広島県尾道市では、本土と海峡を隔てた向島とのあいだで、渡し船が頻繁に運航されています。50年前に島への橋ができたにもかかわらず、渡船はいまも欠かせない地元の足。本数もスゴイです。

狭い海峡を結ぶ尾道の渡船

広島県尾道市の南側に、向島(むかいしま)と呼ばれる島があります。「島」とはいっても、1万6000もの人口があり、大規模なスーパーや量販店が立ち並びます。

JR尾道駅などがある本土側とのあいだには、「尾道水道」という幅300mもない海峡が長く伸び、その海峡をひっきりなしに小さな渡し船が行き交っています。2019年1月現在で就航している渡し船は3社あり、朝のラッシュ時などは、ほとんど常に、海峡のどこかで渡し船が動いている状態です。

3社でそれぞれ異なる航路を受け持ち、住み分けができています。1日を通じて賑わいを見せるのは、発着ターミナルの利便性が良い「駅前渡船(向島運航)」です。尾道側の港は、尾道駅とペデストリアンデッキ(空中歩道)で直結しています。向島側の富浜港も、市役所の向島支所や量販店に近く、島内のバスもほとんどがこの港を経由します。

通勤・通学に重宝されるのは「福本渡船(福本フェリー)」です。本土側では尾道駅から東に徒歩5分ほどの桟橋に、向島側では江尻川の河口に位置する小歌島(おかじま)港に発着。向島側のバスとの接続はよくないものの、運賃が他社より安いことから利用が多く、島の中高生や造船所の通勤客などで、港は朝から人だかりです。

最も東側の航路を取るのは「尾道渡船」で、1984(昭和59)年までは通称「公営渡船」として自治体の出資で運航されていました。本土側は市役所近くに、向島側では兼吉地区に発着し、同地区の重要な足となっています。どちらの港も渋滞に巻き込まれにくいこと、駅前渡船は自動車を積載できないことなどから、福本渡船と並んで自動車や貨物の利用も多いのが特徴です。

運賃は、福本渡船が片道60円、ほか2社は100円。3社とも旅客運賃プラス10円自転車を運べるため、それぞれの需要に合わせて利用されています。福本渡船と尾道渡船は自動車も運ぶことができ、全長4m車の運賃はそれぞれ90円、120円です。

橋があるのに数百往復 しかし経営は苦境

尾道市の資料によると、3社の航路を合計した1日の運航本数は2016年10月現在で721本、360.5往復とされています。各船とも、港に到着するとあっという間に乗客を降ろし、また積んで手早く折り返していくという頻発ぶりです。とはいえ、尾道と向島には橋も架かっていて、実質陸続きの状態。なぜ渡し船がここまで重宝されるのでしょうか。

全盛期には渡船会社が7社あり、船長が休む暇もないほど年中賑わっていたという向島は、1968(昭和43)年に尾道大橋が開通して本土とつながりました。ここから、渡し船はじりじりと乗客の減少に悩まされることになります。

その後、「しまなみ海道西瀬戸道)」の建設が進み、1999(平成11)年にはその一部として尾道大橋に並行し新尾道大橋が架けられました。しまなみ海道など本州と四国を結ぶ橋の「開通後2年内に航路を廃止すると補償金が出る」という「本四特別措置法」の期限内に2社(玉里渡船、有井渡船)が撤退。その後、島の東端にあった「桑田航路」も撤退し、現在の3社が残ったのです。

当初は有料だった尾道大橋も、開通から45年を経た2013(平成25)年に無料化されました。このため、残った3社の渡し船も乗客が減少傾向にあり、尾道市が渡船に出す補助金も少しづつ増えています。また、人手不足や担い手の高齢化も無視できません。2018年11月には、福本渡船が平日の日中と日曜に運航を休止するという大幅な減便を行っています。

しかし、徒歩や自転車で向島に向かう人々には渡船が欠かせません。尾道大橋が架かっている場所は島の中心部から3km東にあり、本土側の尾道駅などから島の中心部へ向かう場合、大きく迂回を強いられます。また朝晩の尾道大橋は渋滞も激しく、その点でも渡船の優位性はまだまだ大きいのです。

サイクリングに聖地巡礼 渡し船はますます重要に

しまなみ海道では基本的に、橋に自転車歩行者道が併設されており、尾道から自転車で四国まで縦断する観光客が近年増えています。2014年から自転車の通行料が無料(2019年3月末まで)になったことも人気に拍車をかけ、楽天トラベルの調査による2017年の「サイクリングが楽しめる旅先ランキング」では、1位が「今治・しまなみ海道エリア」、3位が「尾道・しまなみ海道エリア」と、サイクリストのあいだでしまなみ海道の人気が高まっているのです。

しかし、しまなみ海道でも新尾道大橋には自転車歩行者道が併設されておらず、並行する尾道大橋も歩道部が狭いため、しまなみ海道を縦断するサイクリストには、尾道~向島間で渡船の利用が勧められています。2017年には700万人近くの観光客が尾道を訪れるなか、渡船の重要性も高まっているといえるでしょう。

ちなみに、尾道には「映画の街」としての側面もあります。特にその存在を知らしめたのは、尾道出身の大林宣彦監督が1980年代に制作した「尾道三部作(『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』)」、1990年代に制作した「新・尾道三部作(『ふたり』『あした』『あの、夏の日』)」でしょう。ほとんどの作品で尾道の渡船が登場しているため、ロケ地やゆかりの地を巡る「聖地巡礼」で渡船に乗る観光客も少なくありません。

※記事制作協力:風来堂、oleolesaggy

向島側にある駅前渡船の富浜港。江尻川の真ん中に突き出す桟橋に接岸する(oleolesaggy撮影)。