韓国のショートトラックは世界トップクラスであり、冬季スポーツがそれほど盛んでない韓国にあっては、絶対的な存在である。その一方で、深刻な派閥争い、性的なものも含めた指導者の暴力などで、問題が多いのも事実だ。

2006年のトリノ五輪で3個の金メダルを獲得した韓国男子ショートトラックのエース・安賢洙(アン・ヒョンス)が、所属チームの解散などに加え、派閥争いにも巻き込まれて行き場を失い、ロシア国籍を取得。2014年のソチ五輪ではロシア人のビクトル・アンとして3個の金メダルを獲得したことで、韓国ショートトラックの派閥争いの弊害が、改めて浮き彫りになった。

そして最近では、女子ショートトラックのエースである沈錫希(シム・ソクヒ)が、コーチから高校生時代から性的な暴力を受けていたことを告白し、社会的な大問題になった。

(参考記事:金メダリストに「常習的な性的暴行」の衝撃。韓国スポーツ界でパワハラが絶えないのはなぜか)

問題が多発し、世間の目が厳しくなっているだけに、韓国のショートトラック界もさすがに競技会などでは「李下に冠を正さず」で、緊張感を持っているはずだと思っていたが、そうでもなさそうだ。

信じがたい“転倒”映像

2月22日に放送された韓国のKBSのスポーツニュースで、信じがたい映像を見た。

冬季国体に相当する、全国冬季体育大会のショートトラック、高校男子1000メートルの決勝でのことだ。

5人で行われたこのレースで、1周目は4番手につけていた白いウェアの選手が、スピードを上げて外側から上位3人を抜きにかかろうとしたとき、最後方にいた選手もスピードを上げ、白いウェアの選手に寄り掛かるような形で、白いウェアの選手を巻き込んで転倒した。

真相は分からないが、映像を見た感じでは、後方の選手の倒れ方はかなり不自然で、白いウェアの選手を妨害するため、わざとやったと疑われても仕方ない倒れ方だった。

さらに疑惑を増幅させたのは、5人のうち3人は同じ高校の選手であることに加え、倒された白いウェアの選手は、安賢洙の弟である安ヒョンジュンであることだ。

いうなれば、何かが起こりそうな予感のするレースであり、審判や関係者も、後で問題になることがないよう、慎重にチェックするべき競技において、疑惑が生じたわけだ。

過去にも問題を起こした人物

安ヒョンジュン側は再レースを要求したが、KBSの報道によれば、大韓スケート連盟側は、先頭争いではないため、再競技の対象ではないという回答だったそうだ。

しかしながら、衝突した時点では4位、5位争いであったが、安は抜きにかかっており、上位を伺う位置にいた。韓国のスケート界全体に様々な疑惑の目を向けられている時期だけに、再競技などで、疑惑を払拭するべきではなかったか。

それにしても、本当に妨害行為が行われたとすれば、指導者は高校生に何ということをさせるのかということになる。

逆に、転倒が故意ではなかったというのであれば、疑惑を持たれている選手のために、指導者がしっかり弁護するべきであろう。けれども、指導者からのコメントはないそうだ。しかも報道によれば、その指導者は過去に問題を起こした人物であるそうだ。

なお、安ヒョンジュンは3000メートルの競技でも、他の選手とぶつかり、失格になっている。

ショートトラックの沈錫希の告白以後、韓国のエリートスポーツは、文在寅政権でよくいわれる「積弊」であるとして、政府が改革に乗り出している。それに対して、スポーツ界では抵抗が根強くある。

政治がスポーツに介入してくるのは、良いことではない。

とりわけ韓国では、スポーツが政治の道具として、政治に振り回されてきた歴史があるだけに、政治とは一定の距離を置くべきだろう。

とはいえ、これだけ問題が起きている中での今回の事件での対応は、スポーツ界の自浄能力が疑われても仕方ない。

世間の目が厳しい中で、今回のように疑惑を持たれる行為を放置すれば、スポーツ界は、自分で自分の首を絞めることになる。

(文=大島 裕史)

初出:ほぼ週刊 大島裕史のスポーツ&コリアウォチング

(写真提供=SPORTS KOREA)右が沈錫希(シム・ソクヒ)