「中国人」は今や“世界のお金持ち”の代名詞になったと言っても過言ではない。

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 日本のインバウンド市場では、旅館やホテルが中国の富裕層向けの営業に力を入れている。中国市場に乗り込んで富裕層狙いのマーケティングを行う日本企業も少なくない。

 ところが最近、中国人の高額消費に変化が出始めている。

 中国・上海に駐在する日本人総経理(=社長)がこんな話をしていた。

「上海では2018年の夏から高級百貨店や高級飲食店の売り上げに陰りが見えるようになりました。その一方で、カジュアルな店や商品は売り上げが伸びている。同じような商品なら『より安価なもの』を求める傾向が出始めているようなのです。この流れが広まるのか、それとも一時的な現象なのかは分からないのですが・・・」

香港で高額品の消費がマイナスに

 実は香港でも、この日本人総経理の話を裏付けるような変化が起こっていた。

 中国人の海外渡航先は今や129カ国にのぼるが、その中で香港は中国人観光客が最も多く訪れる都市であり続けている。特に、高級ブランド品や貴金属品に目がない中国人富裕層が数多く訪れてきた。

 2017年に香港を訪れた中国人観光客は4444万人。2018年はそれをさらに上回る5100万人(656万人増、14.7%増)が訪れた。6500万人の外国人観光客に対し、中国大陸からの旅行者は全体の約8割を占める。

 2018年に増加した要因としては、9月23日に広東省広州市からの「広深港高速鉄道」が香港まで延伸・開通され、10月23日に広東省珠海市と香港を結ぶ「港珠澳大橋」が開通したことが大きい。

 しかし、中国大陸からの旅行客が増えても、宝飾品、時計、ブランド品を含む高額品の消費は伸びなかった。それどころか、前年比でマイナス成長になったのだ。

 香港政府統計処が公表した数字(『小売業販売額 月間統計調査報告』、以下調査報告)によると、2018年は年初から夏にかけて高額品消費は前年比20%を超える成長が続いていた。ところが8月に20.8%の伸び率を見せたのち、9月は1.9%とガタッと落ち込む。その後も10月は3.2%、11月は-3.4%、12月は-4.9%と低い伸びにとどまった。

ブランド品消費は2013年がピークか

 香港における高額品消費の「陰り」は、今に始まったことではない。

 調査報告を読み解くと、高額品の売上げは、2013年が1183億香港ドル、2014年が1021億香港ドル、2015年には862億香港ドル、2016年は714億香港ドルだった。その後、2017年は751億香港ドル、2018年は853億香港ドルと持ち直したものの、過去6年の推移からは、2013年4月をピークに、落ち込みが続いていたことが分かる。

 その原因はどこにあるのだろうか。もちろん為替の変動もあるだろうし、「反腐敗運動を徹底させる」という中国の政策強化もある。かつて政府役人に贈る高額品は、“効率”よく行政手続きを進めるための不可欠なツールだった。だが、今では受け取る側も用心深くなった。

 また、中国国内で高額品が購入できるようになったことも大きいだろう。香港と深センの越境ゲートを往復するいわゆる“転売ヤー”(転売業者)の存在や、越境ECの発達、あるいは流通小売業態の対中進出による店舗展開もある。

ブランド品を欲しがったのは親の世代

 一方、香港を訪れる中国人に世代交代が起きている点も興味深い。

 中国の旅行予約サイト大手「シートリップ」が行った調査によると、80年代生まれが31%、90年代生まれが19%、2000年代生まれが17%を占めている。つまり、今や香港を訪れる中国人の7割が18歳~38歳だというのだ。

 若者たちは、彼らの親の世代とは違って、他人と差をつけるためにブランド品を買い漁るようなことはしなくなったということか。上海の流通小売業に詳しい専門家は、「新しい世代の中国人は、海外のブランドよりも自分らしい商品を求める傾向が強くなっている」と語る。

中国でも年々落ち込む高額消費

 中国国家統計局の数字(「社会消費品小売総額」)も、中国国内における高額品消費の落ち込みを示している。商業施設があちこちで建てられ、ネット販売での取り扱いが増え、高額品が中国人にとって身近な存在になったとはいえ、その消費額はここ数年伸びていない。

 まず中国全体の小売総額を見てみると、2014年は26兆2394億元(前年比12%増)、2015年は30兆0931億元(10.7%増)、2016年は33兆2316億元(10.4%増)、2017年は36兆6262億元(10.2%増)となり、毎年10%以上の成長を維持してきた。ところが、2018年は38兆0987億元(9.0%増)と15年ぶりに10%を割り込んだ。

 宝飾品を含む高額品については、2014年が2973億元(前年とほぼ同額)、2015年が3069億元(7.3%増)と推移したが、2016年は2996億元(前年比2.4%減)、2017年は2970億元(前年比0.8%減)、2018年は2758億元(前年比7.1%減)と、2016年以降は下降線を描いている。

 それに対して著しい伸びを見せるのが化粧品だ。2014年に1825億元だったのが、2018年には2619億元と、高額品の消費との差を縮めるような成長をしている。

 中国メディアはこうした中国人の新たな消費スタイルに対して、“軽奢(プチ贅沢)”というキーワードを当てはめるようになっている。前出の専門家が指摘するように、カスタマイズされた自分好みの贅沢探しが今後の主流になるのだろう。

香港でディスカウントストアに殺到

 若い世代の中国人は、海外旅行に行くことはできても1回の買い物で数万元を散財する経済力はない。

 筆者が香港で見たのは、もっぱら食べ物や飲み物を片手にドラッグストアや化粧品専門のディスカウントストアに殺到する若い中国人観光客たちだった。香港の地元民も「ブランド店に中国人が列をなしたのは過去の話」だという。

 経済専門紙『中国証券報』は2018年10月、香港株式市場に上場する周大福や六福珠宝などの宝飾品銘柄が下落していること、商業ビルから高額品店舗が撤退し始めていることを報じた。香港政府観光局は、観光の目玉を「ショッピング」から「体験型ツーリズム」にシフトさせている。

 2019年の春節、東京・銀座でも、ブランドロゴの入ったショッピングバッグを手にした中国人観光客の姿をかつてほどは見なくなった。中国人の買い物スタイルは明らかに変化している。冒頭の日本人総経理が話していた「中国人の高額品離れ」は、今後ますます加速していくかもしれない。

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