新世代の台頭、AI戦術、そして藤井フィーバー……。同世代のライバル羽生善治九段は27年ぶりの無冠に。激動する将棋界にあって、会長として、プレーヤーとして走り続けた2年間を振り返る。

現役棋士としての練習量は激減しました

―― 日本将棋連盟の会長に就任されて丸2年が経ちます。

 佐藤 そうですね。確か2月6日でしたから、ちょうど2年になります。生活スタイルはだいぶ変わりましたが、慣れてきた部分もあるとは思っています。ただ、運営に関しては「勉強させていただきながら」という中途半端な姿勢では通用しませんから、自分なりに日々を過ごしているところです。

―― 棋士として日常の研究があり、対局があり、将棋と向き合う時間をいかに作るか苦慮されていると思います。会長のお仕事が加わることへの葛藤はなかったのでしょうか。

 佐藤 プレーヤー生活とのバランスという点では、前会長の谷川浩司先生がずっと現役と両立していらっしゃったので、そこまで深く考えていなかったといいますか……。私自身も、その前には棋士会長を務めていましたので、「引き続き将棋界のお役に立てるなら」という思いでこの役目を果たしています。当然ながら、やはり未経験のことでしたので、現役棋士として精進していくための練習量は激減しました。解決しないといけない課題が山積みですので、2年前と比べて自分の将棋が進歩しているような気はしないですね。

今は限られた時間の中で勝負するしかないですから

―― そういった重責を担われながら、昨年度は順位戦A級でプレーオフまで行かれて、今年度もタイトル戦や公式棋戦で本戦に進出して、若手プレーヤーを相手に活躍されています。インターネット中継では、ファンから「会長、会長」と声援を受けていますね。

 佐藤 そうですね、激励をいただくことも多いかなと思います。昨年度はトータルでは負け越しでしたが、順位戦ではプレーオフに、その後も竜王戦叡王戦で本戦に出場することができました。プレーヤーとしては納得していない部分のほうが多いですが、会長になる前は「負ければすぐ降級」という勝負が続きましたから、ちょっと不思議な感じはありますね。今期も順位戦では指し分けですし。

 いずれにせよ、今は限られた時間の中で勝負するしかないですから、蓄積してきた経験に頼らざるを得ないかなと割り切っています。その分、結果が出ているのかもしれません。それを長続きさせるのは、なかなか大変ですけどね。

私は完全に旧世代の人間です

―― AI研究を取り入れた流行戦術、新しい序盤戦のかたちなどについては勉強されているのでしょうか。

 佐藤 現状はほぼありません。その時間があれば普通に勉強したいですね。ただ、同世代だとやっぱり羽生(善治)さん、それから郷田(真隆)さん、丸山(忠久)さんなど、最先端の将棋で勝負する人が多い。羽生さんにしても、私みたいに経験を押し出すというよりも、若手と真正面からぶつかって、堂々と戦っているイメージがあります。普通に考えたら、若手のほうが研究時間は圧倒的に多いわけですから、羽生さんの姿勢はすごいなと同世代としては思いますね。

 AIとの付き合い方は人それぞれです。例えば、千田(翔太)さんや豊島(将之)さんのように、全面的にAIを研究の中心に据えている棋士もいます。一方で、自分を高めるための一つの手段としてとらえている棋士もいます。いずれにしても、AIとともに自分も向上するというスタイルが確立されていますから、私は完全に旧世代の人間ということになります。たまに若手と将棋の話をすると、「本当に日本語を話しているのかな?」と思ってしまうほどです。

 AIの誕生によって変わった点として、コンピューターの判断を全面的に信じてしまえば、その局面は有利なのか不利なのか、一瞬で答えが出せてしまうのです。マイナスになる局面は切り捨てて、選択肢から外してしまえばいい。究極の合理化です。ただ、「それでいいのか」という疑問を私は持っています。昔はプラスマイナスか分からないまま自分なりに暗中模索して、分からないまま研究を続けていました。時代に逆行するようですが、自分としては今後もその過程は大事にしていきたいと考えています。

―― 羽生さんの将棋も、大きく変わったのでしょうか。

 佐藤 最近カルチャーショックを受けたのが、昨年10月竜王戦第一局を観戦したときのことです。タイトル戦の現場では、記者の方から「コンピューターは次にこういう手を予想していますよ」と言われることがあります。私は羽生さんとは160局以上対局していますから、指し手のイメージに関しては自信があったんです。ところが、中盤で「さすがにこれは指さないだろう」というコンピューターの推奨手をことごとく羽生さんが選んでいて、とても驚きましたね。自分にはちょっと考えもつかないような手でしたので……。

 極論すると、私はこの2年間ずっと変わっていません。ところが、羽生さんはガラッと変わった。変化したという事実は、同業者として一番肌で感じるので、自分が化石になったというか、時代に取り残されているような感覚は受けました。

 私は若手棋士にはここ数年、相当苦戦していますね。自分で言うのもなんですけれど、私は序盤巧者というか、序盤でリードを奪って先行逃げ切りするタイプです。もちろん、逆転負けすることはこれまでも多々ありましたけれど、最近は一度も先行できないまま完敗してしまう対局が残念ながら増えてきました。自分でもあまり経験がなかった事態です。

 佐藤 例えば、豊島さんには、直近で何連敗しているのか分からないですけれども、自分の意識の中ではもう50時間ぐらい一度も優勢の局面がないようなイメージがあります。そういう意味では、逆に序盤でなかなか五分の形勢すら保てないような相手が今後はもっと増えてくるのかもしれません。トップ棋士との差が少しずつ広がっているのかなという危機感は当然持っています。

 最近は、序盤戦で持ち時間を使うことのほうが多くなっています。昔も大量に使っていたんですけれども、ちょっと意味合いが違う。変な言い方ですけど、昔は先を走るために使っていたのに対して、今は追い付くために使っているようなところがありますので。その点はちょっと課題ですね。

 それでも、後悔はしていません。今はどんなトップ棋士でも「角換わり腰掛け銀」という戦術を指しますけれども、いくら時代の潮流でも私はなかなか選択できない。結局、将棋盤自体も、将棋のルールも変わることはありません。自分は修業時代にいろんな先輩棋士を見てきましたが、やはり年を取ればそれなりに独特のスタイルを貫く棋士のほうが多かったので、自分なりの戦い方をするのがいいのかなと。若手じゃないと先を走れないとは思っていませんから。

竜王戦終局後、羽生さんは「九段で」と即答

―― 羽生さんは竜王戦で第七局まで戦い抜きましたが、最終局で敗れて27年ぶりの無冠という結果になりました。

 佐藤 最終局は私も現地に行ってきました。押し引きを繰り返すような展開の対局で、羽生さんのほうにわずかな狂いがあって、その一点を広瀬(章人)さんがすかさず突いた。竜王位を奪取するほど充実していた今期の広瀬さんの集大成の一局だったと言えるのかもしれません。羽生さんは、ちょっと作戦が失敗して負けるケースはあっても、あまり記憶にない種類の負け方でした。やっぱり羽生さんも悔しかったんでしょうね。珍しく最後の最後まで指されたので。

 竜王戦シリーズを通じて終盤まで勝負の行方が分からない僅差の将棋が多かったです。本当にギリギリの戦いを二人が繰り広げていた。羽生さんじゃないと勝てない、広瀬さんじゃないと勝てないという内容で、最高峰のタイトル戦にふさわしい、名局の多い七番勝負でした。

―― 終局後に、羽生さんと面会して、「称号」をどうするのか確認されたそうですね。

佐藤 やはり羽生さんは前人未到の特別な棋士ですから、称号については連盟内部でもいろいろな案がありました。最終的には、最終局の2週間ぐらい前の役員会で私に一任されましたので、私が意向を聞くことになりました。ただ、羽生さん自身は、もう決めておられたのでしょうね。すぐに「九段で」と。そのお役目のために1泊2日で行ったものの、話自体は30秒で終わりました(笑)

自分は「未知の世界」に行くのが好きなので

―― それは、プレーヤーとしてまたすぐにタイトルを取るという意志の表れでしょうか。

 佐藤 そうでしょうね。私も永世称号を持っていまして、ルール上は引退してから名乗るという制度になっていますけれども、過去にはある程度の年齢の方が現役中に名乗られることも多いです。ただ、羽生さんはまだまだ若いですからね。同じ棋士の心情としては、一番予想していたお答えでした。結果がすべてという世界に生きていますから。

―― 羽生さんとの対局という意味では、昨年12月に行われた順位戦での対局は、変則的な序盤から始まり、最後は日付を超えての大変な熱戦でした。

佐藤 自分の中では、あれで負けて名人挑戦が完全に消滅してしまったので、ちょっと残念な一局ではありましたね。これでもまだ名人を狙っていますから(笑)。はっきり負けの局面から、最終盤で一瞬こちらに「勝ってもおかしくない」というチャンスが発生していたので、ベストを尽くせれば違う結果になった可能性はありました。もう少しそういう際どいところの精度を高められれば、という思いはあります。ただ、自分はもともと「未知の世界」に行くのが好きなので、手探りの中で最後までギリギリの将棋で戦えたのは良かったです。そういう将棋を指したいので。「負けて良かった」と言うのもなかなか難しいんですけれども……。

気持ちだけは若々しいつもりです

―― 応援しているファンからは、佐藤会長、羽生さんをはじめとする40代の棋士が再びタイトル戦の舞台に上がる日を待ち望む声が聞こえてきます。

 佐藤 残念ながら、私は今年10月には50歳の誕生日を迎えるので、40代ではなくなっちゃうんですけど(笑)

 もちろん羽生さんは順位戦で挑戦争いをしていますし、これから始まる棋戦で挑戦者になってもまったく不思議はないと思います。それでも、今までのように多くのチャンスがあるかといわれれば、羽生さんであっても大変なことは間違いありません。20代、30代の層が本当に厚いですから。藤井(聡太)さんに至ってはまだ16歳です。

 振り返ってみると、私は40代になってからタイトルを1回しか取っていませんが、正直もうちょっと実績を積み重ねられると思っていました。羽生さんはずっとタイトルを保持していましたし、森内(俊之)さんも竜王、名人になった。40代で実績を上げている棋士も周囲に少なくない中で、自分としてはふがいない結果だったと反省しています。

 ただ、気持ちだけは若々しいつもりですし、今後もタイトルを獲りたいと狙っていますよ。専務理事の森内さんからは、「役員なんだから、プレーヤーとしての目標を立ててはいけない」と苦言を呈されますが(笑)

将棋ブーム予想外だったのは「ひふみん」人気

―― 最近の将棋ブームはどうご覧になっていますか。

 佐藤 非常にありがたいことです。やはり藤井さんが29連勝したあたりから、急激にファンの関心も高まってきたかなと思います。でも、まさかここまで将棋を知らない人にまで広がるとは……。加藤一二三先生がテレビで引っ張りだこになるとは、正直想像がつきませんでした。

 藤井さんは、将棋が強いだけじゃなくて、言葉遣いも常人離れしていますよね。それが文化としての将棋を格調高くしています。近年の若手には、本当にしっかりした棋士が多い。将棋が強いだけじゃなくて、人間的に優秀な方が多いなと感心しています。昭和の時代は「密室のゲーム」と言われていたほどクローズドな世界でしたが、今はネット中継もあるので「見られている」という意識が強いのでしょうか。

―― 佐藤会長もネット中継をご覧になることはありますか。

 佐藤 なかなか時間が取れないですが、たまに中継を見ることはありますね。あとは新聞や雑誌など、将棋関係の記事にはなるべく目を通したいなとは思っています。

―― ブームの一端を担っているように、将棋とネット中継はかなり親和性が高いように見受けられます。

 佐藤 「将棋を指す」という意味でも、もともとインターネットとの相性は良かったですね。世界中どこにいても、誰とでも指せるような環境ができたことは、将棋が強くなるためには非常に大きな変化でした。それが少し前から当たり前になって、いまは対局などのデータ分析も進化してきました。アマチュアの方も強くなれる環境が整ってきています。

 そういう意味でも、私たちの修業時代とは劇的に変わりましたね。当時は、「情報収集も勝負の一環」という空気がありましたから。情報収集のために将棋会館にきて、「この手は悪かった」と実際に見ないとわからなかった。いまはすべての情報がオープンになっています。

『聖の青春』は懐かしい

―― ブームの一面としては、小説、漫画、映画など、将棋がさまざまな創作のテーマになっています。特に印象に残った作品はありますか。

佐藤 『聖の青春』、『3月のライオン』、そして『泣き虫しょったんの奇跡』と3年連続で将棋の映画が公開されましたね。今までになかった現象です。私は村山聖さんとは同世代で実際に戦っていましたので、大崎善生さん原作の『聖の青春』は懐かしく、当時のことを思い返しながら見ました。棋士はみんなそうだと思いますけれども、人生をかけて盤面の勝負に臨んでいますので、そういう部分でファンの共感を得られたとすれば、棋士冥利に尽きると感謝しています。

佐藤康光さとう・やすみつ) 
1969年京都府出身。将棋棋士。日本将棋連盟会長・九段。タイトル通算十三期。永世棋聖の資格を有する。2011年より、日本将棋連盟棋士会長、2017年より現職を務める。同年、紫綬褒章受章。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

※このインタビュー記事は、『オール讀物』2019年3月・4月合併号に掲載された「佐藤康光 日本将棋連盟会長 激動の将棋界を語る」に一部加筆修正したものです。なお、佐藤康光会長は『オール讀物』にて毎月「緻密流将棋日記」を連載中です。

(「文春オンライン」編集部)

©杉山秀樹/文藝春秋