邦ロック界で一二を争う映画論客とも言われるBase Ball Bearの小出祐介が部長となり、ミュージシャン仲間と映画を観てひたすら語り合うプライベート課外活動連載。

【画像】観賞後、パンフレットを読み込む小出祐介と世武裕子

先日発表されたアカデミー賞で賞レース軸になった『女王陛下のお気に入り』を観賞、そして激賞。いつもは映画の好みが異なるアーティストふたりが、思い余って感想が止まらなくなってる様をご堪能ください。

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みんなの映画部 活動第50回[前編]
『女王陛下のお気に入り』
参加部員:小出祐介(Base Ball Bear)、世武裕子

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■エマ・ストーンのガチビンタも見物!

小出 ヨルゴス・ランティモス監督の作品は、どれも構成だけを見ると、コンセプトがしっかりしているかわりに、作劇としては複雑なことはあまりしてないと思うんですよ。今回も骨組みはシンプルな三角関係の話だし。

誰がアン女王(オリヴィア・コールマン)の寵愛を受けるかっていうことをめぐって、官長レディ・サラ(レイチェル・ワイズ)と侍女アビゲイル(エマ・ストーン)が小競り合いする。このふたりのポジション争いですよね。

話の流れも、馬車で新しい召使いの女性がやってきて、古株の女中をこき下ろす。今度はこき下ろされた女中が馬車で去っていくっていう、それだけっちゃそれだけじゃないですか。でも、なんせキャラクター造形が濃い。そして演出が濃い。その強度だけで持っていってる映画とも言える。

世武 ほんとそう。だってレイチェル・ワイズがこんなに良かったことある? っていう。

小出 ね。

世武 正直、私にとっては「すっごいきれいだけど、全然残んない人」だったの。今までは。でも今回「こんな良い女優だったの?」ってちょっとびっくりして。

小出 『ロブスター』にもレイチェル・ワイズは出てるんですけど、今回のほうが圧倒的に良かったね。

世武 そう。あとエマ・ストーンはやっぱり鉄板。『ラ・ラ・ランド』(2016年/監督:デイミアン・チャゼル)でエマ・ストーンがかわいいと思った人も大丈夫だと思う。

小出 エマ・ストーン、今回もめちゃかわいい。エマ・ストーンのガチビンタも見られるし。

世武 あのビンタもすごかった。この監督、ビンタも好きだよね。

小出 ビンタもよく出てくる。ビンタも作家性。

世武 総じて変態だってことだ(笑)。

小出 もうこの監督の作品は特徴的なキャラクターしか出てこないから。『籠の中の乙女』からして、誰もまともじゃないし(笑)。そもそも、いつも閉ざされたドメスティックな環境を設定している。『籠の中の乙女』『聖なる鹿殺し』は家庭の話、『ロブスター』もでかい箱庭じゃないですか。今回も城の中からほぼ出ないし。

──おっしゃるとおり、まさにオリジナルの「箱庭」を設計しちゃうタイプの典型と言える監督さんですね。そのなかでは『女王陛下のお気に入り』って、我々の現実原則で飲み込みやすい内容になっている。

世武 ほんとによくある女たちの争い。口開けば人のうわさ話ばっかり。『源氏物語』とかもそうだけど、一見絢爛豪華な貴族の世界で、中身は全員欲望まみれの汚い人間模様(笑)。

小出 王道ですもんね、『大奥』であったりとか、劇としてはどっかで聞いたことあるシチュエーション。なのに、あれだけキャラが濃いと独自の味になる。

世武 キャスティングもすごい良いよね。出てる役者さんがみんな、そこにいるだけでかなりのことを説明できる人ばっかりだから。

小出 ああ、わかるわかる。伊丹十三監督も「キャスティングで8割決まる」って言ってました。『女王陛下』だって、ものすごく変な映画だよ。でも、こういう変な映画で王道をいけるっていう強みが大切。それはみんな大好きだわって思った、この監督。

世武 なんか久々にこういう人出てきた。今回は英国のお話ってこともあって、ピーター・グリーナウェイ(イギリスの鬼才映画監督。『コックと泥棒、その妻と愛人』『ベイビー・オブ・マコン』など耽美的かつ実験的なバロック美学とブラックな世界観で知られる)を思い出してたんだよね。「意味はわからんけど、この人ヤバい」っていう感じ。久々に美意識だけで信頼できる監督だなって。だから『ロブスター』も観直さないとダメだなって気になる。(笑)。

──音楽もミニマル系で、グリーナウェイ作品のマイケル・ナイマンをちょっと思わせるところがある。

世武 音楽に関しては徹底してますよね。毎回ワントーンで攻めてる。ほんと上手ですよ。監督の世界観もちゃんと守られてんのに、普通にバッハの曲とも共存できて。

小出 真ん中の、しばらくずっとワントーンしか流れてない時間あったじゃん。“♪コン、ジャー、コン、ジャー”って。それがもう結構ずっと続いてるから、すごいなあと思って。

世武 あれすごい。やっぱずっと続いてくるとその先をみんな待つから、その先を待った時に、また処理がうまくて。別にそこでサプライズもないし、ただうまいこと繋いでるっていうか。やっぱほんとに賢いんだと思う。総合力がすごいというか。ほんと感動したわ。カッコ良いよね。

小出 俺しばらく聴いちゃったもん。一瞬コピペなのかなって思って聴いてたけどさ、ちゃんとよれてるんだよね。

世武 うん、音楽的な意図として、絶対コピペはしないと思う。

■ミュージシャンの姿とも重なる、ランティモス監督のブレイク

小出 『籠の中の乙女』→『ロブスター』→『聖なる鹿殺し』→『女王陛下のお気に入り』ってさ、この監督は新作ごとにキャッチーになってきてる。だから、さかのぼって観ていくと面白いかもね。ベースは一貫しているんだけど、どんどん洗練されていってるのがよくわかる。

世武 そう思うとさ、ミュージシャンも同じじゃん。どういうプロデューサーと出会うかで道も変わるし、作風もどこか変わる、みたいな。

──コアでカルトな人が、メジャーに行ってどう変わるかとか。

世武 そう。根っこの個性を大切に生かしたまま、どうやって窓口広げてくかみたいな。そういう変遷の理想的な形をリアルタイムで見られるっていうのも、この監督の面白さかもしれない。しかもさ、本来いわゆる一般ウケするタイプからは程遠いじゃん。明らかに変態だし(笑)。それが映画監督になって、社会的にも大成功するなんてロマンあるよね。素敵だよ。

小出 まさに。しかしまあ、今回は世武さんが信じられないぐらい饒舌だね。

──ご機嫌だもん。

世武 あははは。

小出 こんなに世武さん、しゃべったことある? 今まで。

世武 マジで私、今までの映画部でいちばん燃えてるから。今日めちゃめちゃよく寝れるわ。映画部50回目のスペシャルイシュー、最高でした(笑)。

TEXT BY 森 直人(映画評論家/ライター)
(M-ON! MUSIC)

掲載:M-ON! Press