「今回のブランド刷新(価値再構築)では、ESGやSDGsなどソーシャルの要素を強く意識した形でお願いできませんか」

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 企業のブランド刷新や「なりわい」変革のコンサルタントである著者が、経営層や経営企画部門の幹部の方々から最初のミーティングで言われるフレーズである。

 さらに2019年に入ってからはESGやSDGsに加え、「パーパス(PURPOSE:以下パーパス)」というキーワードが飛び交う頻度が急速に増えているようになったと感じていた。

 そうこうしているうちに、2019年3月号の『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(ダイヤモンド社)が「パーパス」の特集号になっているのに気づいた。

「パーパス」は企業が自らのブランディングやブランド基軸でのビジネス展開を考える上で、間違いなく「旬のテーマ」になりつつあるようだ。

 ブランドには企業の利益創出だけでなく、広く社会に貢献する「パーパス」(存在理由)が求められる。つまり、優れた「パーパス」は企業がビジネスを遂行する上でのガイドラインとなるだけでなく、企業で働く従業員のモチベーションと結束を高め、ひいてはお客さまからも持続的な信頼・期待と強固な支持を獲得することで企業に継続的な利益をもたらすという図式だ。

 それでは、今、なぜ「パーパス」が企業のブランド刷新の切り札として「再び」脚光を浴びるようになったのか。

 今回の連載では『IoT Today』らしく、データ時代における企業間の競争ルールのゲームチェンジという観点に限定フォーカスして、その理由を追いかけてみたい。

デファクト・スタンダードからデジュール・スタンダードへ

 以下のスライドは、CES 2019の主催者CTAがメディア向けに配布した説明会用資料(CTAマーケットリサーチ部門スティーブ・コーニングによる)である。

 見ての通り、「デジタル化」と称されるここ20年間の技術トレンドを、10年単位で大くくりに区分けしたものだ。

 興味深いのは(日本史で封建時代と言っても鎌倉時代室町時代江戸時代などの区分があるように)「デジタル化」も直近までに少なくとも3つのステージが存在し、象徴的なプロダクトやキープレイヤーとなる企業もそれぞれ大きく違う、ということだ。

 ちなみにCTAは「コネクテッド時代」はすでに終焉を迎え、CES 2019では「データ時代」に突入したという公式見解を発表している。

 それでは、「デジタル時代」を起点にし「コネクテッド時代」を経て「データ時代」へと繋がる変遷の中で、企業間の競争ルールや価値提供のあり方がどう変化したか、またそれが「パーパス」とどのような関係にあるか。もう少し深く踏み込んで考察してみようと思う。

 まず、「デジタル時代」「コネクテッド時代」とそれ以後の「データ時代」(CTAの見解を参考にするなら、2019年はさしずめ“データ時代元年”である)とでは、企業のマーケティングにドラマチックなゲームチェンジが起きている、というのが筆者の「見立て」である。

 前者は、いわば「デファクト・スタンダード」の全盛期である。
 
 GAFAに代表される1社もしくは限られたプレイヤーが、既存のアナログ体験(ある特定のお客さま接点)をデジタル体験で置き換えるだけでなく、過去の遺物を情け容赦なく焼け野原にしてしまう。

 手紙がGmailになり、図書館グーグルヤフーになり、CDショップがiTunesになり、百貨店アマゾンになり、はたまた映画館がネットフリックスになり、そして同窓会や井戸端会議までもがフェイスブックやツイッターに取って代わられるという、広範でドラスティックな変化を生み出した。

 つまり、「デファクト・スタンダード」の下では「一強多弱」が必然であり、それゆえ、イノベーター企業がプロダクトアウトで独善的に作り上げたルールに、フォロワー企業やお客さまが後から渋々フィット・インしていくという図式だ。

 一方で後者の「データ時代」においては「デジュール・スタンダード」が支配的なルールとなるだろう。「デジュール」(de jure)も「デファクト」(de facto「事実上の」)と同じくラテン語で「合議による」という意味を持つ。

「デファクト・スタンダード」時代が、単独企業により、ユーザー登録ベースで、ごく限定された「お客さま接点」での個人の体験の刷新を対象にしているのに対し、「デジュール・スタンダード」時代では複数の企業の協働を前提にして、「カスタムメイドの発想」でデジタル・リアルを問わない広範なお客さま体験(多くの場合は社会的な規模のイノベーション)を創り出し、しかもサブスクリプション型で収益を上げることに決定的な違いがある。

「パーパス」は協働する複数ブランドを一気通貫し、ひとつに束ねる意思

 自動運転は言うに及ばず、CES 2019基調講演で注目を集めていた、ベライゾンの5Gと医療コンサルティング会社メディビズ(Mediviz)のAR技術を駆使した先端医療ソリューションや、現在、米国で導入が拡大しているアマゾン(買収先の高級スーパー、ホールフーズと展開)とウォルマートグーグルマイクロソフトフォードと協働)がしのぎを削るオンライン・グローサリー、ウーバーがイニシアチブを取り、ベル・ヘリコプターNASAなどと進めている「空のライドシェア」などがその具体的事例である。

【参考】 日本での視界は良好か?「空飛ぶ自動車」の未来
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54071

 いずれも、1社ですべてのリソースをまかなうことは不可能で、ファシリテーター役の企業がリーダーシップを取り、複数の専門プレイヤー企業との共創を前提にして次世代のスタンダードを生み出して行くことに特徴がある。

 そして、さらに解像度を上げて見ていくと、デジュール・スタンダードの時代には、リーダー企業と複数の専門プレイヤー企業の連繋の背後には、必ず政府や自治体の存在がチラついているということに気づく。

 複数の企業が政府や自治体などの公の組織も巻き込んで、あたかも秀逸なオーケストラを奏でるような感覚でお客さまの豊かな体験を生み出すためには、「われわれは何のために存在するのか」「われわれは何を志すのか」という、複数ブランドを一気通貫し、ひとつに束ねる共通の意思を共有しておくことがマストで必要になる。

 プロジェクトに参画する専門プレイヤーの企業の側でも、収益が上がるビジネスか、という経済的なチェックポイントだけでなく、共に働くのが相応しい相手であるか、意義のある協働はできるか、という判断は経営レベルの重要な判断になってくるだろう。

 これがデジュール・スタンダードの時代に突入した現在、「パーパス」がブランド刷新の切り札と考えられるようになる、より本質的で積極的な理由である、と著者は考えている。

「パーパス」自体、現時点では、P&G*1ネスレのようなマーケティング・ドリブンのグローバル企業が先鞭をつけた先進ブランディング理論のような見られ方をしているが、「デジュール・スタンダード」が本格的にデータ時代のスタンダードになってくる今後においては、その戦略的な位置付けが変わってくるに違いない。

*1:奇しくもP&Gは今年初めてCESに出展を果たしたが、同社CBO(Chief Brand Officer)のリチャード・プリチャード氏が語っていたように「日用品とサービスに最新テクノロジーを融合することで人々の生活を変えていく」ことを「パーパス」として掲げるのであれば、それはP&Gという単独企業の枠組みを超えて共創パートナー企業と共有・発信されるものになるに違いない。

デジュール・スタンダードにおける「ブランドの意思」の重要性

 話は冒頭の企業のブランド刷新でのソーシャル要素についての悩みに戻る。

 ここまで読んでいただいた読者の方はご賢察の通り、「パーパス」は他所から持ってくるものでも、錬金術のようにゼロから生み出すものでもない。

「パーパス」はブランドが持つDNAの中にすでに存在していて、「探し出してきて」「育てる」という感覚が最も的を射ていると思う。

 ブランド刷新というと、ブランド価値の「ビジョン」(ブランドのありたい姿)、「ミッション」(ブランドの使命や役割)、「バリュー」(ビジョン実現のため大切にしていく価値観)の3要素をセットで見直すことが多い。

 それでは「ビジョン」「ミッション」「バリュー」のブランド価値3要素を企業はどうやって構築するのか。

 まずは、マクロ・ミクロのMECE(だぶりなくもれなく)な環境分析を出発点として、ブランドが近未来に進むべきインダストリーの「未来シナリオ」をお客さま視点で描く。

 続いて、ブランドDNA分析と近未来に向き合うべきお客さま定義から「ブランドの意思」を決定する。「ブランドの意思」は「志」であり「魂」だ。これが明確に定まれば、ブランドが自らの意思で未来のどの部分を掴むべきかの選択にブレがなくなる。

 つまり最後に「未来シナリオ」に「ブランドの意思」を掛け合わせたものが「ブランド・アイデンティティ」(ブランドが目指すべきゴール)になるのであり、それを因数分解したものが「ビジョン」「ミッション」「バリュー」の3要素になるという具合だ。

【参考】 巨大企業をなぎ倒していくIoTの凄まじい衝撃
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47868

 ブランド価値3要素と「パーパス」の関係性について明確に定義されている書物や論文は(おそらく)皆無である。しかし、著者は実は長年向き合ってきた、この「ブランドの意思」こそが「パーパス」と呼ばれるものの本質ではないかと考えている。

 仮にそうだとすると、今後多くの企業が「パーパス」を定義する上で、ブランドのDNA分析が極めて重要になるだろう。

 企業風土、社員の雰囲気、提供ベネフィット、企業ポリシー、研究開発体制、企業イメージ、社会における企業の役割、製品・サービスの特徴、お客さまやパートナーとの関係性、歴史・伝統・伝説などDNAを構成するアイテムを抽出して、「維持・活用するもの」「新たに追加するもの」「削除するもの」に分別していく、謙虚で入念な作業の価値が高まってくるはずだ。

「パーパス」の究極の目標は「お客さまの新たな体験を生み出す」こと

 自動運転、5GとAR技術を組み合わせた先端医療ソリューション、オンライン・グローサリー、空のライドシェア・・・。これらはいずれもデファクト・スタンダードの時代に「妄想」から生み出された夢の事業「構想」であるが、言ってみれば、この状態では新規の体験型サービスの「普通名詞」に過ぎず、仮にそれらを企業が一番乗りに提供したとしても企業の差別化には繋がりにくい。

 デジュール・スタンダードの時代、企業がそれらを「自社ならでは」の差別化ドライバーとして武器化いくためには、何よりもまずファシリテーター役の企業が「パーパス」を定義し、組織の枠組みを超えてパートナー企業ともその「パーパス」を共有することによってデジタル・リアルにまたがる「カスタムメイドのお客さま体験」を共創の形でつくり上げて行くことが求められるだろう。

 このロジックの延長線上で考えると、「パーパス」は企業間だけでなく、お客さまとも共有されるべきものだ。

 パーパス型のブランディングは、共感するお客さまの意識や考え方を変え、インスパイヤーやエンパワーの機会を通じて、お客さまを未知の領域に向けて行動を促すことで、価値ある新たな体験を生み出すだろう。

 デジュール・スタンダードの時代、「パーパス」の共有は企業経営者にとっての勝利の方程式として、さらにフィーチャーされてくるのではないだろうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「デザイン思考」で顧客主義時代に活路を見出す

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「パーパス」の特集号となった2019年3月号の『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(左)と「パーパス」につながるブランド理念の考え方を示した元P&G GMOのジム・ステンゲル氏の著書『GROW 本当のブランド理念について語ろう』(2013年、阪急コミュニケーションズ)。