誰もが認める次世代のクラシック音楽界を牽引する逸材、ヴァイオリン辻彩奈。彼女のヴァイオリンから生まれるスケールの大きな音楽は、聴くものを虜にする。2016年にモントリオール国際コンクールを制覇し、昨年にはコンクール本選で弾いたシベリウスの協奏曲が、ワーナークラシックスよりCD発売となり、メジャーデビューを果たした。テレビをはじめとするメディアでの露出が増えた彼女。見た目は21歳の乙女だが、その言動は驚くほどしっかりしている。

「今年は大きな挑戦の年!」と語る辻彩奈に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。

(C)H.isojima

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ーー ヴァイオリンを弾くきっかけはお父様だそうですね。

はい。父が3歳からスズキ・メソードで弾いていた分数楽器が家にあって、それを私も3歳から弾き始めました。小さいころは地元のヴァイオリン教室にお稽古に通い、毎年の発表会が楽しみでした。その頃から人前で演奏するのは好きでしたね。上達も早く、周囲から「上手ねぇ」と持ち上げられていたのが、小学校5年生の時に受けた「全日本学生音楽コンクール」全国大会で入賞すら出来ず、初めての挫折を味わいました。絶対に来年優勝するぞ!と心に誓い、猛練習の成果が実り、翌年6年生の時に優勝する事が出来ました。

ーー 負けず嫌いですか?

 はい、出来ない事が許せないタイプです(笑)。プロを目指そうと思ったのは、そんな事が有って中学になった時ですね。

ーー 出場資格最年少の15歳で「日本音楽コンクール」の第2位になられたのですね。

高校1年で「日本音楽コンクール」2位になり、高2、高3で受けた海外のコンクールでは悉く入賞止まり。日本に帰って来ると「惜しかったね!」「残念だったね!」と皆さんに言われるのが悔しかったですね。コンクールの決勝では大好きなシベリウスコンチェルトをずっと弾いて来たのですが、実は優勝する人はコルンゴルトやウォルトン、ショスタコーヴィチなんかを弾く傾向が強く……。そういう曲の方が盛り上がり、勢いで行けるのかなと思い、モントリオールのコンクールの時に、今回優勝できなかったら、もうシベリウスを弾くのは止めようと思っていました。

(C)星ひかる

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 ーー そのモントリオール国際音楽コンクールの決勝で弾かれたシベリウスコンチェルトが、ワーナークラシックスより発売となり、メジャーデビューを果たされました。

オーケストラと合わせるのは大好きです。このシベリウスコンチェルトも凄く楽しく弾けましたが、やはりコンクールは大変です。音楽で勝敗を競うのは辛いです。みんなが優勝を目指して努力して臨んでいるだけに、並大抵の気持ちでは受けられないと思います。コンクールで弾く曲に特化し、集中して練習するだけに上達はしますが、レパートリーは広がりません。しかし現実はコンクールの結果が重要だったりもします。優勝することだけがゴールではないので、その後の活動をどのようにしていくのかが音楽家人生の中で大切なこととして考えています。

ーー 辻さんがモントリオールのコンクールを制覇されたのが2016年。優勝から3年近く経過して、現在のこの活躍ぶり。その後の努力の賜物と言えるのでしょうね。

優勝をきっかけに、色々なオーケストラと共演するチャンスが増えましたし、リサイタルも色々とやらせて頂いています。今は、レパートリーを広げる時だと思っています。ショスタコーヴィチの1番のコンチェルトは昨年、名古屋フィルとやりましたし、プロコフィエフは今年、1番を東京シティフィルと、2番を大阪フィルと弾かせていただきます。また昨年、ポリーニ・プロジェクトで、サルヴァトーレ・シャリーノの曲を演奏しましたが、とても面白かったです。現代音楽は機会があればもっとやってみたいですね。

(C)星ひかる

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ーー しかし、実際にはメンデルスゾーンチャイコフスキーコンチェルトのオファーが圧倒的に多いのではないですか?今回、スイス・ロマンド管弦楽団の日本ツアーのソリストで回られますが、やはりプログラムはメンデルスゾーンですね。

コンクールシベリウスで優勝したことも有り、シベリウスのオファーも多いのですが、やはりメンデルスゾーンを一番弾いています。メンデルスゾーンの人気が高いのには理由があるのではないでしょうか。何と言っても美しい曲です。同じく人気のチャイコフスキーシベリウスは、重く暗い雰囲気が哀愁を帯びて素敵ですが、メンデルスゾーンは情熱的で全体的に明るい曲です。第2楽章は美しいし、温かく幸せなイメージです。

仰っていただいたように、スイス・ロマンド管弦楽団の創立100周年を記念したアジアツアーの日本におけるソリストに選ばれたことは大変光栄なことです。指揮のジョナサン・ノットさんとはご一緒したことはありませんが、オーディションでメンデルスゾーンを聴いて頂き、今回のソリストに決めていただきました。3月28日オーケストラの本拠地であるスイスのジュネーブで演奏会をやって、彼らはアジアツアーに出ることになります。初めてのマエストロに初めてのオーケストラスイスに行くのも初めてなら、ツアーで全国を回るのも初めてです。私にとっても特別な演奏会となります。ぜひ、皆さまに聴いて頂きたいです。

ーー 辻さんがお客さんとして、コンサートを聴く事ってあるのですか?

最近聴きに行くようになりました。海外のオーケストラって出て来るサウンドが違いますよね。あれは生で聴かないとわからない。ただ、人の演奏を聴くのって難しいです。自分だったこう弾くのに!といった自分を中心にした聴き方はしないように心掛けています。この人はこういう捉え方をしているんだ、とだけを思うように……。自分をしっかり持ちながら、自分と比較をせずに、真似はしないけど参考にする。難しいですよね(笑)。でも聴きに行くと、「いいなぁ、私もあそこで弾きたいなぁ。あそこで弾けるように頑張ろう!」とずっと思っています(笑)。

(C)星ひかる

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ーー これからのご予定はどうなっていますか? 

9月からパリに留学します。エコールノルマル音楽院にて尊敬するレジス・パスキエ氏に師事することになっています。彼は多彩な引き出しを持ったヴァイリニストなので、そのアイデアから多くのことを学びたいと思っています。クラシック音楽の本場であるヨーロッパの中で暮らすことで、楽曲への意識や文化、歴史を肌で感じることができるといいですね。もしかするとパリに住み着くかもしれないし、他の土地へ拠点を移すかもしれません。色々な可能性があることを楽しみたいと思っています。

ーー そう言えば、今年は1月にバッハの無伴奏ソナタとパルティータの全曲演奏会をされましたね。

はい、バッハの全曲を暗譜で演奏しました。21歳の私にとって大変な決断でした。バッハは特別な作曲家。毎日バッハの無伴奏は何か弾きますが、全曲をまとめてお客様の前で弾く事は大きな挑戦だったのです。次は何年後になるでしょうか。いま具体的なプランはありませんが、いつか再び挑戦したいと思います。今回バッハ全曲をやってみたことは、とても大きな財産になったと感じています。今年はバッハから始まり、スイス・ロマンド管弦楽団のツアー、そしてフランス留学と、これまでの人生の中でも例を見ない挑戦の年ですね。

(C)H.isojima

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ーー この挑戦の先に、一回り大きくなった演奏家としての辻さんに期待したいと思います。最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。

いつも温かなご声援を頂きましてありがとうございます。ぜひ演奏会にいらして、私の音楽をお聴き頂きたいです。自分の表現を残しつつ、聴く人に「いい曲だな」と思っていただける演奏を目指しています。4月のスイス・ロマンド管弦楽団とのツアーでは、皆さまよくご存じのメンデルスゾーンコンチェルトを東京・名古屋・大阪にて演奏します。ぜひ会場にお越しください!

(C)星ひかる

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取材・文=磯島浩彰