
受動喫煙問題への世間の目は、年々厳しくなっています。近年では、東京都や大阪府が、子どもの受動喫煙を防止するための条例を制定するなど、子どもの受動喫煙にも注目が集まっています。しかし、これらの条例には罰則規定がないなど、家庭内での受動喫煙対策が徹底されるのかは不透明です。小児科医で子どもの受動喫煙に詳しい静岡市保健所所長の加治正行さんに、現状と対策を聞きました。
呼吸器疾患や中耳炎のリスク
Q.受動喫煙は子どもの健康によくない、という認識は一般化しています。どのような理由からですか。
加治さん「子どもは成人に比べて、体重当たりの吸気量が多い上、有毒な化学物質の解毒・排せつ能力も低く、成長による体の細胞分裂が盛んで発がん物質の影響を受けやすいため、受動喫煙による健康被害を受けやすいからです」
Q.受動喫煙で、子どもにどのような健康被害が出ますか。
加治さん「受動喫煙との関連が研究データから証明されている病気と、『まだ証明されていないが因果関係が疑われる』病気があります。証明されている病気は、乳幼児突然死症候群、気管支炎や肺炎などの呼吸器疾患、中耳炎です」
Q.受動喫煙で乳幼児が突然死してしまうのですか。
加治さん「日本では徐々に減少していますが、現在でも年間100人前後の乳幼児が、乳幼児突然死症候群で亡くなっています。その原因の一つとして、妊娠中の母親の喫煙や、出生後の乳児の受動喫煙が挙げられています。日本では、両親が喫煙している場合、この病気で亡くなるリスクが4.67倍に増大するとの報告もあります。妊娠中の喫煙でリスクが2~3倍に増えるという結果も出ています」
Q.呼吸器系の病気は分かりますが、中耳炎になりやすくなるというのは意外でした。
加治さん「たばこの煙は子どもの耳の中にも侵入し、粘膜に悪影響を与えます。中耳炎になるリスクは、受動喫煙で1.5倍に増大することが明らかになっています」
Q.「まだ証明されていないが因果関係が疑われる」病気は何ですか。
加治さん「小児がん、動脈硬化、脂質異常、虫歯に加え、知的能力の低下、精神疾患のリスクを高めるとの報告があります。特に虫歯は、受動喫煙により、リスクが1.5~2倍程度に増大するとの報告が増えています。たばこの煙を吸い込むことで、口腔(こうくう)内の免疫機能が低下することや、唾液の分泌量が減少するためと考えられています」
換気扇の下で吸っても効果なし
Q.喫煙者の中には、在宅中にたばこを吸いたくなったとき、ベランダや戸外、換気扇の下で吸う人もいます。これらの場所で吸うことで、子どもの受動喫煙は防げますか。
加治さん「防ぎきれません。喫煙者の家族がいる幼児について、尿中コチニン(ニコチンが変化した化学物質)を測定して、喫煙者の家族がいない幼児と比べたスウェーデンの調査があります。調査結果から、喫煙者の家族がいる幼児の方が、尿中コチニンの数値が高いことが分かりました。喫煙者がいない幼児と比べて、室内でそのまま喫煙する場合は約15倍、家族が戸外に出てドアを閉めて喫煙している場合でも約2倍になりました」
Q.どうして防ぎきれないのでしょうか。
加治さん「喫煙者の呼気には、長時間たばこの煙の成分が残ります。たとえ、ベランダや戸外で喫煙しても、その後に入室すれば、呼吸で室内にたばこの煙の成分をまき散らすことになるからです」
Q.「換気扇の下で吸えば、屋内に煙をまき散らすことはない」と思う人もいるようです。
加治さん「前述のスウェーデンの調査によると、換気扇の下で吸う場合にも、3倍以上の高い数値が認められており、換気扇の効果も十分ではないことが証明されています。それでも納得できない保護者に、私は『台所でカレーをつくるときに換気扇を回しても、室内でカレーの匂いがするでしょう』と話しています」
Q.「加熱式たばこ」は煙が出ません。「加熱式たばこ」にすると子どもの受動喫煙を防げるのでしょうか。
加治さん「『加熱式たばこ』も受動喫煙の原因になります。火はつけませんが、かなり高い温度で加熱するため(いわば「蒸し焼き」状態)、薄い煙が出ますし、かなりきつい臭いもします。当然、さまざまな化学物質も出ています」
Q.職場など外出先で煙に触れて、衣服にたばこの臭いがつくことがあります。そのまま自宅に戻ると、子どもに受動喫煙させてしまいますか。
加治さん「衣服にたばこの臭いがついた人に近づくと、『たばこ臭い』と感じます。それは『たばこの臭い成分』を吸い込むからです。この臭いには、発がん物質などさまざまな有害物質が含まれていることが最近になって明らかになりました。そのため、帰宅する前に(子どもに会う前に)たばこ臭い服を着替えることや、髪の毛がたばこ臭い場合は、シャンプーすることなどが必要です」
「虐待」の一種と考えて
Q.結局、自宅で子どもへの受動喫煙を防ぐためには、禁煙するしか方法はないのですか。
加治さん「子どもの受動喫煙を防ぐためには、禁煙するしか方法はありません。現在では、ニコチンガムやニコチンパッチ、あるいは内服薬などの『禁煙補助薬』を使って比較的楽に禁煙できる方法があります。また、医療機関では保険診療で禁煙治療を受けることもできるので、お子さんのため、ご自分のため、ぜひ禁煙に挑戦していただきたいと思います」
Q.子どもの受動喫煙を防ぐ手段として、条例による強制もあり得ますが、「家庭まで監視するのか」という声もあり、東京都や大阪府の条例に罰則規定はありません。こうした条例が、子どもの受動喫煙を防ぐことにつながると思いますか。
加治さん「受動喫煙は、子どもの身体や脳を傷つけることから、最近では『子どもの受動喫煙は虐待の一種だ』という考え方が強くなってきています。子どもたちを虐待から守るためには、法律や条例が家庭内に踏み込むこともやむを得ないのではないでしょうか。
もちろん、喫煙している親御さんは、子どもを虐待してやろうなどとは思っておられないでしょう。しかし、実態は、受動喫煙させられている子どもたちは身体や脳を傷つけられ、場合によっては命さえ奪われており、虐待と言っても過言ではありません。
ただ、いきなり罰則を設けて規制することは現実的ではないと思われるので、まず子どもの受動喫煙の恐ろしさについて親御さんに知っていただき、親御さんに受動喫煙防止の意識を持っていただくために、条例の制定は大きな意義があると思います」
Q.国でも、受動喫煙の対策は行われそうですか。
加治さん「国でも、2020年4月に健康増進法改正があり、飲食店も含めて多数の人が利用する施設は禁煙化が進むと思われます。しかし、法律や条例で決められているからというだけでなく、『子どもたちが育つ環境から、たばこの煙をなくそう』という意識を大人全員が持ってほしいと思います。子どもを大切にしない国に未来はありません」
オトナンサー編集部

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