2019年3月5日、韓国の国土交通部は、新規事業者申請を出していたLCC格安航空会社)3社に免許を出すことを決めた。

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 韓国ではここ数年、LCCが急速にシェアを伸ばしている。3社の新規参入でLCCは9社体制となる。

 空港新設計画も相次ぐが、「安全性、操縦士確保、供給過剰」という3つの懸念が早くも出ている。

 韓国政府が複数のLCCに一度に免許を出すのは初めてのことだ。

フライ江原など3社に免許

 新規参入が決まったのは、韓国東部の江原(カンウォン)道のヤンヤン空港を拠点にする「フライ江原」、中央部の清州(チョンジュ=忠清北道)空港を拠点とする「エアロK」、仁川空港を拠点とする「エアプレミア」の3社。

 資本金確保や事業計画を審査したうえで3社に免許を出すことになった。

 事業計画によると、フライ江原は韓国内のほか、東南アジアロシア便、エアロKは、東南アジア、台湾、日本便、エアプレミアは東南アジア、日本、米国、カナダ便を計画している。

 3社のうち、エアプレミアは、LCCとはいえ、「プレミアム・エコノミー」座席を売り物にするという。また、フライ江原は、地元の江原道から資金支援を受けることになっている。

 一気に、3社に免許が出たことについては韓国内でも驚きの声が少なくない。

 「毎日経済新聞」は「今回は最大でも2社という見方をしていた航空業界では3社を同時に選定したことに当惑の声が出ている」と報じているほどだ。

 どうしてこんなことになったのか。

航空需要は急増している

 航空需要が増加して、既存のLCC6社がまずまずの業績であることは確かだ。

 韓国観光公社によると、2018年に韓国を訪問した外国人観光客数は1500万人、出国した韓国人は2800万人を超えた。航空需要は今後もさらに増加することは確実だ。

韓国への外国人観光客入国者数と韓国人の出国者数(韓国観光公社、人)

     入国外国人   出国韓国人
2015年   1323万    1931万
2016年   1724万    2238万
2017年   1336万    2650万
2018年   1535万    2870万

 日本でもおなじみの済州(チェジュ)エアやジンエア、イースター航空など6社のLCCも順調に業績を拡大している。済州エアとジンエアの年間売上高は1兆ウォン(1円=10ウォン)を突破している。

 2011年には1065万人だったLCCの利用客数は、2017年には3922万人、2018年には4402万人と急増している。

LCC利用者4400万人、シェア50%に

 全体の利用客数に占めるLCCのシェアも2018年には48%に達し、2019年には初めて50%を超えるとの見通しが有力だ。

 「それにしても、いきなり3社に免許を出すとは…」

 航空業界関係者は、いぶかる。

 「米国10社、日本5社なのに韓国で9社…過剰競争を招きかねない」

 「毎日経済新聞」もこう報じている。

 新規参入する3社の就航は2年後と見られる。3社とも、それぞれ6機~9機の機体を導入する。既存の6社も積極的な増便計画を打ち出しており、需給バランスが崩れるとの指摘は少なくない。

 さらに、韓国でも操縦士や整備士の確保が難しくなっており、安全性への懸念の声も上がっている。

地域活性化にぴったり

 にもかかわらず、3社に免許を出したのには他にも理由がありそうだ。大手紙デスクは、こう説明する。

 「雇用と経済活性化、特に、地方経済の活性化につながればという政府の期待がある」
 今の政府にとって経済政策で最も頭が痛いのが「雇用」だ。

 造船、自動車、建設などこれまでの基幹産業がこぞって不振だ。頼みの半導体や化学産業も、勢いが急速に鈍化してきた。

 「スタートアップ企業」への待望論はいつにも増して強い。

 フライ江原とエアロKは地方空港を拠点としている。新会社ができることで雇用が増える。地方空港の利用客が増えれば、地方経済の活性化にも期待できるとみているのだ。

 外国人観光客の訪問者数、韓国人の出国者数がこれだけ毎年増えているのだから、航空産業は確かに成長分野であることは間違いがない。

 政府もこれを後押しする姿勢だが、最近、新空港建設も韓国で話題になっている。

 韓国政府は1月末、総額24兆ウォン相当の公共事業について、手続きを簡素化して執行することを決めた。

 「地域均衡発展のため」という説明だが、景気対策であることは明らかだ。

 この事業の中で、エコノミストの間で「あれ?」という声が上がった案件がある。

 韓国中西部の埋め立て地に「セマングム空港」を建設するという内容だ。問題はすぐ近くに「群山空港」があるということだ。

 群山空港は、LCCの1社が拠点としているものの利用客が伸び悩み、赤字体質が続いている。そのすぐ近くに新空港を建設するという計画なのだ。

 この計画を打ち出した直後の2月13日文在寅ムンジェイン1953年生)大統領は釜山を訪問し、釜山西南部に新空港を建設することを検討することを示唆した。

 釜山など韓国南東部には、金海(キムヘ)空港などがある。

 しかし、航空需要の急増で手狭になっている。このため数年前から、周辺自治体や経済界から、新空港建設要望が相次いでいた。

 各自治体は猛烈な誘致合戦を繰り広げた。

 朴槿恵パク・クネ1952年生)政権の時に、釜山より北に位置する大邱(テグ)地域に軍と民間で共同利用する大邱統合新空港の建設が決まった。

 さらに、釜山地域では、金海空港の拡張が決まっていた。

 しかし、釜山など地元自治体は、釜山西南部に新空港建設を引き続き求めていた。特に、釜山市長や慶尚南道の知事が相次いで進歩系に交代し、新空港建設の要望を強めていた。

 文在寅大統領の発言は、「約束」とまでは言えないが、一度は消えていた新空港建設論議に火をつけることは間違いない。

総選挙にらんだ措置との見方も

 LCCと新空港。いくらなんでも、それほどまでに航空需要が増えるのか。韓国紙デスクはさらにこう話す。

 「今の政権が発足してから5月で丸2年になる。政権に対する評価が本格的に始まる。政局はますます進歩、保守の対立が激しくなるが、どの政党も2020年春の総選挙に向けて動き始めている」

 「地域活性化とは、その地域での有権者へのアピールでもある。LCCや新空港構想は、そういう意味もある」

 LCCと新空港、どちらも、政局という強い追い風に乗っているようだ。

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