ、アリアナ・グランデ新曲…

ちなみに、上述した4つの「日本人から見たら右翼的なこと」は、独裁国家や社会主義国でなくても、日本以外の多くの海外の国々ではごく自然に、当然のものとして行われていることである。右翼でも保守でもなく、思想の左右とは無関係に日本以外の多くの国々の多くの人たちが持っている「当たり前の愛国心」なのだ。

例えば、帰国子女である筆者の経験から、身近な例としてアメリカを思い起こしてみる。

アメリカでは祝祭日は当然のごとく町中に国旗・星条旗が掲げられる。町内を歩けば、祝祭日でもないのに、星条旗を掲げている家庭は目面しくない。

政治的な意識が高い家庭でなくても、自宅の居間や応接室に「星条旗(国旗)」や「リンカーン大統領)」の肖像画が普通に掲げられている家庭は少なくない。置物やスポター類などにも国旗と大統領モチーフにされているものは多い。

公立学校では、朝にアメリカ合州国・国家が流されるが、その時は全ての人は足を止め、胸に手を当てて尊敬の念を表す。いうまでもなく、子供達は全員、国家を暗唱できる。その際に騒いだりふざけたりすると、先生からこっぴどく叱られる。これは、アメリカ人以外の外国人の児童・生徒に対しても同様である(少なくとも筆者のいた公立学校では)。

市街地にゆけば、映画館でも美術館でも遊園地でも、OBを含めた軍関係者には一番安い特別料金が設定されている。特に、元軍人へのサービスは手厚く、無料や乳幼児料金より安い場合も多い。

大人になり、海外旅行に行ったり、海外に目を向けるようになりわかってきたことは、「アメリカが特殊」なのではない、ということだ。どの国も同じようなものであったからだ。むしろ「特殊」で異常なのは、そうではない日本なのである。

もちろん日本人だって、各自、心の中では、日の丸君が代などへの強い誇りと敬愛を持っているのであろうが、それを体外的にアピールすることはあまり見られない。もちろん、そういうことをすると、冗談交じりも含め「お前、右翼?」みたいなことを言われてしまうからだろう。これは明らかに特殊な風習であり、感覚として異常だ。

もちろん、全世界が全てそうであるとは言わないが、少なくとも我々日本人にとって身近な「海外の先進国」の多くに、今日の日本のような特殊性や異常性は見られない。「天皇制支持率9割」という国であるにも関わらず、だ。

このようなことを書くと、「この記事を書いた奴はネトウヨ」と騒ぎ立てる人もいるが、そういう人は、ぜひ、海外に目を向けてほしい。そして、日本という国家が戦後70年間かけて、自虐的な感覚を植え付けられ、自らの国家への誇りと敬愛を持っているにも関わらず、それを体外的にアピールすることを「右翼的」とか「ネトウヨ」と感じるように仕組まれている「特殊で異常な状況」に気づくべきである。