有名ハリウッドスターや世界各国のセレブリティが来日する際に訪れる場所がある。座席数は10席ほどという小規模店にもかかわらず、6年連続「ミシュランガイド東京」で3つ星を獲得し、世界中のグルメたちから“奇跡の味”と崇められている老舗鮨店「銀座 すきやばし次郎」だ。そんな店が出す鮨はもちろんのこと、80歳を超えてもなお現役の職人である店主・小野二郎氏の存在に魅了された当時25歳のアメリカ人監督デヴィッド・ゲルブによるドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」が公開される。

これが“奇跡の味”きらきら輝く美しい「銀座 すきやばし次郎」の鮨ギャラリー

 あのメトロポリタンオペラの総帥であるピーター・ゲルブの息子であり、幼少期から日本の鮨に親しんだというデヴィッド監督が、なぜ本作を撮ろうと思ったのか? そして厳しいイメージのある職人にどのようにアプローチし、カメラを向けることができたのか? さらにはアカデミー賞ノミネートからはずされた際の全米でのリアクションについて、デヴィッド監督に話を聞いた。

 「2歳でカッパ巻きを口にし、8歳ではウナギを食べました。ウナギを食べた話を同級生にしたら、皆から『キモッ!』と言われましたが、僕は鮨が好きで、大好物の鮨と大好きな映画というメディアをミックスしたらどうなるのだろうかと思うようになったんです」と鮨愛と映画製作への道のりを同時に語るデヴィッド監督。しかし長編映画製作は未経験であり、日本語も喋ることが出来ない。だがデヴィッド監督は自らイバラの道を選んだ。なぜならば、何よりもまして日本の鮨が好きで仕方がないからだ。「ドキュメンタリーは被写体に情熱がなければ撮ることは出来ません。だから僕は鮨を選んだんです。今回の映画を通して自分が最も気になる鮨、そして職人の世界をより知るという冒険が出来ましたし、僕にとって出来上がったこの作品こそ、最高のご褒美になりました」と完成に嬉しそうだが、異国の地での撮影は努力の連続だった。

 日本を訪れ、様々な鮨店を巡った。そこで出会った「銀座 すきやばし次郎」にショックを受け、鮨がテーマのドキュメンタリーという漠然とした考えを改め、この店にフォーカスを合わせることにした。デヴィッド監督曰く同店の鮨は「シャリとネタ、わさび、醤油のバランスが最高。提供されるタイミングも抜群で、素材、仕込みもパーフェクト。うまみ、温度、素材が鮨本来の味を際立たせている」という。そして劇中にも登場する料理評論家・山本益博氏がデヴィッド監督と二郎氏の間を取り持ち、念願の鮨ドキュメンタリー映画の製作が本格的に始動する。厳しい職人の世界に溶け込むためにデヴィッド監督は「日本人の礼儀作法を勉強し、朝は大きな声で『オハヨーゴザマス』と挨拶することを徹底しました。そして最大限のリスペクトを常に心に留め、早朝の築地を一緒に歩き、お昼は職人さんたちと同じ賄を頂く。店のチームの一員になろうと必死でした」と当時を振り返る。

 アメリカから一人で機材を持って来日、製作費もすべて自分の貯金から切り崩した。そのひたむきな姿勢と熱意が職人たちの心を掴み、職人であることへの思いをカメラの前で赤裸々に語らせることに成功した。「夢を追い求めた結果、完成した作品」という本作は、アメリカでは小規模公開からスタートしたにもかかわらず、口コミで評判を広げ、ドキュメンタリー映画としては異例のメガヒットを記録。アカデミー賞有力作品との声もあった。しかし残念なことに、ノミネートからは漏れてしまった。これにはアメリカの大手新聞社も紙面を割いて、選考方法に疑問を呈したという。デヴィッド監督は「そもそもアカデミー賞のドキュメンタリー部門は変なセレクションで悪名高いのです」と皮肉りながらも「僕の映画も含め、入って当然の作品も漏れました。ただ新聞でも抗議の声を上げてくれたので、もうクヨクヨしてはいません」と吹っ切れた様子だった。

 ちなみに日本では昨年末から映画「SUSHI GIRL」「デッド寿司」と鮨映画が立て続けに公開されている。特に牙の生えた寿司が人間に襲い掛かる「デッド寿司」は鮨の本場、ここ日本の製作作品である。予告編をチェック済というデヴィッド監督は「まったくクレイジーな映画だけれど、本編が物凄く観たいです。鮨映画がたくさん公開されるのはいいことだと思いますし、僕の映画と平穏に共存できるでしょうね」と数々の鮨の活躍に嬉しそうだった。

 映画「二郎は鮨の夢を見る」は2月2日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペースほかにて全国公開

映画「二郎は鮨の夢を見る」より「すきやばし次郎」のお鮨(C)2011 Sushi Movie,LLC