春にウグイスが練習している歌を聞くと、ほほ笑ましい気持ちになる人も多いのではないだろうか。「ホーホケ、……ホーホケッキョン」。あー惜しい。こうした未熟な歌を聞くことができるのは、鳥が練習をして歌を身につけているためだ。


鳥の鳴き声には二種類あると言われている。一つは短い音で構成される「地鳴き」だ。例えば、ウグイスの地鳴きは「チャッチャ」と聞こえる。地鳴きは日常会話のようなもので、英語で「CALL」と言う。喧嘩のときや、ヒナがご飯を欲しいとき、仲間に自分が近くにいることを知らせるときなどに鳴くものをいう。この地鳴きは、練習を必要としない種の方が多い。

もう一つは色々な音で構成されていて、まるで歌っているように聞こえる「さえずり」である。英語での呼び方は「SONG」だ。さえずりは、オスがメスに求愛する際や自分の縄張りの防衛、自分と同じ種であるかを判断する「種の識別」のために使うと言われている。


このさえずりには地域によって違いが生じることがあるという。なぜ鳥の歌に方言が生まれるのか、動物の鳴き声を研究している帝京大学JSPS・RPD研究員の香川紘子さんに伺った。


歌が上手いオスはモテるらしい
――まず鳥のさえずりについて解説していただけないでしょうか。

香川 地鳴きはオスとメスの両方にありますが、さえずるのは主にオスです。例えば、オスは求愛するときにさえずります。そしてメスは、長い歌や複雑な歌、特定の音が出せるオスを好む傾向があります。オスの強さや性質、健康状態の指標にしているようです。

――つまり、歌がうまいオスの方がモテるんですね。どんな鳥が歌うのですか?

香川 スズメ目、ハチドリ目、オウム目が音声学習で歌を習得できると言われています。

――歌を身につけるための学習とは、どのようなものなんでしょうか?

香川 父親の歌を聴いて練習する音声学習です。自分の鳴き声と覚えた歌が合っているか、記憶を頼りに練習します。ヒナから成鳥になるまで何回も歌い、だんだんと上手になっていきます。学習には歌を記憶する工程が必要なため、父親が何らかの理由でいなかったり歌が聞こえない環境で育つと、その鳥らしい歌を覚えることが難しく、変な歌になります。



鳥の歌に地域差が生じる理由
――父から子へ歌い継がれていくものなのですね。ちなみに、鳥は方言の違いを理解しているんですか?

香川 過去にあったミヤマシシドという鳥の研究に、オスが方言にどう反応するかを検証したものがあり、この鳥は他の地域の歌にはあまり興味を示さないことがわかっています。オスの縄張りスピーカーをセットして、縄張りの持ち主が生息する地域の歌と別の地域の歌を流すというものです。鳥は自分が興味をひかれる歌には寄ってきて、歌い返すこともあるのですが、自分と同じ地域の歌の方が寄ってくる回数や歌い返す回数が多いことが確認されています。

また、メスも自分の地域の歌を歌うオスを好む傾向があります。メスは魅力的なオスの歌を聞くと「交尾をしてもいい」という姿勢をとるのですが、自分の住む地域の歌に興味を示すことが多いようです。

――オスは幼鳥の頃に音声学習をするということですが、メスの幼鳥は父親の歌を聞いているだけなのでしょうか。

香川 そうですね。ただ、このときにメスのオスの歌に対する好みが決まり、自分の父親の歌に似た歌を好む傾向を持つ種がいるようです。

――では本題になりますが、なぜ鳥の歌に地域差が生じるのでしょうか?

香川 鳥の歌が、学習によって獲得されるためです。父親の歌を間違って子が覚えると、そのまま次の子へ伝わり、さらに次の子が……と違いが自然と定着していきます。伝言ゲームのようなものです。同じ地域で同じような歌を共有する種が多いため、それが方言になります。


都会のシジュウカラの歌は音が高い

――鳥の歌の方言が生まれる要因は他にもあるんでしょうか?

香川 ヨーロッパの研究で、都会のシジュウカラと森のシジュウカラでは、歌の音の高さが違うことがわかっています。森の歌に比べて都会の歌の方が、少し音が高くなっているんです。都会では車や工場、電車などいろいろな音がありますよね。こうした雑音と同じ高さの音で歌ってしまうと、周囲に歌が聞こえにくくなってしまいます。そのため都会のシジュウカラは音を高くすることで、自分の歌を聞こえやすくしているのではないかと考えられています。

さらに近縁種の存在がきっかけで、歌の地域差が生まれることがわかっています。アオガラという青い鳥がいるのですが、アオガラには「トリル」(「トゥルルルル」という巻き舌のような音)のある歌を歌う個体と、ない歌を歌う個体がいます。これには近縁種であるシジュウカラの存在が関係していると言われています。

アオガラとシジュウカラは食べる餌や巣の場所がとてもよく似ていて、同じ場所に群れを作ることもあるのですが、アオガラよりもシジュウカラの方がちょっと大きくて強いんです。シジュウカラの歌はアオガラのトリルのない歌に似ていて、シジュウカラはアオガラのトリルのある歌には興味を示しません。このことからアオガラは、シジュウカラのいる地域ではトリルのある歌を歌うことで、シジュウカラとの競争を避けているのではないかと考えられます。


ジュウシマツの祖先が、近縁種との競争を避けるためにした工夫

――香川さんは以前、環境の違いと近縁種の存在による鳥の歌の地域差について、コシジロキンパラという鳥を対象にした調査を台湾で行ったそうですね(香川さんは、コシジロキンパラの調査当時は岡ノ谷研究室所属(当時理研、現在東大))。なぜこの鳥を研究対象に選ばれたのでしょうか?

香川 コシジロキンパラはイネ科の植物を食べるスズメのような姿をした鳥です。オスだけが求愛の歌を歌い、インド、台湾、東南アジアに広く分布しています。私がこの鳥の研究を行ったのは、ジュウシマツの存在が関係しています。


香川 ジュウシマツは、大名が愛玩するペットとして約250年前に日本に連れて来られたコシジロキンパラが、突然変異で白くなったものだと言われています。羽の色の違いもそうですが、歌にも違いがみられます。ジュウシマツの歌の方が音の並びが複雑で、音も澄んでいます。

その理由として考えられるのが生活環境の違いです。野生のジュウシマツはいません。彼らは安全な環境下でメスが好む複雑な歌を習得し、歌はどんどん進化していったと考えられます。一方、コシジロキンパラには野生下での餌探しがあり、他の種との競争や天敵がいる環境にいます。そのため、こういった環境がコシジロキンパラの歌を複雑に進化することを邪魔して、ジュウシマツの歌よりもずっと単純なものになったのでは、という仮説を立てました。

家禽化した種と野生種を比較することは難しいんです。そこで野生のコシジロキンパラの個体群の歌の違いについて、台湾の3つのエリアで野外調査を行い、歌の習得に及ぼす影響を検証しました。



――この3つのエリアで違いは見られたんですか?

香川 はい。3個体群のうち、2個体群に違いがありました。コシジロキンパラの近縁種でアミハラという鳥がいます。コシジロキンパラの歌が単純な地域ほど、アミハラとの混群率が高いことがわかりました。コシジロキンパラとアミハラは餌の種類や生息する環境が似ています。ですがコシジロキンパラよりもアミハラの方が大きいため、コシジロキンパラは競争で負けてしまいます。また近縁種との交雑を避けるために、歌での種の識別は重要です。そのためアミハラのいる地域では、歌の違いを明確にするためにコシジロキンパラの歌が単純化していった可能性があります。

さらにストレスの問題も関係していると思います。学習期にヒナにストレスを与えると、歌がちょっと変になることがわかっています。アミハラと競争することがコシジロキンパラのストレス要因となり、複雑な歌を学習できない状態になった可能性も考えられます。

――様々な要因が、鳥の歌の地域差をつくっているということですね。では、時代が変われば、鳥の歌も変化していくのでしょうか。

香川 そういうことです。

鳥の歌の方言は、音声学習する過程や直接的な闘争を避けるための工夫などによって生まれていた。今、聞こえている鳥の歌は未来には聞けないかもしれない。鳥のさえずりが聞こえてきたら、一旦足を止め、耳を傾けてみてはいかがだろうか。

(石水典子)