他業種にわたるデジタル革命によって、企業が商品に持たせる価値の変化――バリューシフトの波がやってきている。特に、不動産におけるそれは、旧態依然とした業界の状況を考えると、特筆に値する。果たしてその変化は定着していくのか。最新の不動産業界における動向について、NTTデータ経営研究所・ビジネストランスフォーメーションユニット・シニアマネージャーの川戸温志氏が解説する。

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時代は「ハードからソフト・サービスへ」

 トヨタ自動車の豊田章男社長は昨年の1月、米ラスベガスで開幕した世界最大の家電見本市「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」で、「クルマをつくる会社からモビリティサービスを提供する会社へと変革する」ことを宣言した。製造業からサービス業へのビジネスの転換を宣言したのである。

 このようにハードからソフト・サービスへ、もしくはモノからコトへと変化するバリューシフトは、自動車業界に限ったことではない。

 音楽や映像業界では、CDやビデオ・DVDがストリーミングに、IT業界では企業が自社でサーバを所有していた時代からクラウドへと置き換わった。また、通信業界では、薄さ・小型・長時間といったスペック勝負であったガラケー時代から、アプリケーションやオンデマンドサービスの利用体験で勝負するスマホ時代へと変化し、ファッション業界でも「購入して所有するもの」だった洋服やバッグなどが、airCloset(エアークローゼット)やLaxus(ラクサス)といったオンデマンドサービスを利用して「レンタルする」ものとして注目を浴びている。

 いずれも前述した「ハードからソフト・サービス」へのバリューシフトがその根幹にある。

不動産業界に押し寄せるバリューシフトの波

 それは不動産業界でも同じ。

 例えば、コワーキングスペースを開発・運営するWeWork(ウィワーク)は、働く場所を提供している企業ではなく、コミュニティを醸成・提供している企業だと謳っている。

 これは、WeWorkの価値が、メンバーと呼ばれる利用企業同士がリアルに繋がれるオフィス内イベントであったり、WeWork Commonsと呼ばれる専用のSNSによって全世界のWeWorkメンバーとWeb上で繋がることが可能な点にあることを示す。

 通信機能(BluetoothやWi-Fiなど)を持ち、スマートフォンのアプリで施錠解錠ができるスマートロックの中でも、『Ninjalock』を提供するライナフは、「サービスが入ってくる家」を目指す。スマートロックを利用することで――ホテルのように――部屋にいなくとも清掃サービスを受けることができたり、クリーニングや洋服のレンタル、食材の買い物など生活に密着したサービスを提供する。

 こうしたサービスがもたらすメリットは住人の利便性向上だけではない。オーナーにとっても従来の家賃収入に頼った不動産経営から、これらのサービス収入も加えた不動産経営が可能となるのだ。

 同様にソフト・サービスの価値に訴えることで、急激に女性会員を増やし、契約につなげているのが賃貸住宅の仲介会社エイブルである。

 エイブルは、賃貸で暮らす独身女性の生活を応援するため、お得な割引クーポンやオンデマンドサービスを利用できる女性向け会員クラブ『Maison Able Club(メゾン エイブル クラブ)』を展開。

 例えば、ヨガスタジオやスポーツクラブ、オンデマンド倉庫の『minikura(ミニクラ)』や洋服レンタルサービスの『airCloset(エアークローゼット)』などが無料または割引で利用できる。若い独身女性が都内で暮らす部屋は、手狭なワンルームタイプが多く、クローゼットなどの収納スペースも小さいことが多いため『minikura』や『airCloset』を利用できるのはありがたいサービスだろう。

 それだけではなく、昨年末には会員限定の男女の出会いイベント『ロンロン恋活』を開催。部屋を借りる際に把握できる年齢・仕事・年収などの属性情報を活かすことで安心して相手と出会うことが出来るのだろう。女性の応募総数は1000名を超えた。

Maison Able Club』は開始2年間で約3.5万人以上の会員に到達。独り暮らしの女性に「ソフト・サービス」のバリューシフトに成功している例と言えるだろう。

 管理会社向けに入居者管理システム『パレット管理』を提供する有望ベンチャーのパレットクラウドが目指す世界観もバリューシフトの先を見ている。

 パレット管理は、各種手続きやお知らせの配信、マニュアルの共有、アンケート配信など賃貸物件の管理業務で生じる住人とのコミュニケーションをスマホアプリで提供する。

 紙の書面や担当者の記憶で管理していたデータをIDで紐付けることにより、住人のデータを一元管理。これにより、住人ごとの物件データ・入居者データ・生活ログデータを活用することで、住人に最適な住生活サービスを提供するプラットフォームを展開すること目指している(図表)。

逆流することのない社会的背景

 このようにオフィスも住宅も差別化ポイントが「ハードからソフト・サービスへ」へとシフトしてきている。背景にあるのは3つの大きなマクロ環境の変化だ。

1) ミレニアル世代による価値観の変化
2) 売り切りの時代から顧客重視のLTV時代への変化
3) 働き方の変化

 1つ目は、ミレニアル世代による“所有”から“利用”への価値観の変化だ。1980年以降に生まれたミレニアル世代は、モノを持たず利用や体験を重視し、インターネットやスマホが当たり前のデジタルネイティブ世代である。こうしたミレニアル世代が今後更に経済のボリュームゾーンを担っていく大きな流れがある以上、ハードからソフトの流れが加速していくことだろう。

 2つ目は、売り切りの時代から顧客重視のLTV(Life Time Value:ライフタイムバリュー)時代への変化だ。住宅供給においてもパワーバランスが変化してきている。

 昨年、都内の新築分譲マンション市場において建物完成後も販売を続ける「完成在庫」が増加してきていることが報じられた。これは高度経済成長期やバブル景気時代のような住宅供給不足から、人口減少・少子高齢化に伴い住宅供給が過剰となってきていることを示す一例だ。もはや従来の売り切りビジネスの時代から、今後は顧客データベースに蓄積された顧客情報を基に、LTVを高め一人あたりの売上を高める顧客重視のビジネスの時代へ突入している。

 3つ目は、人生の大部分を占める仕事における働き方の変化だ。「働き方改革」の推進、人手不足、雇用制度の多様化、多用な人材活用、求められるイノベーション、ICTの進化(業務のクラウド化)など企業を取り巻く外部環境の劇的な変化に伴い、企業の人事制度や労務管理、働き方に変化が起きており、テレワーク・モバイルワークが急速に広がる。

 従来は「通勤するオフィスは1つ」、「毎日同じオフィスに通勤」、「社員は固定席」、「社内の人間と共に価値を創造」といった働き方が当たり前であったが、今後は「働く場所は複数へ」、「業務内容よって場所を選択」、「固定席でなくなる」、「社外の人間と共に価値を創造」といった働き方が当たり前となっていくであろう。

 つまり本質的に、“固定、大規模、集約”から“柔軟、小規模、分散”への変化だ。前述のWeWorkはまさにこうした働き方の変化に対応している。

求められる将来構想とリスクを取る胆力

 従来の業務プロセスの一部にITを導入して効率化や最適化を図るのは重要なことであり、過去・現在・将来も必要なことである。しかしながら、それではミレニアル世代による価値観の変化や顧客重視のLTV時代への変化、働き方の変化などの社会的な変化に対応しきれない。

 世の中にデジタルトランスフォーメーションという言葉が広がるように、収益モデルを根底から変えるビジネスモデルを構築することが求められる時期に来ているのではないだろうか。デジタルビジネスの世界は先着者利益。即ち先行してシェアを取った企業の1強となる傾向が強いため、如何に早い段階でリスクを見極め、リスクを取って飛び込むかである。

 経営者にはそうした将来構想を描く力とリスクを取る胆力が求められるだろう。

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