政権誕生時から取り沙汰されていたドナルド・トランプ大統領(以下トランプ)の弾劾の可能性が、ほとんどなくなった。

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 というのも、政敵と言っても過言ではない民主党ナンシー・ペロシ下院議長(以下ペロシ)が白旗を揚げたからである。

 11日付『ワシントンポストマガジン』のインタビューの中で、ペロシははっきりと「弾劾を支持しません」と否定的な態度を表した。

 「これまでメディア関係者に(弾劾について)明言したことはありませんでした」と前置きし、トランプを弾劾する意向がないことを告げた。

 だがそれはトランプロシア疑惑が消えたことを意味しない。ペロシの弾劾否定がすぐにトランプの身の潔白に結びつくわけではないからだ。

 ロバートモラー特別検察官による同疑惑の報告書はまだ司法長官に提出されていない。

 いまでも2016年大統領選でトランプロシア政府と共謀した可能性はある。むしろ、何らかの違法行為をしていた嫌疑の方が強いくらいだ。

 にもかかわらず、早々とペロシは1人で白旗を揚げてしまった。

 報告書の内容によってはトランプを窮地に追い込める可能性が残っており、民主党リベラル議員や左派勢力は弾劾を諦めていない。

 ペロシは下院議長という立場であることから、弾劾手続きを進めた場合、議員の意見を調整する責任を担う。

 実際の審議は下院司法委員会からスタートされるが、少なくとも下院議長としてトランプ弾劾の流れを作るのがペロシだった。同誌インタビューで述べている。

 「弾劾は国家を分断させます。やむにやまれぬ証拠があったり、圧倒的と言えるような超党派の力で弾劾を推し進められない限り、すべきではないと考えます」

 この発言を聞いて、トランプはどれだけ喜んだことだろうか。

 ほとんどの共和党議員は目の前にあった障害物が突然なくなったことで胸を撫でおろしているに違いない。何しろトランプにとって、2020年の再選に向けての最大のハードルロシア疑惑だったからだ。

 ペロシはこれまで、トランプ大統領としての資質に欠けているばかりか、思想的にも政策的にも米国にとって好ましい指導者ではないと述べてきた。

 できれば罷免したいとの思いが心中にあっても不思議ではない。

 ところが弾劾が与える悪影響を重視した。

 連邦下院で弾劾法案を可決できたとしても、上院の裁判で3分の2以上の賛成票を得てトランプを罷免することは実質上無理があることを、ペロシは熟知している。

 上院は共和党が主流派であり、造反者がでたとしても3分2以上の賛成票は無理である。

 米史上、弾劾で罷免された大統領が1人もいない点を考慮しても、弾劾の難しさが分かる。

 リチャード・ニクソン大統領は弾劾手続きの途中で辞任し、ビル・クリントン大統領は上院で罷免を免れた。

 ペロシは無理に弾劾を推し進めると、議会の審議時間が取られるばかりか、メディアを含めて米社会の分断がこれまで以上に深まることを危惧した。

 現行の弾劾プロセストランプを引き込めたとしても、トランプは生き残るのだ。

 その結果、トランプは勝者であることを誇示でき、政治的に優位な立場につく。

 それでなくとも大統領選は現職が有利であるため、罷免できない弾劾裁判を長期間にわたって行う利点を見出すことはできない。

 シカゴ大学のチャールズ・リップソン政治学部教授はペロシの判断は政治戦略からきていると分析する。

 「ペロシが弾劾を求めない判断をしても、弾劾というドアが完全に閉められたわけではないです。やむにやまれぬ証拠がでてくれば可能性はあります」

 「ただ政治的に熟考された明敏で戦略的な決断でした」

 それは取りも直さず、トランプの罷免は不可能であることを意味している。弾劾裁判を進めてもマイナス面の方が大きいということだ。

 それではペロシが白旗を揚げたいま、下院の民主党議員たちは彼女に追随するのだろうか。

 結果から述べると、分断しているのが現状だ。白旗を支持する議員もいれば、反旗を翻す議員もいる。

 一般的に、法案の賛否の段階で下院議長はかなり強い力を持っている。

 「かなり」と述べたのは、米議会では日本のような党議拘束がないため、議員が独自の判断で投票する権利があるためだ。

 党のトップに反対する形で投票をすることは米国の日常でもある。

 しかしトランプが発令したメキシコ国境の壁予算を盛り込んだ非常事態宣言の採決では、民主党議員たちはペロシの下で団結して否決した。

 それでも今回の「弾劾せず」のペロシの判断は党内を割ることになってしまった。

 ペロシの考えに反対する代表格は下院金融サービス委員会マキシン・ウォーターズ委員長だ。米テレビMSNBCでこう発言している。

 「(弾劾については)モラー特別検察官が決めるのではなく、連邦議会が決めるべきなのです。トランプが憲法を冒涜していることは明白で、弾劾の必要があると信じています」

 ペロシの顔色などうかがう必要がないといった強い口調である。トランプの弾劾こそが民主党議員の使命であるかのような態度を崩さない。

 一方で慎重派もいる。下院でペロシとならびキーマンと呼べる下院司法委員会ジェロルド・ナドラー委員長がそうだ。

 ペロシの言うように「国家を2分することはよくない」と述べながら、弾劾すべき証拠が出揃った時には「やらなくてはいけない」と、やや日和見的な態度でいる。

 実は過去2年間、下院ではトランプを弾劾するための法案・決議案が何本も提出されてきた。しかし可決されていない。

 反トランプの立場にある民主党議員ですら「トランプ弾劾」では、党内がまとまっていないのだ。

 しかもマラー報告書が司法長官に提出されても、内容は全面公開されない予定で、トランプの違法行為が詳述されていたとしても今後の見通しははっきりしていない。

 それは取りも直さず、トランプの思う壷ということである。

 弾劾をかわし、民主党を分断させて来年の再選で勝利するというシナリオが、トランプの中で組み立てられているということでもある。

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