「またいつもの“祭り”です」と彼はうんざりした声で言いました。「どこか一誌が始めると、横並びでみんな同じテーマをやる。週刊誌が一巡したら今度はテレビに飛び火するかもしれません」。

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 そうぼやくのは、とある外食企業で食材の安全性を研究する専門家です。

「一般消費者が普段食べている食品がいかに危険か」を訴えるマスコミの記事、報道は後を絶ちません。最近もある週刊誌に、外食企業のメニューに発がん性物質が使われているという特集記事が掲載されました。これを受けて別の週刊誌も翌週の号で同じような特集を組みました。

 こういう記事が出るたびに世の中は騒然とするわけですが、筆者は少し眉に唾して眺めています。それは10年ほど前に吹き荒れた「中国産食材は危ない」という嵐の時の経験があるからです。

 当時、流通系の会社の広報にいた筆者は、食品安全の専門家に中国産が本当に危ないのかを尋ねてみました。すると、返ってきた答は意外なものでした。「国産なら絶対に安全だというのは、科学的な根拠のない神話です」と言うのです。

 その専門家はこう説明してくれました。

「たとえば野菜でいうと、確かに日本では毒性の強い危険な農薬は禁止されています。そうはいっても、一部の意識の高い外食や流通を除いて、残留農薬や重金属などがまったく検査されていない食品をそのまま店頭に並べている店は少なくありません。体に害を及ぼすほどの危険な食品が出回ることはほとんどありませんが、『国産』というだけでフリーパスなところがあるのです」

「一方、中国産だから危険だということは決してありません。現在、中国産の農産物は現地で政府機関の厳しい検査を受けていますし、日本に入る時は税関で抜き取り検査も行われる。検査がある分だけ安心とも言えるわけです」

 つまり、国産だから安全だという思い込みは間違いなのです。それ以来、筆者は食の不安を煽るマスコミの記事を少し冷静な目で眺めるようになりました。

「メディアは公正で正しい」のか?

 さらに筆者が問題だと思うのは、こういう食の不安を煽るような記事に対する食品メーカーや外食業界からの反論がほとんど聞こえてこないことです。

「企業は手前勝手なことを言うが、メディアは公正で正しい」という世の中の暗黙の前提があるため、自分たちの言い分はすべて「言い訳」に聞こえてしまう──。企業側はそう認識して、口をつぐんでいるのでしょう。

 そこで今回、一連の報道で批判を浴びている食品企業の専門家の1人に話を聞き、あえて週刊誌の記事に反論してもらいました。彼の会社が「言い訳しやがって」などと叩かれては本末転倒なので、ここでは覆面で登場してもらいます。

 今回話を聞いた専門家は、大学の農学部を卒業後、食に関わる複数の会社で20年以上にわたり世界の食材の安全性を研究してきました。その研究対象は家畜の飼料から野菜の肥料、農薬、食品添加物、食材の保管温度や輸送方法にまで及びます。まさに川上から川下まで熟知した「食の見張り番」と言える人物です。主なやり取りは以下のとおりです。

「増粘剤」は発がん性物質なのか

──「添加物=発がん物質」という図式が週刊誌に書かれていて、不安な日々を送っている消費者が多いかもしれません。食の安全の専門家としてはどうお考えでしょうか。

「食の危険性を煽る記事は以前からありますが、最近の一連の記事を拝見しても、いささか消費者の誤解を招きそうな表現になっていますね」

──一部の週刊誌は、ハンバーグやコロッケ、餃子にも使われるという「増粘剤」を問題視しています。実際はどうなのでしょうか。

「『増粘剤』の発がんの危険性は『アルギン酸エステル』にあるとしているようですね。その原料である『酸化プロピレン』が気化した場合の発がん評価を根拠にしています。しかし、実際に増粘剤として使われているアルギン酸エステルに問題の酸化プロピレンが残留しているのかというと、答えはノーです。また、週刊誌が問題視するアルギン酸エステルそのものについては具体的な発がん性の評価データがないというのが事実です。

 ただ、増粘の用途で使われる一部の加工デンプン(「ヒドロキシプロピルデンプン」「ヒドロキシプロピル化リン酸架橋デンプン」)はEUの動物実験で発がん性の懸念があるとの報告があり、乳幼児用のミルクやベビーフードなどには用いないように制限されています。ただし、大人向けには特に制限は設けられていません。

 また、WHO(世界保健機関)が設けた合同食品添加物専門家会議では、加工デンプンについて『安全性に問題はなく、上限値を設定しない』としています。日本政府も『安全である』との判断のもと、特に規制は設定していません」

リン酸塩は「毒物」なのか

──週刊誌が特に危険性を煽っているのが食品添加物「リン酸塩」ではないでしょうか。「毒物」扱いしている記事も目にします。

「リンといえば、われわれの身体には不要で有害な成分のようにさえ感じますよね。しかし実際にはリンは必須栄養素です。1日のリン摂取の目安は18歳以上の男性で1000ミリグラム、女性で800ミリグラムとされています。平成27年の『国民健康・栄養調査』におけるリンの平均摂取量は989.8ミリグラムでしたから、ほぼ充足している状態と言えるでしょう。

 一方でリンは1日の摂取量の上限が3000ミリグラムに設定されていますが、これは発がん性が理由ではありません。リンの過剰な摂取はカルシウムの吸収に悪影響を及ぼすからです。

 リン酸塩については、ハム、ソーセージなどの肉加工品に添加物として広く使用されているのが実態です。ある研究では、ウインナーソーセージのリン含有量は100グラムあたり163.0±44.7ミリグラムとしています。仮に普段の食事に加えて500グラムのソーセージを食べたとすると、約815ミリグラムのリンを余計に摂取したことになります。しかし、そこまで食べても、リンの摂取が上限の3000ミリグラム/日に達することはまずありません。そもそも、500グラムものウインナーを毎日食べ続けるというのは現実にはありえないですよね。むしろそんなに食べたら塩分や脂質の量の方が心配です。

 このように週刊誌のリン酸塩に関する記述には『量』の議論がなく、リンが入っていることだけをことさらに問題視して不安を煽っています。毎日、大量のソーセージを食べ続けない限り、普通の食生活を送っていればまったく問題ないということです」

「量」の議論をしない報道には要注意

──炭酸飲料に入っている「ぶどう糖果糖養液」などの「異性化糖」も、肥満や高血圧、糖尿病などを引き起こすとして問題視されています。

「『異性化糖』は添加物ですが、今日の多くの専門家は『異性化糖と砂糖(ショ糖)は非常に類似しているため、これらを置き換えても健康への明確な影響はない』と明確に認めています。

 表示に『異性化糖』と書いてあると、『異』という文字が含まれるだけに何か危険なものであるかのように勘違いしそうですが、要は砂糖と同じです。もちろん摂り過ぎは肥満や他の不調の原因になります。砂糖と同じように生活の中で適度に甘味を楽しみつつ、節度ある摂取をしようということ。それだけのことですね」

──一連の週刊誌報道は根拠を欠いたものであるということですか。

「マスコミは往々にして、ある特定の物質を挙げて、そのカテゴリや添加物全体を問題の対象として広げる、使用の有無だけを議論し『量』の議論を一切しない、などの特徴があります。そういう報道には要注意ですね。消費者の方々は、根拠の怪しい報道を気にするエネルギーを、健康な食生活を実現するために使った方がよほど体のためにいいと思います」

 偏食を避ける、清涼飲料の飲み過ぎを避ける、好きなものだけ食べる習慣を是正する、アルコールの過剰摂取や過剰な喫煙を控える──。「そういった当たり前のことのほうがずっと大切です」と、その専門家は訴えます。根拠を欠く健康情報に怯えて食生活を縛られている人は、ぜひ耳を傾けてほしいと思います。

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