「濃密な交際写真」掲載をちらつかせベゾス氏脅迫

 米有力紙「ワシントン・ポスト」(発行部数日刊47万部、日曜版84万部)と米タブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」(週刊34万部)が真正面から激突している。

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 ことの起こりは、「エンクワイアラー」紙が1月25日、米アマゾン・ドット・コムの創業者で最高経営責任者(CEO)のジェフ・ベゾス氏(55)の不倫を示唆する写真を掲載したことだった。

 同氏と女友達のローレン・サンチェスさん*1(49)との交信記録と写真数枚を紙面に掲載したのである。

*1=ローレン・サンチェスさんは元フォックス・ニュースのキャスターで、夫のパトリックホワイトセル氏(53)は、ハリウッド映画業界の実力者。俳優のマット・デイモンケビン・コスナーの代理人。

 これに対してベゾス氏は、私的な更新記録がなぜ漏れたかを調査する一方、2月7日、投稿サイト「メディアム」に以下のようなメッセージを投稿した。

 「エンクワイアラーの提案を私が受け入れないのであれば、すでに入手しているサンチェスさんとの濃密な交際写真*2を紙面に載せるという」

 「その提案とは、今行っている調査を直ちにやめ,エンクワイアラーの報道には政治的な背景は認められなかったという調査結果を発表せよというものだ」

 「もちろん私の私的な写真を同紙に掲載されたくはないが、私は脅迫行為や腐敗に加担する気持ちはさらさらない」

*2=トランプ支持の「ブライトバート」は2月11日付けサイトで「濃密な写真」の中にはベゾス氏がサンチェスさんに送信した下半身の写真もあると報じている。

https://www.breitbart.com/the-media/2019/01/11/report-washington-post-owner-jeff-bezos-allegedly-sent-penis-selfies-to-his-mistress/

(ベゾス氏はこの投稿の24時間後に妻で小説家のマッキンゼーさんと離婚している。2人の間には子供3人と養子1人がいる。マッキンゼーさんには資産の半分を譲渡するという)

 このやり取りだけを聞いていると、億万長者の醜聞をセンセーショナルに取り上げるタブロイド紙が、アマゾン創業者のベゾス氏を狙った常套手段と映る。

狙いは「アマゾン」ではなく「ポスト」のベゾス

 だが、同紙の狙いは、資産額1300億ドルとも1600億ドルともいわれる「億万長者ベゾス」を脅迫することではない。

 「ワシントン・ポストのオーナーであるベゾス」を脅迫することにあったことが浮き彫りになってくる。

 それだけではない。「エンクワイアラー」の背後にはドナルド・トランプ大統領の影が見え隠れしているのだ。

 「エンクワイアラー」の報道を見て大喜びしたのはトランプ大統領だ。

 「ジェフ・ボゾ*3もいわば自分のロビー活動の道具にしてきた(アマゾンワシントン・ポストを一体化させて)アマゾンワシントン・ポストよりも正確な報道をするライバル紙(「エンクワイアラー」のこと)に打ちのめされて大変だな」

 「(ワシントン・ポストの)オーナーが早く、もっとまともで責任感の強い人物に交代することを切に望む」

*3=ボゾは俗語で間抜け、馬鹿者のこと。ジェフ・ベゾスを皮肉ってこう呼んだ。

親友ペッカー氏、トランプ候補に不利な情報握りつぶす

 トランプ大統領がなぜベゾス氏のスキャンダルに関心があるか。理由は2つある。

 1つは、「ワシントン・ポスト」は「ニューヨークタイムズ」とともに2016年の大統領選の時からトランプ氏のロシアゲート疑惑を追及、トランプ氏が定義づける「国民の敵ナンバーワン」だからだ。

 トランプ氏にしてみれば、その新聞社のオーナーなら何を報道し、どんな論陣を張るか決定権を持っているはずだと信じて疑わない。

 とすれば、ベゾス氏こそトランプ政権批判の陣頭指揮を執っていると映るわけだ。

 2つ目は、「エンクワイアラー」とトランプ大統領との絆だ。特にCEOで主筆のロバート・ぺッカー氏とトランプ氏とは長年の「親友」。

 大統領選の時には真っ先にトランプ支持を宣言、紙面を利用してトランプ候補を支援する一方、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補の醜聞を書きまくった。

 またトランプ候補に不利な情報を常につぶしてきた。その手法は「Catch and Kill」。

 トランプ候補に都合の悪い情報や記事は買い取り、そのまま活字にせずにボツにするという手法だ。

 その最たるものが、トランプ氏と不倫関係にあったとされるモデル、カレン・マクドゥーガルさん(47)が投票日寸前に事実関係を公にしようとする話を聞きつけて、15万ドルを支払って握りつぶした事件*4だ。

*4=この件は米司法省当局も目をつけ、連邦選挙法違反でぺッカー氏を訴追しようとしたが、2018年12月、司法取引が成立し、訴追を免れている。

 こうしたことから「ポストとエンクワイアラーの激突はいわば、ポストとトランプの代理戦争」(米主要テレビ局コメンテイター)といった見方が出てきている。

リベラル派はベゾス擁護、トランプ派はポスト攻撃に留飲

 「激突」を米世論はどう受け止めているのか。

 リベラル派はべゾス氏が脅迫に立ち向かっていることを高く評価している。

 サンフランシスコ在住の黒人女子大生(2020年大統領選に立候補したカマラ・ハリス上院議員=民主党=の選挙運動員)はこうコメントしている。

 「億万長者の不倫は日常茶飯事。べゾスがハリウッドの実力者の妻との恋愛関係を持とうが別に大問題ではない」

 「ベゾスはその結果離婚している。巨額の慰謝料も払うという。そのこと自体我々には関係のないこと」

 「問題はそのベゾスがワシントン・ポストのオーナーで、同紙の主義主張を変えさせるために脅迫するというエンクワイアラーのやり方だ」

 「これはメディアに対する挑戦だし許しがたい。その背後にトランプ大統領がうごめいていることこそ問題だ」

 保守派でトランプ支持のテキサス州エルパソに住む50代の白人男性、中小企業経営者はこうコメントする。

 「トランプ大統領のすることなすことをことごとく批判し、弾劾をほのめかす東部エスタブリッシュメントの代弁者であるワシントン・ポストにタブロイド紙が立ち向かっているのが面白い」

 「ベゾスという男はアマゾンでぼろ儲けし、ワシントン・ポストを買った。紙面では綺麗ごとを並べたてる新聞の億万長者が何をやっているか」

 「アマゾンで働く者は奴隷労働を強いられて、中にはフードスタンプ(低所得者向けの食糧配給券)を受けているものもいるそうじゃないか。こういう偽善者が叩かれるのは見ていて痛快だよ」

問題は「240歳になっても成長しないアメリカ」

 そうした中で今回の「事件」を「アメリカにとってはいかに邪悪で愚劣かを示すものだ」と痛烈に批判する声も出ている。

 知識層向けのリベラル系ニュース・サイト「サロン」のアンドルー・オヘア編集長だ。

 「この事件は、金持ちはますます金持ちになる経済的なトレッドミル(踏み車)にしがみついて先へ進めない人間が住む、衰えていくわが帝国の前兆を示している」

 「そこにあるのは、消費文明と社会的孤立、そしてジェフ・ベゾスと彼に操られる集団が配達する終わりなきコンテントの流れに慣れっこになったカルチャーでしかないのだろうか」

 「あるいは、この事件は、240歳になったアメリカは、過去における嘘と将来に対する解決の妙薬に騙されて、甘やかされた国家であることを示しているのか」

 「つまり成長することを知らない、あるいは成長することを欲しない国家なのか。私はそうとしか思えない」

https://www.alternet.org/2019/02/how-the-jeff-bezos-vs-national-enquirer-scandal-is-everything-bad-and-stupid-about-america/

 若くして金融決済システム業界に入り、ヘッジファンドを経て30歳でオンライン書店「アマゾン・ドットコム」を創業、今や世界的な企業にまで育て上げたベゾス氏。

 そのカネでワシントン・ポストを買収、その狙いはどこにあるのか。

 そのベゾス氏を追い落とそうとするタブロイド紙のぺッカー氏の目的は何か。

 オヘア記者は、どちらにも軍配は上げていない。こうした人物が出てきた米国の現実を憂いているのだ。

「アメリカにコンプロマットを存在させるな」

 もう一人、「エンクワイアラー」がどうやってベゾス氏の私的な交信記録やこれから掲載をほのめかしている怪しげな写真を入手したのか、について警鐘を鳴らしているジャーナリストがいる。

 フィアディルフィア・ディリー・ニュースのウィル・バンチ記者だ。

 急進派ジャーナリストの集団「ジャーノーリスト」(JournoList、2010年に解散)のメンバーだった。

 「新聞が他の新聞を所有する人間を脅迫する。民主主義の理想を掲げて建国した我が国はディストピア政権(暗黒の政権)の手に落ちた。今回の事件の背後に政治勢力がいると言われている」

 「ロシアゲート疑惑解明は今もなお続いている。2016年の大統領選の際にロシアはトランプ氏と何らかの取引をしていたと考えるのは全く非現実的などとは言えなくなってきた」

 「1974年モスクワでトランプ氏に何があったのか。ロシアに脅されたという話が完全否定されたわけではない」

 「アメリカの民主主義はそれに対する回答に大きく左右される。なぜならコンプロマット*5(Kompromat)という語彙はアメリカの辞書には存在すべきではないからだ」

*5コンプロマットとはロシア語で「政治家や著名人にとって都合の悪い情報」の意味。旧ソ連時代から政治家が政敵を貶め、脅迫するために盛んに使われた。

https://www.philly.com/opinion/commentary/jeff-bezos-national-enquirer-donald-trump-blackmail-saudi-arabia-20190210.html

 ベゾス対ナショナル・エンクワイアラーのブラックメール(脅迫)を巡る激突が泥沼化する中で、いつトランプ・ホワイトハウス火の粉が降りかかるのか。

 「この事件は2019年最大の出来事になる可能性をはらんでいる」(米主要紙ベテラン政治記者)

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