国内外から年間5000万人以上の観光客が訪れる世界有数の観光都市・京都市。寺社仏閣や史跡など歴史を感じさせる数多くのスポットが観光客を魅了する中、最近は広い湯船につかってゆっくりと手足を伸ばせる銭湯が外国人観光客の人気を集めています。

スーパー銭湯や日帰りスパ、サウナブームとなっている一方、家庭へ入浴設備が普及したことを受け、銭湯の数は全国で減少しています。京都府公衆浴場業生活衛生同業組合によると、ピークだった60年ほど前には組合加盟の銭湯の数が京都府内に約600軒ありましたが、現在は約120軒まで減少してしまいました。

それでも、国の登録有形文化財に指定されている老舗や、旧遊郭街の中でリニューアルオープンした銭湯など、京都には個性的な銭湯が今もいたるところに残っています。ひとたび湯船につかれば、初対面でも途端に会話が生まれる「裸の社交場」は今も京都市民から根強い人気があります。

足元から冷える「底冷え」の京都。組合加盟の銭湯なら、大人はたった430円で大浴場を楽しむことができます。観光を終えて新幹線に乗り込む前や、落ち着いた街並みの散策中に、銭湯に立ち寄ってほっこりと体を温めるのもいいかもしれません。雪に見舞われた1月下旬の2日間に訪れた2軒の銭湯をご紹介します。【岸慶太】

大正12年から続く登録有形文化財の銭湯「船岡温泉」

金閣寺から東に約1.2キロ。歩いて15分足らずの距離に船岡温泉(京都市北区紫野南舟岡町82-1)はあります。碁盤目状に整備された京の町を東西に走る鞍馬口通沿いにあり、周辺に民家や商店が並ぶ閑静な一角です。

外観はまるで旅館。それもそのはず、料理旅館「船岡楼」の付属浴場として営業を始め、その歴史は今から96年前の1923(大正12)年までさかのぼります。脱衣所と浴室部分は国の有形文化財にも登録されているのだそうです。


この日は雪が吹き付けるあいにくの天気でしたが、午後3時の開店と同時に店の前には十数人が集まっていました。番台で430円を払って、脱衣場に入ると、とても銭湯とは思えない豪華なつくりに驚かされました。ケヤキを漆塗りにした格天井を見上げると、真ん中の彫刻に目が向きます。

その彫刻には牛若丸と鞍馬天狗が表現されていて、いかにも京都らしい。船岡温泉から歩いて10分ほどの大徳寺の梶井門には、それぞれにちなんだ伝説も残っているそうです。

古都の祭事が表現された欄間やマジョリカスタイル

見どころは天井だけではないのです。脱衣場をぐるりと囲む欄間にも浮かし彫りの彫刻が施されています。祇園祭、時代祭と並んで京都三大祭りに数えられる葵祭の行列や、上賀茂神社の賀茂競馬など古くからの祭事に加え、上海事変の様子も描かれています。芸術には全く興味が無いのですが、タオル一枚で思わず見入ってしまいました。


脱衣場を抜けて浴場に向かう渡り廊下もなんとも不思議な気分にさせられます。表面に凹凸が施された「マジョリカスタイル」の装飾が広がっているのです。

明治末期に西洋建築と一緒に普及したそうで、そっと触ってみると凹凸に長い歴史を感じます。渡り廊下にある洗面台で桶を手にして、浴場へと向かいました。

魅力は建物だけじゃない 種類豊かな風呂で命の洗濯

歴史的な建物でありながら、浴場は現代的なつくりになっており、清潔感でいっぱいです。くすり風呂やジェットバス、打たせ湯、深風呂、泡風呂など、スーパー銭湯に負けず劣らず種類が豊富。お目当てのサウナもちょうどいい熱さに保たれていて、たっぷりと汗を流せました。

微弱な電気が流れ、湯船につかると「ジジジ」と体がしびれた感覚になる電気風呂。関西の多くの銭湯にありますが、日本で初めてできたのは船岡温泉で、1933(昭和8)年のことだそうです。病院での低周波治療器をヒントに、当時の主人が国に掛け合って導入できたとのこと。



サウナを出ると、すぐ近くに露天風呂を見つけました。銭湯なのに露天風呂という充実ぶり。龍の口から勢いよく吐き出されているのはお湯ではなく、まさかの水。これは要注意です。温かい湯船はその隣にあります。



露天風呂には「貴船石」という現在では手に入りにくい石が使われていて、水をかけると七色に変化するそうです。

露天風呂から眺める渡り廊下一帯。渡り廊下の正体は千本鞍馬口という交差点から移築した欄干で、近くには石造もあって風情たっぷりです。下の小池ではコイが泳いでいました。




サウナに種類豊かな風呂、そして露天風呂と大満足。支払ったのはわずか430円です。歴史的な建造物など見どころがたくさんある京都の中でも、全裸で楽しめるのは船岡温泉だけでしょう。

遊郭街のシンボル的存在の銭湯「サウナの梅湯」

東海道新幹線や、全国各地からの夜行高速バス、大阪、神戸へ向かう新快速などが乗り入れ、京都観光の玄関口であるJR京都駅。そして京都市随一の繁華街である四条河原町一帯。そのほぼ中間にあるのが、京都で今最も元気な銭湯である「サウナの梅湯」(京都市下京区木屋町通上ノ口上ル岩滝町175)です。

京都駅四条河原町のいずれから歩いても20分ほど。午後11時まで営業しており、一杯呑んだ後や、夜行バスに乗る前に立ち寄るのもおすすめです。


梅湯があるのは、大通りの河原町通りから一本東に入った木屋町通沿い。森鴎外の『高瀬舟』で知られる高瀬川が並行してゆったりと流れ、京都らしい街並みが続きます。

一帯の歴史を紐解くと、非常に興味深いです。牛若丸と弁慶の像で知られる五条大橋から南側は長らく「五条楽園」と呼ばれ、芸妓と娼妓が共存してきました。花街、そして遊郭としての顔を併せ持ち、売春防止法が施行された1957(昭和32)年当時、200件近い店が軒を連ねていたそうです。

ところが、2010年京都府警による摘発を契機にすべての店が休業。それでも、独特の雰囲気を持つ街並みは観光客からの人気も高いことから、飲食店やゲストハウスとしてリニューアルした旧置屋に若者や外国人が集まり、新たな街として再出発しています。

「京都の銭湯文化残したい」 奮起した店主の湊さん

梅湯は旧五条楽園の入り口にある銭湯として地元で知られてきました。赤と黄、緑色のネオンが「サウナの梅湯」を闇夜に照らし出してきましたが、2015年3月上旬に一度は閉店します。

京都外国語大学在学中に銭湯の魅力に取りつかれ、全国600軒以上をめぐったという当時24歳の湊三次郎さんが「京都の銭湯文化を残したい」と、アルバイトで番台を務めていた梅湯を同年5月から引き継ぎました。設備投資のため、自ら数百万円を負担したそうです。


梅湯ののれんをくぐると、時代を感じさせる建物の中にありながら、ライブイベントフライヤーが置かれています。「梅湯」とデザインされたTシャツタオルも販売され、訪れた際は若い男女が来店していました。

古き良き銭湯の雰囲気の一方、各所に斬新な工夫


浴室は白色のタイルが明るく、さっぱりとした空間が広がっています。ジェット風呂に日替わりのくすり風呂、電気風呂もあります。店名に負けず劣らず、サウナは広めで、ガラス張りのドアが開放感を感じさせます。


淡白な印象が強い銭湯ですが、梅湯では様々なところに湊さんの趣向が凝らされています。壁面に貼られた「梅湯新聞」にはスタッフや常連客のメッセージが。

外国人の利用も増えており、日本独特の銭湯のマナーについて、注意書きが英語と中国語で紹介されていました。


梅湯の魅力は浴室だけではありません。急な階段を上った2階には休憩所があって、ソファーや古ぼけた扇風機が用意されています。窓を開けると高瀬川が流れていて、京都の古民家のゆったりとした時間を感じられます。月、水、金の夜にはマッサージも受けられます。

観光客向けに土日は朝風呂も提供

梅湯は、昨年の大晦日に『年越しオールナイト銭湯』を実施したり、銭湯内で音楽イベントを開催したりと、銭湯が注目されるように企画を打ち出してきました。

夜行バスで京都を訪れる人のために、土日限定で午前6時から正午まで朝風呂も提供しています。「京都で入った銭湯って、帰ってから思い出してもらえれば」。そんな湊さんの思いが込められています。

「梅湯はあくまでもきっかけ。銭湯の良さを知ってほしい」


全国的に銭湯の減少が進んでいます。厚生労働省の統計によると、スーパー銭湯や健康ランドなども含めた公衆浴場の数は全国で3729軒(18年3月末時点)で、20年前(98年3月末時点)の6069軒より2340軒も減少してしまいました。とりわけ銭湯の減少が目立ち、今後も加速度的に廃業が進むかもしれません。

「京都に来たついでに、銭湯の楽しさを知ってもらいたいんです。別に梅湯じゃなくてもよくて、フラッと銭湯に立ち寄ってみたり、帰ってから地元の銭湯に久しぶりに行ったりしてもらう。そのきっかけが作れればいい」。一度は廃業した梅湯を引き継いで3年9カ月。経営を軌道に乗せようと奮闘している湊さんの心からの願いです。

京都観光の新たな必需品? ネットで場所がわかる「銭湯どこよ」


ほかにも、嵐山観光に便利な阪急・桂駅からほど近い桂湯(京都市西京区桂木ノ下町21-2)は、松尾大社や鈴虫寺など観光地で知られる西京区内で唯一の銭湯となってしまいました。それでも、存続を願う住民の協力が寄せられ、天井には常連客が書いた「ゆ」の文字が張り巡らされていて、いかに桂湯が愛されているかを感じられます。

タイルに描かれた絵が特徴的な銭湯もたくさんあります。金閣寺近くにある長者湯(京都市上京区須浜東町450)は「薄雪の金閣寺」「桜の清水」、京都御所近くの井筒湯(京都市中京区弁財天288)は男湯から女湯にまたがって、小さな教会を中心に草原やアルプスの山々が描かれています。

「とはいえ、観光スポットのどこに銭湯があるのよ?」。そんなときは、ウェブサイト「京都の銭湯」(http://www.kyo1010.com/)が便利です。「京都駅エリア」「祇園・東山エリア」「嵯峨・嵐山エリア」など観光地ごとの銭湯を紹介していて、観光客にも分かりやすくなっています。

露天風呂のある銭湯まとめ」「ゲストハウスに泊まって銭湯に行こう!」などの特集記事も充実していて、「朝風呂のある銭湯まとめ」は夜行バスで京都に着いた朝には必見です。

京都府公衆浴場業生活衛生同業組合のホームページ「京都銭湯」(https://1010.kyoto/)も銭湯巡りには欠かせません。行政区ごとや、「電気風呂」「深夜営業(24時以降も営業)」といったこだわり条件から検索できます。

京都はそろそろ春の観光シーズンを迎えます。じめっとした盆地特有の暑さで汗が体にまとわりつく夏、紅葉が見ごろを迎える秋。四季を問わず、京都観光の行程に気になる銭湯を組み入れてみるのもおすすめです。

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