米国のドナルド・トランプ大統領が成果を急ぐあまり、北朝鮮に過度の譲歩をするのではないかと懸念される中で開催された第2回目の米朝首脳会談は、非核化の進め方を巡る両者の隔たりが浮き彫りになり、合意に至らず事実上決裂した。

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 筆者は、今回の首脳会談において米国が安易な妥協せず、決裂したことは日本にとってとても良かったと思っている。

 日本にとっての米朝交渉のおける最悪の結果は 米国に届く長距離弾道ミサイルだけが除去され、我が国に届く核兵器核弾頭と中距離弾道ミサイル)が朝鮮半島に存続することである。

 筆者は、第1回目の米朝首脳会談(2018年6月)後の米朝交渉を巡る動向や金正恩の狙い、トランプ政権の政策などから会談自体が中止されるのではないかと見ていた。

 付言すれば、今回の会談決裂の原因は、非核化を口にしながら核開発を進める北朝鮮に対する米側の不信感であったと見ている。

 しかし、多くのマスコミは、この「決裂」を驚きであると報道した。

 マスコミの誤りは、一言でいえば「木を見て森を見ず」の愚を犯したことである。

 つまり、北朝鮮の一部の核・ミサイル施設の破棄などの提示に対して、米国がその見返りとして経済制裁をどの程度緩和するかという枝葉末節な事象に注目した。

 その一方で、金正恩委員長が対話姿勢に転換した狙いや、「アメリカをもう一度偉大な国に」というトランプ大統領の基本政策、米国の新時代の新たな国家戦略など、本交渉の行方を左右する重要な事象に関心を向けていなかったことである。

 本交渉の本質は、北朝鮮の非核化の意思、すなわち現在保有しているすべての核兵器を破棄する意思があるかないかである。

 米側は、北朝鮮に非核化の意思がないまま交渉を進めても、最終的には過去の交渉のように合意が反故にされるだけであるという教訓を学んでいる。

 そのため、米国は非核化に対する強い姿勢を堅持している。

 すなわち「最終的で完全に検証された非核化」では譲らないし、経済制裁については、非核化を行うまで「制裁は取り下げない」という強硬な姿勢に徹している。

 従って、北朝鮮が現在保有している核兵器の破棄を約束しない限り、本交渉は決裂の運命にあったのである。

 以下、初めに非核化を巡る問題点などを述べ、次に、第1回の米朝首脳会談後の米朝交渉を巡る動向について述べ、最後に、本交渉の行方を左右する重要な事象・要素について述べる。

1.非核化を巡る問題点など

 非核化については、「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID:Complete、Verifiable、Irreversible、Dismantlement/ Denuclearization)」(以下、CVIDという)と言われるが、この文言の出所は、2016年10月14日に採択された安保理決議1718である。

 2006年10月9日北朝鮮の実施した初めての核実験に対して、安保理において核実験を非難し、北朝鮮に対しさらなる核実験および弾道ミサイル発射を行わないことを要請する決議が全会一致で採択された。

 同決議第7項において、「(安保理は)北朝鮮が、その他の既存の大量破壊兵器および弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄することを決定する」と明記されている。

 ところで、現行の米朝交渉における米国の目標は、北朝鮮のCVIDである。

 これは、北朝鮮の核・ミサイル問題 を巡る交渉が「合意」と「反故」の繰り返しであったことから、検証可能かつ不可逆的な破棄が極めて重要なものとなったものである。

 一方、北朝鮮の目標は、経済制裁の解除と体制の保証である。

 体制の保証とは「朝鮮戦争の終結宣言、現在の停戦協定の和平協定への変更および米朝間の国交の正常化」を意味する。

 米朝両国は、それぞれの目標を達成する手段として、米国は軍事的圧力と経済制裁(国連安保理によるものと米国独自のもの)、北朝鮮核実験弾道ミサイル発射などの軍事的挑発を用いている。

 現在の米朝の非核化交渉は、非核化の具体的措置が先か、経済制裁の緩和が先かを巡って対立している。

 米国は、完全な非核化には北朝鮮が保有するすべての核兵器や核物質、関連施設などの一覧表(核リスト)の申告が必要であると主張し、米国は北朝鮮が非核化を実現するまでは経済制裁を継続するとしている。

 一方、北朝鮮は、非核化は「段階的かつ同時行動の原則」に則り行わなければならないと主張している。

 そして、米国が非核化の段階に見合った制裁解除をしなければ核兵器の増強策を復活させる可能性があると警告している。

 おそらく、米国は非核化プロセスの最初に核リストを提出させなければ、北朝鮮核兵器などをすべて廃棄しないであろうと考えており、他方、北朝鮮は最初に核リストを申告すれば、交渉が決裂した場合に米国の先制攻撃の標的になると考えているのであろう。

 筆者は、北朝鮮の非核化の実現には時間がかかることを考慮すれば、ある程度の段階的な非核化はやむを得ないと考えている。

 しかし、まず初めに北朝鮮が現在保有するすべての核兵器を破棄することを宣言することが交渉の前提条件となるべきであると考えている。

2.第1回米朝首脳会談後の米朝交渉を巡る動向

 第1回の米朝首脳会談後の米朝交渉を巡る動向について、以下、報道を取りまとめ、時系列に沿って述べる。

 2018年7月30日 米紙ワシントンポストは、北朝鮮が新たな弾道ミサイルを開発しているもようだと、米政府高官が明らかにしたと報じた。

 2018年9月18~19日、南北首脳会議(平壌)後、文大統領は、金委員長が、米国が相互措置をとった場合に限り、北朝鮮核実験の材料が生産されていたとされる寧辺核施設を永久的に廃棄する用意があると表明し、さらに、東倉里のミサイルエンジン実験施設と発射設備を、「関係各国の専門家の立会いの下」で永久的に廃棄することを約束した、と述べた。

 2018年9月19日マイク・ポンペオ米国務長官は、「2021年までの」北朝鮮の非核化を目標に、北朝鮮政府との交渉を再開する用意があると述べた。

 2018年10月8日北朝鮮を訪問し金正恩委員長と会談したポンペオ米国務長官は、同行記者団の質問に答え、金正恩氏が北東部の豊渓里地下核実験場に加え、北西部の東倉里の西海衛星発射場についても、国際査察官による査察を認める考えを示したと明らかにした。

 2018年12月10日、米財務省北朝鮮の人権侵害や言論封殺に関与したとして、金正恩委員長の有力側近である崔竜海副委員長など3人を米国内資産凍結などの制裁対象に指定した。

 2018年12月20日北朝鮮の朝鮮中央通信は、米国が「核の脅威」を排除しない限り、北朝鮮核兵器の廃棄には応じないとする論評を伝えた。

 さらに、「朝鮮半島の非核化の適切な定義とは、我々の核能力を除去する前に、北朝鮮に対する米国の核の脅威を完全に除去することだ」と伝えた。

 2019年1月1日、金委員長は、「新年の辞」で米国に制裁解除などに踏み切るよう要求した。

 さらに、非核化を巡っては「朝鮮半島の完全な非核化」が党と政府の不変の立場であり、自身の確固たる意思だと重ねて強調。

 「これ以上、核兵器を作らず実験もしないと内外に宣言し、いくつかの実践措置を取ってきた」などと主張したが、今後の具体的な措置には触れなかった。特に留意すべき点は、現在保有している核兵器の破棄には一切言及しなかったことである。

 2019年1月29日、コーツ国家情報長官は、議会上院の公聴会で「北朝鮮は、核兵器やその生産能力を完全に放棄しそうにない。北朝鮮の指導者たちは、体制存続のために核兵器が重要だとみなしているからだ」と述べたほか、「北朝鮮で非核化とは矛盾する活動が観測された」と指摘。

 2019年1月31日 米国務省のビーガン北朝鮮担当特別代表は、スタンフォード大学での講演で、トランプ政権は北朝鮮非核化の見返りとしての「相応の措置」について議論するつもりだと明かした。

 2019年2月11日 米国の核専門家シグフリード・ヘッカー・米スタンフォード大名誉教授らは報告書を公表し、北朝鮮2018年プルトニウムや濃縮ウランの製造を続け、2017年に推計約30発を保有していた核弾頭が、2018年に35~37発に増えた可能性があると指摘した。

 2019年2月12日、米インド太平洋軍のフィリップデービッドソン司令官は、議会上院の公聴会で「北朝鮮が全ての核兵器とその製造能力を放棄するとは思えない」、「米国と国際社会からの譲歩を見返りに、部分的な非核化交渉を模索すると思う」などと述べた。

3.本交渉の行方を左右する重要な事象・要素

 本交渉の行方を左右する重要な事象・要素について、以下、筆者の見解を述べる。

(1)金正恩の狙い:

 米国の情報コミュニュテイは、「北朝鮮の指導者は、体制存続のために核兵器が重要だとみなしており、核兵器やその生産能力を完全に放棄しそうにない」と分析している。

 この見解は筆者と全く同じである。筆者は、金正恩委員長は「韓国との関係改善と米国との関係正常化を図り、その先に核を保有した北朝鮮主導の祖国統一を目指している」と見ている。

(詳細は拙稿「米韓両大統領を手玉に取る金正恩の腹の内」(JBpress 2018.3.29)を参照されたい=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52672

 また、金正恩委員長が今年の「新年の辞」で、現在保有している核兵器の破棄には一切言及しなかったことからも北朝鮮がすべての核兵器を放棄するつもりがないことは明らかである。

(2)トランプ政権の基本政策:

 2017年1月20日に発足したトランプ米新政権は、同日に発表した政権の基本政策において、外交・安全保障分野では「米国第一主義」(America First)の考え方の下、イスラム過激派テロ組織の打破を政権の最優先課題にするとした。

 そのうえで、圧倒的な軍事力を誇示することによって紛争を抑止するなど、「力による平和」(Peace through Strength)の構築を目指すとの方針を示した。

 また、「アメリカをもう一度偉大な国に」(Make America Great Again)というトランプ大統領の選挙スローガンは、政権運営において経済、外交、軍事のすべてにおいて強気な姿勢を取らせている。

(3)米国の新時代の新たな国家戦略:

 トランプ政権発足後、トランプ政権の基本政策を色濃く反映した「国家安全保障戦略」(2017年12月)、「国防戦略」(2018年1月)および「核態勢見直し」(2018年2月)が次々と発表された。

 2018年10月ハドソン研究所におけるマイク・ペンス副大統領の対中国政策に関する講演もその一環と見ることができる。

 これらの戦略を通して言えることは、大国間の競争が復活したとの世界観のもとに、米国は「強さ」を取り戻さねばならず、その「強さ」を通じて平和を確保するとの考え方に立っていることである。

 「国家安全保障戦略」では、中国やロシアを米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力(リビジョニスト)であると断じ、米国の死活的な国益を守るため、「力による平和」を維持するとしている。

 「国防戦略」では、米国の軍事的競争における優位性が劣化していることを認めるとともに修正主義勢力との戦略的競争が米国の国家安全保障の主要な懸念であるとしている。

 そして、長期的な戦略的競争における戦略的アプローチの一つとして核戦力などの中核となる能力を近代化するなどを挙げている。

 「核態勢見直し」では、他国は保有兵器に新型の核能力を追加し、核戦力の重要性を増大させ、宇宙空間およびサイバー空間を含めて、これまでにも増して攻撃的行動を行うようになっているとして、米国の核政策および戦略の最優先課題は、潜在的な敵対国によるあらゆる規模の核攻撃を抑止することであるとしている。

 そして非戦略的な核抑止力を強化するために、米国は近いうちに、いわゆる爆発力を抑えた小型核兵器を開発するとしている。

 ペンス副大統領は、「中国が世界中で宣伝活動だけでなく政治・経済・軍事的な手段を総動員して影響力を拡大しようとしている」と主張し、貿易戦争や知的財産権の保護のほか、南シナ海などの領有権問題で一斉妥協しない姿勢を明確にした。

 この講演は、マスコミから「対中対決宣言」や「新冷戦宣言」などと評され大きな注目を浴びた。

 以上の米国の新時代の新たな国家戦略等を見ると、米国が北朝鮮に対して交渉の駆け引きとして一部譲歩することはあっても、妥協をすることは全く考えられない。今後の交渉においても米国は一切妥協しないという強い姿勢で臨むであろう。

(4)朝鮮民族の特質

 ここで、朝鮮民族の特質についても付言しておきたい。

 日韓間の従軍慰安婦問題について、2015年12月28日の日韓外相会談で「最終的かつ不可逆的」に解決した。

 解決したわけであったが、国家間の取り決めがいとも簡単に反故にされた。また、北朝鮮も核問題を巡りこれまで国際的な約束を何度も反故にしてきた事実がある。

 これらのことから、朝鮮民族の民族性の一つとして簡単に約束を破ることに抵抗がないのではないかと思わざるを得ない。

 もしそうであるならば、米国は今後の米朝間交渉にあたり北朝鮮に対し「不可逆的」の理解の仕方について確認を取っておかなければならない。さもないと、トランプ政権も過去の政権と同じ轍を踏むことになるであろう。

おわりに

 トランプ政権内部において、トランプ氏をはじめ、ポンペオ氏、ボルトン氏など船頭が多く混乱が生じているという観測があった。

 しかし、今回のトランプ大統領の決断を見ているとトランプ政権は正常に機能しているように見られた。

 特に、北朝鮮の体制転換や北朝鮮の非核化に「リビヤ方式(まず核を放棄させてから見返りを与える)」を主張する強硬派として知られ、北朝鮮から忌み嫌われているボルト大統領補佐官(国家安全保障担当)を拡大会議に参加させたことは幸いであった。

 筆者は、拡大会議にボルトン氏が参加しているテレビ映像を見て、なぜかしら安心した。

 今回の交渉はトランプ大統領の適切な決断で、北朝鮮の手に乗らずに済んだ。北朝鮮のCVIDは安保理決議による国際社会全体の要請である。

 トランプ大統領は決裂後の記者会見で「国連との連携、ロシア、中国、その他の国々との関係もある。韓国も日本も非常に重要だ。我々が築いた信頼を壊したくない」と述べたが、まさに当を得たコメントである。

 さて、拙稿「米韓両大統領を手玉に取る金正恩の腹の内」(JBpress 2018.3.29)でも述べたが、日本にとって最悪なシナリオは核を保有した統一朝鮮の出現である。

 核を保有した統一朝鮮は、日本にとって大きな軍事的脅威であるとともに、国内外に日本の核武装を巡る議論が巻き起こり、国論が二分される可能性が極めて大きい。

 現時点においては、日本政府には朝鮮半島からすべての核兵器核弾頭弾道ミサイル)の破棄をトランプ政権に頼るしかすべがない。

 それゆえ、日本は米国と協力し、時には米国を粘り強く説得し朝鮮半島のCVIDを求めていく外交を成功させなければならない。

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