はじめに

適度な運動が健康に良い、ということは改めて言うまでもありません。以前「正しい方法で安全な治療を!糖尿病の運動療法の基本」でお話ししたように、糖尿病高血圧など生活習慣病に対する治療効果に加え、がんや認知症の予防効果も明らかとなってきています。 運動有酸素運動(ジョギングやサイクリング)と筋力トレーニング(腕立て、腹筋、スクワットなど)の2つに分類されますが、ほとんどの人は運動と聞くと有酸素運動の方を思い浮かべるのではないでしょうか。筋力トレーニングは少し軽視(敬遠?)されがちですが、健康のための運動ガイドラインでは[1]“全身を使った筋力トレーニングを週2-3回行うこと”を推奨しています。某TV局の「みんなで筋肉体操」や巷にあふれる“筋トレ本”の影響もあり、筋力トレーニングの認知度は高まってきています。 どんな筋トレをどんな強さで何回行えば筋肉が大きくなるのか?腹筋が6つに割れているかっこいいカラダを作るにはどんな筋トレがいいのか?筋トレに最適な食事はなに?すごいカラダになってモテたい!…などは筋肉の専門家(世の中には筋肉に詳しいスポーツトレーナーの先生がたくさんいます)に聞いてください。本稿では、筋力トレーニングの医学的な効果と患者さんに応用するための工夫についてお話ししたいと思います。

筋力トレーニングの医学的な効果

筋力トレーニングは筋肉量減少を食い止める

30歳以降、筋肉(骨格筋)量は10年ごとに3-8%ずつ減少していきます[2]。筋肉量減少は加齢に伴う基礎代謝の低下(10歳当たり約2-3%)の原因であり、何もしなければ、筋肉量が減る一方脂肪量は増え、糖尿病高血圧などの病気になるリスクが高くなってしまいます。

50歳以上では筋肉量減少スピードが速くなり、サルコペニア(老化による骨格筋量の低下と筋力・身体機能の低下)に至る可能性があります[3]。サルコペニアは、転倒や骨折のリスク、生活の質の低下、様々な病気の発症と深く関係しています。人生100年時代において、加齢による身体機能の低下やサルコペニアをいかに防ぐかは重要な課題です。

筋力トレーニングの第一の効果は、この筋肉量減少を食い止めることです。週2-3回の定期的な筋力トレーニングを約3か月行うことで、除脂肪量(体重から脂肪量を引いたもの)が1.4kg増え、基礎代謝量が7%増え、脂肪量が1.8kg減ることが分かっています[4]

 筋力トレーニングで予防・改善できる病気もある

筋力トレーニングの第二の効果は、身体機能を維持あるいは改善させることです。筋肉量が増えれば当然、筋力も向上します。筋力が向上すれば身体機能も高くなります。アスリートは競技に勝つために筋力トレーニングを行いますが、歳をとることによる身体機能の低下に“負けない”ために、アスリートでない普通の人も筋力トレーニングが必要です。

また、筋力トレーニングは正しく行えば、子供から高齢者までどの年齢層でも効果が期待できます。施設入所中の高齢者(平均年齢89歳!)を対象に、週2回の筋力トレーニングを14週間行わせたところ、筋力が60%高くなり、除脂肪量が1.7kg増え、身体機能の自立度が14%向上しました[4]高齢化社会を迎えつつある日本において、筋力トレーニングは有効な予防医療の方法と言えるでしょう。

患者さんの運動療法としても、筋力トレーニングは欠かせないものと考えられます。筋肉ではブドウ糖と中性脂肪が燃焼されますが、筋力トレーニングにより、筋肉内にブドウ糖を取り込む役割をもつグルコーストランスポーター4が増え[4]、ミトコンドリア機能が活性化されます[5]。これによりエネルギー消費が増え、膵臓から分泌されたインスリンによる血糖低下作用が高まります。

筋力トレーニング内臓脂肪も減らすので、いろいろな面で糖尿病を良くしてくれます[4]有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせた運動プログラムはHbA1cを約0.7%下げますが、筋力トレーニングだけでもHbA1cが0.3%下がります[6]。また、収縮期(上の)血圧を6 mmHg、拡張期(下の)血圧を4.7 mmHg下げ[7]、効果は遺伝的な影響を受けるとされますが、LDL(悪玉)コレステロール中性脂肪を下げ、HDL(善玉)コレステロールを上げることも分かっています[4]。さらに、骨密度を1-3%高め、腰痛や関節炎・線維筋痛症による痛みを改善させる効果も報告されています[4]

こうした病気は歳をとることによって増えてきますので、筋力トレーニングには“アンチエイジング効果がある”と言っても良いかもしれません。

どのように始め、何を目標とするか?

競技能力向上を求めるアスリートとは異なり、何らかの病気を抱える患者さんの目標は個々の患者さんによって変わってきます。本稿では疾患別の筋力トレーニング法については述べませんが、例えば、タバコの害で起こる慢性閉塞性肺疾患[8]狭心症心筋梗塞といった冠動脈疾患[9]睡眠障害[10]などに対して有効であることが報告されています。

一方、どのように始めるべきかについてはコンセンサスがあります。筋力トレーニングは筋肉に一定の負荷をかける運動ですので、負荷が強すぎると筋肉や関節を傷めてしまう可能性があります。筋力トレーニング安全に行える低い強度から開始する必要があるのです。

後述するように、高齢者や体力のない患者さんが筋力トレーニングを行う場合、ウェイトは用いず自分の体重による負荷のみで開始する方が安全と考えますが、フリーウェイトを使った筋力トレーニングをきちんとしたデータに基づいて行う場合、まず、最大挙上重量(1RM:repetition maximum)=1回のみ挙げることができる最大の負荷を求めます。実際に1RMにあたる負荷をテストして求める方法と一定の負荷と反復回数から1RMを推定する方法がありますが、トレーナーに見てもらいながら(トレーナーがいなければ鏡で自分の姿勢を確認しながら)正しいフォームで行うことが重要です。

筋力トレーニングの効果は負荷の強さと反復回数によって変わるため、筋力・筋持久力のどちらを重点的に鍛えるかによってやり方も変わってきますが、例えば、1RMの約30%の負荷×1セット10回から始め、1RMの約80%の負荷×1セット10回まで徐々に負荷を強くするようにしましょう。アメリカスポーツ医学会のガイドラインでは、全身の大きな筋群(胸、肩、背中、腹、腕、腰、足)を使い、1セット8-12回×2-4セット/日、2日連続してトレーニングすることは避け週2-3回行うことを推奨しています[11]。正しいフォームで、息を吐きながら挙げ、息を吸いながら下ろすように注意しましょう。

また、筋力トレーニング後の十分なタンパク質摂取が筋肉量増大・筋力向上のために推奨されていますが[12]、これは健康な人を対象とした研究結果であり、何らかの病気をもつ人が健康増進のために行う筋力トレーニングにおいては必ずしも必要ではないことに注意してください(例えば腎機能障害がある場合)。糖尿病治療において食事療法と運動療法がセットであるように、筋力トレーニングにおいても食事はとても大切です。トレーニング後の適切な栄養摂取を心がけましょう。

筋肉は使わなければ急速に衰えていきます。有酸素運動も筋力トレーニングも続けることが何よりも大切です。したがって、どんどん負荷を強くすることを目標にするのではなく、

日常生活に支障がなく続けられる強度・頻度・回数を目標にしましょう。

高齢者や体力のない患者さんのための筋力トレーニング

負荷の強い筋力トレーニングは正しく行わなければ思わぬケガにつながります。また、すべての高齢者や患者さんがジムに通いトレーナーの指導の下でトレーニングを行えるとは限りません。自宅で、一人で、特別な器具を使わず、安全に無理なく行える筋力トレーニングが理想であり、病気に悪影響を及ぼさないことが必須条件です。

そのような筋力トレーニング法として、Low-intensity resistance training with Slow movement and Tonic force generation(LST、通称スロートレーニングをお勧めします。LSTでは、低負荷の筋力トレーニング1RM50%程度)をゆっくり行うことにより、筋肉内部の圧力を持続的に上げ、血流を制限し、筋肉内の代謝を変化させることで筋肉を大きくします。

平均年齢19歳の若い男子学生を対象に、LSTを用いた全身のトレーニングプログラムを12週間行わせたところ、高負荷の筋力トレーニングと同じくらい筋肉量と筋力が高くなりました[13]。筆者は、平均年齢51.6歳(最高年齢80歳)の肥満のある糖尿病患者さんに、LSTを用いたスクワットを12週間やってもらいその効果を検証しました。その結果、LSTを継続することにより、足の筋肉量が増え、体脂肪率が減り、善玉コレステロールが増えることが分かりました。LSTによる有害事象はなく、ドロップアウトした人はひとりもいませんでした[14]。筆者は、このゆっくりスクワットを外来患者さんに指導するようにしています。

  1. 背筋をまっすぐ伸ばし、3-5秒かけてゆっくり腰を落としていきます。膝はつま先と同じ方向に向けて曲げていき、膝がつま先より前に出ないように椅子に座るような感じで真っすぐお尻を下げていきます。動作に合わせてゆっくり息を吸いましょう。
  2. 一番低い姿勢で1-2秒間止めます。腰が曲がらないように気を付けてください。
  3. ゆっくり息を吐きながら、3-5秒かけてゆっくり立ち上がりましょう。

どこまで腰を落とすかは、皆さんの体力に合わせて調整してください。太ももが床と平行になるくらい腰を落とすことが理想的ですが、体力的に無理であれば自分ができる高さまでで十分です。膝に痛みを感じたらトレーニングを中止しましょう。バランスが保てない場合、壁や椅子につかまりながら行ってもOKです。少しずつ体を慣らしていき、1セット8-10回、1日3セットを目標に取り組みましょう。

筆者の別の研究では、足の筋肉量が多いほど患者さんの入院リスクが下がることが分かりました[15]。上半身よりも下半身の筋肉を鍛える方が健康に良い効果があるかもしれません。

筋力トレーニングは全身バランスよく行うことが望ましいですが、やり方がよく分からない方はこのゆっくりスクワットから始めてみてください。

筋力トレーニングの医学的な効果:なぜ必要?何から始める?