発売中のアニメディア2018年2月号で掲載しているコラム「アニメ妖怪よもやま話」。アニメ・マンガ作品における定番ジャンルでもある「妖怪」のことを、ちょっとだけアカデミックに解説するコーナーとなっている。今回はその全文を掲載します。語り部は奈良県在住の妖怪文化研究家・木下昌美先生です。

 

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<『封神演義(ほうしんえんぎ)』とは>

 かつて少年少女の心をわしづかみにして大ブレイクした、藤崎竜さんのマンガ『封神演義』が、『覇窮(はきゅう) 封神演義』として、再びアニメ化されることになりました。同作品をきっかけに、中国文学や歴史に興味を持った人も少なくないのではないでしょうか。私も子どものころに学校で大流行し、クラスメイトと回し読みをしていたことを思い出します。
 作品の原典は中国明代(1368~1644年)に成立した同名の小説です。マンガ・アニメでは、安能務さん翻訳の『封神演義』に基づきながらも、コメディー要素を多く取り入れるなど、オリジナリティーあふれる作品に仕上がっています。

 作品の舞台となっているのは、殷(いん)王朝(紀元前17世紀ごろ~紀元前1046年)時代。第30代皇帝・紂王(ちゅうおう)の皇后・妲己(だっき)の悪行により国が乱れます。その状況を危惧した仙人界で妲己たちを封印する「封神計画」が持ち上がり、主人公・太公望(たいこうぼう)を中心に計画が遂行されるというお話です。

封神演義』の大きな特徴は、歴史物語に加えて、仙人や道士、妖怪が世界を分かちつつ戦いを繰り広げるさまを描いている点です。また、思想や宗教面において仏教色を強く押し出した作品が多いなか、『封神演義』では道教的思想を色濃く描いているところも興味深いです。『封神演義』を通じて、現代社会にも、そうした道教的思想が生きていることを感じられるのではないでしょうか。

<妲己について>

 そして『封神演義』の(自称)ヒロインといえば、妲己。紂王をたぶらかしてやりたい放題の悪政を敷いた、太公望の最大の敵でもあります。絶世の美女と謳われた容姿と、神秘の道具・宝貝(パオペエ)のなかでも、とくに強力な「傾世元禳(けいせいげんじょう)」の力を用いた誘惑の術(テンプテーション)を使い、紂王だけでなく周囲の人々も虜にします。そんな妲己の正体は、1000年以上生きたキツネの仙女――という設定です。

 妲己とキツネを結びつけるようになったのは、元代(1271~1368年)の歴史講談小説群・全相平和(ぜんそうへいわ)の『武王伐紂書(ぶおうばっちゅうしょ)』からであると言われています。『武王伐紂書』は、周の武王が紂王を討伐して中国を統一する物語です。この中に妲己が登場するのですが、九尾金毛狐(きゅうびこんもうぎつね)、いわゆる九尾の狐が妲己の体を奪って、彼女に成り代わるという記述があります。そうした流れを汲み、原典の『封神演義』でも妲己は九尾の狐であるとしています。

 一方、日本では妲己が玉藻前(たまものまえ)と結びついて語られることもあり、広く知られるようになりました。玉藻前鳥羽上皇に仕えたとされる伝説上の女官です。正体を見破られ、殺生石(せっしょうせき)になったという話は有名です。

 さて『封神演義』のみならず、化けたり人をだましたりといったキツネの話は、古くから伝わっています。散逸してしまった書物ですが、中国西晋(せいしん)代(265~316年)の博物誌『玄中記(げんちゅうき)』には「キツネは五十歳にして変化し、百歳にして美女となり、神巫(いちこ)となる。千歳にして天と通じ、天狐(てんこ)となる」とあったようです。このころからキツネといえば化けるものだったことが窺えます。

 マンガやアニメの『封神演義』に登場する妲己は原典よりも地位が高いように見受けられますが、基本的には原典に沿いながら、妲己像を今に伝えていると言えるでしょう。新しいアニメでも、妲己が今後どのように描かれ、広がりを見せていくのか楽しみに見守りたいと思います。

解説:木下昌美
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<プロフィール>
妖怪文化研究家。福岡県出身、奈良県在住。子どものころ『まんが日本昔ばなし』に熱中して、水木しげるのマンガ『のんのんばあとオレ』を愛読するなど、怪しく不思議な話に興味を持つ。現在、奈良県内のお化け譚を蒐集、記録を進めている。大和政経通信社より『奈良妖怪新聞』発行中。

●挿絵/幸餅きなこ