北方領土交渉の行方が、さっぱりわからない。

 昨年11月、日ロ首脳は「平和条約交渉を加速させる」と合意した。たしかに、そうアナウンスはあった。しかし、その後はロシア側が強気に出て、まるで一島も返さないぞという勢いだ。一方の日本側は、政府も返還運動の地元・北海道根室市も、ロシアを刺激しないようにと、穏便モードに徹している。

 太平洋戦争が終わった時、北方四島の人口は1万7000人を越えていたが、生き残っている元島民はすでに6000人を切っている。今、根室の風はどっちを向いて吹いているのか。今年2月末から3月初めにかけて、根室を訪れ、元島民の生活と意見を聞いた。

大坂なおみ選手の祖父は「期待し慣れた」と語った

 テニス大坂なおみ選手の母方の祖父として、その名が全国に知られるようになった根室市の大坂鉄夫さんは北方領土・歯舞群島の一つ、勇留島の出身である。

 大坂さんは太平洋戦争が終わる1945年に生まれ、現在74歳。勇留島から引き揚げたのは赤ん坊の時だった。「そこで生まれ育ってないから、正直、親きょうだいに比べたら島への愛着は薄いんだが」と言うものの、島に帰ることを願いながら死んでいった親たちの姿を間近に見てきた人でもある。

「言葉は悪いけど、オオカミ少年みたいなもんでさ、今度は少し進捗するとか、二島で動くとか、今度こそ今度こそ、とね。首脳会談だ、外務大臣会談だと、ぼくのみならず、そのたびに島民はみんな期待してきたんですよ。期待し慣れたと言ってもいいかな」

「期待し慣れて、そして裏切られてきたのでは?」と筆者が水を向けると、大坂さんはタバコの煙をフーッと吐き出してから、「うん、結果はそうでしょうね、成果が出ていないんだから」と言った。

 大坂さんは根室漁業協同組合組合長を務めている。日ロの漁業交渉を通じて、ロシア人は手強い相手だと肌で知っている。

役所では大坂なおみ選手の偉業を伝える展示が

 この日、ホタテ漁の会議が始まる直前の忙しい時間帯だったが、ヘビースモーカーらしい大坂さんは蒸気機関車のように何本かのタバコを煙にしながら、語ってくれた。孫娘のなおみさんの話になると、大坂さんは相好をくずして目が楽しそうに笑う。

 根室市役所の1階ロビーには、なおみさんの偉業を伝えるコーナーが今年1月から3月末までの期間限定で特設され、昨年優勝した全米オープンで、なおみさんが使っていたラケットやシューズなど、根室にゆかりのあるなおみさんの品々が展示されている。

 なおみさんの活躍の足跡をたどるだけでなく、「根室を元気づけたい」という大坂さんの願いもこめられている。今年1月の全豪オープンの決勝戦で着ていたウエアも、なおみさんから大坂さんに贈られ、2月末から展示が始まった。

「島を返せと言うなということになっている」

 しかし、なおみさんの話から四島に戻ると、大坂さんの目がもう笑わない。

「シンゾー、ウラジーミルという親密な関係、そんなに仲がいいなら、二島でも返すんじゃないかと思うでしょ」。安倍首相プーチン大統領の親しげな姿をテレビで見るうち、元島民の期待はいやがうえにも高まったという。

「そして、最近では、ロシアと仲良くしようというスタンスじゃないの、島を返せと言うなということになっている」

「この先、北方領土はどうなるんでしょう?」と、筆者が元島民に必ず聞いている質問を大坂さんにも、投げかけてみた。

「そんなこと、ぼくにわかるわけないじゃないですか」

「おっしゃる通り、島を返せ、ということまで言わないで、根室はがんばってますが」

 大坂さんがひと呼吸おいて、こう言った。

「でも、現状では、むしろ遠のいたんじゃないですか」

 むろん、遠のいたのは北方四島という意味である。

 それは、今年2月7日の「北方領土の日」でのことだった。

東京では「不法占拠」、地元では「返せ」の文言が封印された

 東京で開かれた北方領土返還要求全国大会で、締めくくりに採択された大会アピールから「北方四島が不法に占拠され」という例年盛り込まれていた文言が消えた。

 当時のソ連が日本の太平洋戦争の敗戦に乗じて四島を占拠し、冷戦が終わってロシアになっても不法占拠を続けているという返還運動の大前提が封印されたのである。メディアはこぞって日本政府がロシアを刺激することを避けている、などと報道した。

 足並みを揃えるように、この日あった根室市での根室管内住民大会では、例年ハチマキや横断幕に使われてきた「返せ!北方領土」という文言の使用が自粛された。

 その代わりに、「日露平和条約の早期締結を!!」と書かれたハチマキが会場で配られ、シュプレヒコールは「日露平和条約を締結しよう」「北方領土問題を解決しよう」という穏やかなものとなった。

 住民大会は根室市と根室管内中標津、標津、羅臼、別海の4町の行政が中心となって準備が進められた。元島民からは、当然ながら不満が漏れた。長年、元島民は「返せ」とシュプレヒコールすることで、四島返還が一歩も動かないもどかしさ、憤り、悲しみ、その他もろもろの感情を吐き出してきたのだ。

 しかし、根室は「北方領土返還運動の原点」の地。「ロシアを刺激して、地元の根室が安倍首相の足を引っ張るわけにはいかない」と統一が図られた。元島民にとっては、東京で「不法占拠」が封印されたことより、「返せ」が封印されたことの方が深刻だったかも知れない。

舞・色丹二島ぽっきりで手を打つ政策へ

 転機は2018年11月安倍首相プーチン大統領シンガポール合意だった。

 両首脳はシンガポールで、日ソ共同宣言を基礎に平和条約の締結交渉を加速させることで合意した。1956年に当時のソ連と国交回復を実現した日ソ共同宣言は、第9項で、平和条約を結んだ後に、ソ連が歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すと定めている。

 日本政府から正式な発表はないものの、56年宣言で平和条約を結ぶ方針は、国後・択捉二島はあきらめ、歯舞・色丹二島ぽっきりで手を打つ政策へと、事実上、舵を切ったことを意味している。

 元島民の子ども世代でつくる後継者の会の59歳のメンバーは打ち明けてくれた。

「根室は四島返還が建前だけど、もう、みんな仕方ないだろうって思っている。シンガポール合意で領土が動くなら、四島なんて言わないから、一島でも二島でも返ってほしい」

北海道知事との懇談会で元島民が語った思い

 北海道の高橋はるみ知事が2月末、根室市を訪れ、元島民や後継者ら11人との懇談会を開いた。高橋知事にとっては任期満了で今年4月に退任するのを前に、知事として元島民らの意見を聴く最後の機会。

 知事は今夏の参院選自民党から立候補する予定で、「元島民と会うのも選挙PRだよ」と白けムードの人もいたが、出席者の一人が「国政で安倍総理タッグ領土問題を解決してほしい」とエールを送ると、参院選での当選が「まだ決まったわけではないので……」と知事がニコニコと応じる和気あいあいの場面もあった。

 懇談会では出席者が一人ずつ順に思いを語った。

 歯舞群島・志発島出身、別海町の臼田誠治さんは「島を返せ」を封印されたことが、やはり腹にすえかねるようで、「国の指導に則って、右向けば右向いて、返還運動を50年やってきた」と切り出した。

「右向けじゃなくて、今度は左向けというように、返還運動の質が変わってきたんじゃないか。私も80歳になりました。簡単に左を向いて運動は難しい。それが私の本音です」

 臼田さんはこの日、口数が少なかった。懇談会が終わった後、知事を見送る臼田さんに筆者が真意を尋ねても「いや、もういいよ」と首を振るだけだった。

色丹島が、目を見張るほど発展していた

 標津町の福澤英雄さんは歯舞群島の多楽島出身の78歳。元島民の平均年齢が84歳になろうとしている今、福澤さんは比較的若い元島民の一人である。

 福澤さんは発言する内容をメモしてきた。一つは、町内の高齢化した元島民の思い。「まだおれたちの目が黒いうちに、返るなら返る、返らないなら返らない、と白黒決着をつけてほしい、というのが共通の願いです」と訴えた。

 二つ目は、昨年、友好訪問団の団長として色丹島に行った時のこと。国後・択捉二島に比べてインフラ整備が遅れていた色丹島が、目を見張るほど発展していた。「ロシア本土から巨額のお金が投じられています」と福澤さん。

 色丹島の開発が遅かったのは、56年宣言で「引き渡し」対象となったからだと言われてきた。だからロシアは色丹島を返すはず、という期待につながっていた。その色丹島に、病院、幼稚園、学校、スポーツジムまでも建っていたという。「四島どころか、二島も無理か」と元島民の間で悲観的な見方がじわじわと広がるのも無理はない。

プーチンの野郎、おれたちがぜんぶ死ぬのを待ってる」

 懇談会終了後、福澤さんを追いかけていって、話を聞かせてもらった。

 戦後70年以上、待って待って、待ちぼうけを食って、町内の元島民には「どうせ島は返らない」と諦めの空気が漂う。

「多くの人がこう言うんです。プーチンの野郎、おれたちがぜんぶ死ぬのを待ってる。一世が死んで、二世、三世の代になったら、もう返還運動も終わりだとね」

 絶望寸前の元島民たちが、最後のわずかな望みをかろうじてつないでいるのは、島を追い出される際に放置せざるを得なかった土地、家、漁業権、船や漁具といった財産の補償の実現だという。

「国からいくばくかでもいいから、補償していただければ、ありがたいと。それだけ切羽詰まっているんですよ」

「択捉はもう戻らないかな」――択捉島二世の諦め

 懇談会に出席した元島民と後継者の中で最年少、中標津町の田中晴樹さんは択捉島二世の58歳。シンガポール合意の後、まるで東西冷戦時代に逆戻りしたような、強気一点張りのロシアの姿勢が気にかかるという。

シンガポールで二島ということになったんですが、最近のロシアの記事とか見て、『これはどういうこと?』『返ってくるフシはなさそうなのかな?』と思っているのが現状です」と、胸の内を明かした。

 ロシア国内では、返還反対派の抗議デモがあり、ラブロフ外相からは「南クリル(ロシア側の北方領土の呼び方)の主権を含め、第二次大戦の結果を認めよ」という戦勝国の上から目線の発言があり、「北方領土と呼ぶことも受け入れられない」と元島民の気持ちを逆なでするようなジャブもあった。

 ロシア側の攻勢に対し、日本側は「不法占拠」や「返せ!北方領土」を封印し、忍の一字に徹しているのだ。

 筆者が懇談会終了後に、他の出席者に話を聞いているうちに、田中さん中標津に帰っていた。電話して択捉島二世の気持ちを聞いた。「択捉島は戻らない、すっかりロシアになってしまったと、誰もが言うんですけど」と水を向けた。田中さんは「うーん」と唸って「択捉はもう戻らないかな、という気持ちはありますよ」と答えてくれた。

 そして「本当に戻るなら二島でもいい、と思っていたけど、ロシアにあんなこと言われてはねえ」と、溜め息まじりだった。

写真=奈賀悟

北方領土の日」の住民大会で一人だけ「島を返せ!」と絶叫した漁師〉に続く

(奈賀 悟)

いまや世界ランク1位となった大坂なおみ ©文藝春秋