自宅にいながら一般的な健康診断と同等の検査ができる、「スマホdeドック」。webから申し込みをすると、自宅に血液検査キットが届き、自分で採血したものを返送すると結果が届くというサービスです。

いざ体験して見ると本当に手軽で、検査結果や改善アドバイスなどもあって本格的な内容でした。普段おざなりになりがちなヘルスケアについて考えさせられるいい機会になりました。

この「スマホdeドック」を展開しているのは、携帯電話でおなじみのKDDI。通信事業会社がヘルスケア分野に進出したワケを、KDDI株式会社ライフデザイン事業企画本部新規事業推進部ヘルスケアグループの今村元紀さん(以下、敬称略)に聞いてみました。

・合わせて読みたい→
いつでも、どこでも健康診断「スマホdeドック」を編集部員がやってみた 診断結果に一瞬ショックも…(https://cocokara-next.com/lifestyle/medical-checkup-by-smartphone/)

元々あったサービスを、webを活用してリニューアル


ーー通信会社がこのようなサービスを展開していることが意外でした。「スマホdeドック」を始めた経緯を教えてください
今村:KDDIという会社は皆様ご存知のように、通信事業者です。数年前に新たに会社として新規事業に挑戦しようとなったときに、テーマとしてあがったのが「ヘルスケア」「電力」「教育」「海外」というキーワードでした。チームメンバーと共にヘルスケア事業を担当することになったのですが、その時は具体的な内容はまだ決まっていなかったので、まずはベンチャー企業さんに数多くお会いして、ビジネスのヒントを探していくところから始めました。

今村:そのなかで、「スマホdeドック」の検査キットを作っている会社にお会いする機会がありました。話を伺ってみると、『自宅で血液検査』というサービス自体は10年くらい前からあったそうですが、当時は紙で申し込んで、紙に印刷した検査結果をもらうというシステムでした。その会社のキットの良さというのは自宅に送られてきて手軽にできるものなのに、申し込みなどに手間がかかってはもったいないと感じました。今ならインターネットで簡単に申し込みできる時代です。そこで、KDDIがインターネットで申し込みと検査結果の部分を作らせていただいて、「スマホdeドック」が2015年にスタートしました。

ーーサービス開始から3年が経ちますが、手応えはどうですか?
今村:個人のお客さまの方も多くいらっしゃいますが、主に自治体や企業健保を通じたご利用が増えています。サービスを開始した2015年から毎年ご採用団体が増えて、18年度には70を超える自治体や企業の方に導入いただいております。

ーー自治体や企業が導入するメリットはどのようなものがありますか?具体的な例があれば教えてください。
今村:場所や時間を選ばずお申し込み・検査いただけますので、多くの方々にご利用していただきやすいサービスです。検査結果が出ることにより、健康への気付きを得られ、生活習慣の改善を促進することもできます。そのことが重症化の予防につながると考えております。

今村:例えば東京都足立区での事例のお話をします。国の制度で、40歳から74歳までの国民健康保険の加入者を対象に特定健診・特定保健指導が無料で実施されるのですが、足立区の場合は2015年当時、それを3年以上受診していない方が約1万8千人もいらっしゃいました。その方々に「スマホdeドック」を案内したところ、865人の方から申し込みがありました。その後、足立区と協力して病院の受診履歴と「スマホdeドック」の利用履歴を付き合わせたところ、サービス利用後に534人の方が実際に医療機関を受診していたという結果が出てきました。もちろん、風邪など別のことで受診された可能性もありますが、「スマホdeドック」の検査結果をもとに行動された可能性は大きいと考えております。

今村:さらに、実際に医療機関に行かれた534人の中で、73人の方が糖尿病の診断を受けていました。865人のなかから73人の糖尿病が見つかるというのは、自治体からすると非常に大きな出来事です。糖尿病患者の方は、症状の段階に応じて、まずは食事や運動の指導、投薬といったところから治療が始まりますが、悪化して人工透析の治療になりますと、自治体が患者一人あたり年間500万円程度の費用を負担することになります。糖尿病と診断された73人のうち、残念ながら1名だけすぐに人工透析の段階でしたが、それ以外の方はまだ初期の段階でしたので、生活習慣の改善指導に移行したとのことでした。

今村:何年も医療機関の受診や健診を受けていない方の中から73人の糖尿病患者が見つかったということは、非常に大きなことです。こういう在宅の検査キットによって、健診未受診者の方に対して、掘り起こしやその後の指導によると重症化予防につながると実証された事例でした。

ーー「健診未受診者の掘り起こし」と「重症化予防」ということがキーワードですね
今村:健診の未受診というのは自治体の課題の一つでもあります。 学生や会社員の方であれば、半ば強制的に健康診断を受ける機会を与えられますが、自営業の方など国民健康保険の方は、誰にも強制されないので、何年も健診を受けていないという人が多くいます。なぜ行かないのかというと、理由はシンプルで、「面倒くさいから」「時間がないから」「忙しいから」という理由がほとんどです。

ーー確かに、「面倒くさいから」という気持ちはわかります…
今村:実際に、病院やクリニックに行くことが難しい人がいるのも事実です。健康診断などの対応は基本的に平日の日中なので、お店を営んでいる方や、小さいお子様の子育てをしている方は時間が取りにくいという事情もあります。また、地方などはそもそもの医療機関の数が少なく、都市部とは受診の障壁が異なります。自治体の保健センターなどでの受診も何ヶ月も前に予約を取らないといけないとか、指定の施設が遠いなどの問題もあります。そういう方にとっては健診が遠いものになってしまいがちですが、「スマホdeドック」は家にいながら10分ほどでできるので、ぜひ一度ご利用いただき、その後の医療機関の受診や自治体主導の健診の継続的な受診に繋がっていけばいいなと考えています。

医療や介護サービスをより受けやすくするために通信の力が必要

ーー検査の内容は、病院で行う一般的な健康診断のものと同等でしょうか?
今村:「スマホdeドック」は脂質や腎・肝機能、血糖や栄養状況など14項目をチェックすることができます。これは企業や自治体で行っている健診の血液検査と項目的には同じです。生活習慣や喫煙飲酒などに対する質問事項も、特定健診などでヒアリングされるものに基本的な内容は合わせています。

今村:こういった在宅での検査キットはいくつかの企業からもリリースされていますが、私どものパートナーが作っているキットの特徴は、常温で血液を輸送できるというところです。他社の場合は冷蔵のチルド便で送らないといけないものもあります。その場合はチルド便の集荷をお願いしないといけないという手間がかかりますが、パートナーのキットは郵便で送るだけで済みます。申し込みも結果もスマホやパソコンからなので、手軽にご利用いただけると考えています。

ーーヘルスケアがより身近で便利なものになりますね
今村:医療は最先端の技術なのに、それを取り巻くシステムはアナログなことが多いです。例えば、在宅医療や介護の現場などでは、医療従事者の方や介護従事者の方の情報共有が電話やファクスという手段がまだまだ一般的です。でもその場合、電話やファックスをするためにわざわざ事務所に戻るという手間がかかってしまいます。それがインターネット上での情報共有なら、お互いに時間の無駄がありません。実際に「Medical Care Station」という医療・介護従事者間のクローズドSNSをエンブレース社が提供し、約200を超える地域医師会に採用されています。エンブレース社には当社からも出資し、ヘルスケアの新たなサービス検討なども共同で行っています。ヘルスケアでいえば、今までは体重計や血圧計などを別々に管理していましたが、一つの個人クラウドで管理できるようなサービスもあり、健康管理がもっと手軽かつ身近にできるようになるのではないかと思っています。

ーー「スマホdeドック」の他に、通信会社ならではの具体的な事例はありますか?
今村:昨年、遠隔医療への保健適用が一部広がり、診療報酬の対象も広がりましたので、将来的には遠隔医療を活用した受診シーンは拡大すると思われます。ただ、遠隔医療をすぐに必要とする状況はすでにいろいろなところで生まれていて、その一つとして現在、KDDIと医療系ベンチャーのメドレー社とで支援している東日本大震災の被災地である福島県南相馬市の事例があります。具体的には、南相馬市立小高病院にKDDIはタブレット端末と通信回線、メドレー社がオンライン診療ツールを提供しています。

今村:南相馬市小高区は避難指示が解除されて住人の帰還が進みつつありますが、帰還者の多くは高齢者で通院が困難かつ在宅医療を必要とする方がいらっしゃる状況でした。一方で、小高病院は常勤医師1人、非常勤医師3人で運営している状況で、在宅医療への対応が課題となっていました。在宅医療のために各家庭を回るとなると、医師の移動だけでも時間がかかってしまいます。そこで、看護師が患者宅に訪問し、医師はタブレット越しに診療を行うことで移動時間の削減に努めてきました。このようなオンライン診療は高齢化社会や無医村、離島など、ますます重要性が増していくと考えています。

ーー最後に、医療や介護、ヘルスケアといった分野と通信事業の今後の展望を教えてください
今村:医療や介護といったサービスを一般の方により広く、より効率的に受けていただくために、通信の重要性はさらに高まります。なので、今後は医療×ICT(情報通信技術)の浸透に注力していきたいと考えています。例えば、医療の分野では予約方法や決済方法、紙のカルテに至るまで、まだまだアナログなところが多いので、より医療機関を受診するお客さまに便利なシステムを構築していければと思っています。それは、医療機関を運営する側の方の業務負担軽減にもつながりますので、その際は、自社だけでなく各方面のサービサーやプレイヤーのお力を借りながら通信事業者の力を発揮し、社会に貢献していきたいと思っています。

 なぜ通信事業会社がヘルスケアや医療といった分野へ?と疑問に思っていましたが、話を伺って納得しました!通信の力でより健康的で心も体も豊かな社会を築いていってもらいたいです。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

「技術は最先端でもシステムはアナログ」、通信技術が医療の現場に新風を吹き込む