2019年3月5日、朝の7時前に携帯メッセージが届いた。ソウル市からだった。
「PM2.5警報発令。子供、高齢者は室外活動禁止。マスク着用を」という内容だった。
韓国では連日、最悪の大気汚染が続いているが、これといった対策もなく、国民のいらいらも募るばかりだ。
3月4日の月曜日は韓国の多くの幼稚園や小学校で入園式、入学式があった。わが子の晴れ姿を見に行った筆者の知人たちは口を揃えてこう嘆いた。
「せっかくの日だったのに、こんな空気の中で写真撮影になってしまって・・・」
PM2.5の数値は日本の10倍、150
ソウルでは、3月5日で5日連続でPM2.5が「大変悪い」水準になった。
5日午後1時現在のソウルのPM2.5は150マイクログラム/立方メートル(以下、/立方メートルは省略)だ。
日本では基準値の35マイクログラムの2倍、つまり70マイクログラムを超えると外出を自制すべきだとなっているようだが、ソウルはそのさらに2倍の水準なのだ。
3月5日午後1時の東京の値は、15~20程度で、ソウルはその10倍近くの値に跳ね上がっている。
外に出ると、朝から街全体が霧がかかったようにどんよりとしている。朝早い時間帯だと、一歩外に出ると空気が臭く感じる。
やたらマスクをしている姿が目につく。帰宅すると、目が充血し、のどや鼻に何か詰まっているような不快さを感じる。
いつからソウルはこんなになってしまったのか。
2000年代前半は、中国などからの「黄砂」が問題だった。ここ10年ほど、黄砂に加えて様々な原因による大気汚染が深刻化している。
「微細ほこり対策」に国民請願も急増
韓国語ではミセモンチという。「微細ほこり」という意味だ。
PM2.5は「超ミセモンチ」というが、当初はモンチ、つまり「ほこり」程度の認識だった。ところが、どんどん大気が悪くなってしまった。
文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)政権は、「開かれた政府」の一環として、青瓦台(大統領府)のインターネットサイトに「国民からの請願」コーナーを設置している。
20万人を超える同調者がいれば、青瓦台の担当者が対応策を示すことになっている。
5日午後に、このコーナーを見たが、大気汚染について多くの書き込みがあった。
「対策を早く打ってほしい」から「大気汚染が深刻な日は公休日にしてほしい」「ガソリン税を引き下げてディーゼル車を減らすよう誘導すべきだ」など、様々な意見が書き込まれていた。
それにしても深刻な大気汚染。その原因は何なのか?
原因は中国にあるのか?
韓国では一般的に、「PM2.5の原因は中国にある」という理解だった。中国発の汚染物質が風に乗って韓国を直撃する。だから、打つ手なし、という認識だった。
韓国の環境部も、「原因の大半は中国」という認識だ。
PM2.5の数値が平均である場合は「中国などの外部影響は30~50%」、高濃度時は「60~80%」という見方だ。
2019年1月にソウルなどの数値が100を超えた際にも「75%は中国など外部要因」との見方を示していた。
だが、厳密に、中国の影響がどの程度なのかはよく分からない。
中国の生態環境部は2018年12月に、韓国側が「中国のせいだ」と主張するのにこう反論した。
「最近のソウルのPM2.5は主にソウルから出ている。中国の大気の質はここ数年大幅に改善しているが、ソウルは悪化しているではないか」
こうした中国の予想外の反論は、韓国の世論の反発を買っている。
ここ数年、韓国内の対中感情はかなり悪化しているが、大気汚染が深刻化していることで、追い討ちをかけている。
また、「中国政府にもっと強く働きかけるべきだ」という意見も強まっている。
韓国政府も、「国内要因」を否定しているわけではない。
大きく分けると、ディーゼル車と火力発電所が「犯人」とされている。いずれも、旧式の環境対応が不十分な車や発電所だ。
地下鉄無料、人工降雨…対策を打つも、効果は見えず
韓国政府は、ディーゼル車の買い替えを促すとともに、老朽化した火力発電所の廃棄などに乗り出している。
さらに、国や自治体単位でも対策に乗り出してはいる。
2019年2月15日付で「微細ほこり特別法」が施行された。
17時現在で、その日の0時~16時の平均PM2.5が50マイクログラムを超え、翌日の平均予想が50マイクログラムを超える場合などに「非常低減措置」を発動する。
一般国民の携帯電話に「措置発動」のメッセージを送り、一部車両の運行禁止や公共駐車場の閉鎖、工場での汚染物質排出低減、建設工事現場の操業短縮、公用車は偶数奇数番号に応じて運行禁止などを実施する。
2月28日からずっとこういう文字メッセージが来ている。
ところが、法施行から1か月経っても大きな効果を上げているとはいえない。
2018年1月には、ソウル市が、「地下鉄無料乗車」を実施した。大気汚染が深刻な日に料金をゼロにして、その分をソウル市が支払った。
が、さしたる効果がなく、税金の無駄遣いだという批判を浴びてすぐに撤回したことがある。
また政府は、1月末に、軽飛行機を飛ばして「人工降雨」の実験を行った。雨で汚染物質を流そうという狙いだったが、肝心の雨が降らず、最初の実験はうまくいかなかった。
韓国紙デスクはこう話す。
「民間車両を含めた運行規制や、火力発電所、工場の停止など思い切った措置を打たないと効果は期待できない」
「だが、その場合、経済活動や一般国民の生活への影響も大きい。中国発の影響が大きくて、国民に痛みを強いてどの程度の効果を期待できるかも未知数で、政府も大胆な対策に踏み切れない」
文在寅大統領は、選挙公約に「30%削減」を掲げていたが、それどころか「打つ手なし」の状態なのだ。
風が弱く、雨が降らない
野党は、「政府の反原発政策が状況を悪化させている。火力発電所を新設するなど、対策に逆行している」と政府を批判する。
しかし、「老朽化した火力発電所を汚染対策をした発電所に切り替えている。原発依存度を下げていることが、大気汚染に関係しているのか因果関係は分からない」という声も少なくない。
2019年に入って、状況が悪化しているのは、例年に比べて「風が弱く、雨や雪が少ない」という気候条件の変化によるとの指摘が多い。
そうなると、ますます打つ手なしだ。
ソウルでは、マスクや空気清浄機、高水圧洗浄機などがバカ売れしているという。
筆者もエレベーターの中で、社員同士が「家に空気清浄機を買った」と話してるのを何度も聞いた。
テーマ株も登場
3万ウォン(1円=10ウォン)くらいの小型から100万ウォンを超える大型家庭用商品まで、大型スーパーに行くとたくさん並んでいる。
「PM2.5関連株はこれだ」
ソウルで、今回、大気汚染が深刻になったのは2月末から。ちょうど米朝首脳会談が開催されていた頃だ。
2月末まで、韓国の証券市場では、「経済協力株」が話題になっていた。北朝鮮との経済協力が進めば、鉄道、インフラなど幅広い領域の企業活動が活発になるとの読みだった。
米朝首脳会談が合意できず、「経済協力株」への関心は低下した。ある経済紙は「この隙間をPM2.5関連株が埋めている」と報じた。
マスク、空気清浄機などの企業の株価は確かに上昇している。
ただ、PM2.5の数値が跳ね上がり、「外出自粛」の雰囲気も広がり始めた。レジャーシーズンどころか、ショッピングや外食などへの悪影響を懸念する声も出始めている。
今、ソウルでは「いつ風が吹くのか?」が最大の関心事だ。
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