公立福生病院で発生した「透析停止」について、ローカルな医療現場がカルト宗教同様の閉鎖的な価値判断によってガイドラインから大きく逸脱していた問題を扱う予定でした。

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 しかし、ニュージーランド南島、クライストチャーチで極めて大規模な「テロ」が発生してしまい、そちらの問題を先に取り扱うことにしました。

 透析問題も前後しますが、必ずきちんと扱いますので、しばらくご猶予をお願します。

 さて、いまだ事件発生直後で、内外報道も混乱しているため、まず分かる範囲の事実を確認するところから始めたいと思います。

事件を「テロ」と呼ぶべきか
「ホワイト・ジェノサイド」の潜在リスク

 3月15日の午後、日本時間では午前にあたりますが、ニュージーランド南島の主要都市クライストチャーチ(Christchurch)の2か所にあるモスクで連続する銃の乱射があり、少なくとも49人が死亡、20人以上が重軽傷を負う発砲事件が発生しました。

 現行犯で逮捕されたオーストラリア人男性、ブレントン・タラント容疑者(Brenton Tarrant=28)は、後述するようにネット上に大量のヘイト「クソカキコ(shit-posting)」を残しています。

 犯人はまず、クライストチャーチ中心部にあるディーン通り、公園(South Hagley Park)に隣接するアルヌール・モスク(Masjid Al Nool)を襲撃。

 正面入り口から銃を乱射して、裏口や窓から逃げようとする人々を狙い、まだ生きていると判断される被害者を執拗に銃撃、20分ほどの襲撃によってここで60人以上が被害に遭い30人以上が犠牲になったとみられる、と報道されています。

 次に犯人は第2の犯行現場「リンウッド・モスク」に移動します

 多くの報道が全く触れていない、これらの犯行現場の立地について少し補足してみましょう。

 第1の現場はクライストチャ―チの町の中心部にある公園に隣接し、公園内にはスポーツ施設などアミューズメントと緑があふれ、市民の憩いの場になっています。

 公園の中をエイヴォン河が流れ、直ぐ近くには博物館、植物園、また「クライストチャーチ病院」などが立地するエリアモスクもまた所在し、そこが銃撃されました。

 日本で考えるなら、例えば東京の代々木公園や日赤医療センターなどが並ぶエリアが連想され、確かに東京でもそのエリアに、モスクが所在しています。

 全く関係ありませんが、モスクのそばには警官が常駐しているエリアがあります。安倍晋三首相の私邸があるためだと理解しています。

 そのすぐ北に東京大学教養学部のキャンパスがあり、筆者はこのあたりを日常的に通過して土地勘があるため、例として挙げました。

 クライストチャーチの銃撃犯がどのような経路を通って第2の襲撃現場に移動したかは、現地からも国際紙にもまだ詳細の報道がありません。

 ニュージーランド第2の都市で、南島最大の人口を擁する市の中心には、英国国教会「クライストチャーチ トランジショナル大聖堂」が建っています。

 クライストチャ―チの名そのものは、オックスフォード大学のクライストチャーチ・カレッジに由来するものですが、街の真ん中には間違いなく「キリスト教の教会」が位置し、観光名所にもなっています。

 今回の襲撃犯人は、大聖堂を囲むように真四角に広がる中心部エリアを抜けて、東部まで移動しました。

 第2の標的となってしまったのは、大聖堂の東側のエリアを斜めに走る大通り、リンウッド・アヴェニューに面して所在するリンウッド・モスク(Masjid Linwood)で、ここで少なくとも10人の犠牲者が出たとされています。

 2つの現場の距離は直線で4キロほど。この程度離れた2つの犯行現場の間を犯人が移動できてしまったことも、追々、再発防止の観点から検討されることになるでしょう。

 仮に東京で考えるなら、代々木公園から東に4キロ、神宮外苑や東宮御所を抜けて赤坂、溜池あたりまで移動して、第2のモスクを襲撃した程度の移動距離になると思います。

 実際、六本木にもモスクは存在しており、安倍首相の私邸から国会議事堂前あたりまでの距離をこの犯人はフリーハンドで移動したことになると考えると、等身大の距離関係が把握できるように思います。

 もちろんニュージーランドの警察当局も直ちに非常線を張り、犯人の身柄を確保、その他3人の逮捕者があったと報じられています。

 日本の3月16日時点でその中の1人は、武器を携帯していただけで事件とは無関係であったと報じられています。

 当局の非常線をクリアして犯人が移動していた可能性が察せられ、土地勘のある者が、計画的に犯行に及んでいる可能性が察せられるように思います。

 ニュージーランド政府は、今回の事件を計画的な「テロ」と表現していますが、中東由来、「イスラム原理主義」などとの関係で手垢のつきすぎた「テロ」という言葉を用いることには、やや抵抗感があります。

 「テロリスト」としてマークされる、というような場合、中東出身者がターゲットになる場合が非常に多い現実がある半面、今回のように完全にイスラム教徒が被害者であるようなケースに、「同じ表現を使うべきか?」という国際社会の反応があるように思われます。

 海外の報道の中では「ホワイトジェノサイド(白い大量殺戮)」と言う表現が、最も実相に即しているように思われましたので、本稿ではこの表現を採用したいと思います。

「大置換」ホワイト・ジェノサイドの「クソカキコ」

 今回の犯行が計画的なものであると直ちに判断されるのは、襲撃の実行犯のものと思われるSNS上の「犯行宣言」マニフェストや、犯人自身による襲撃の模様の動画配信など、ありうべからざるメディア濫用が並行していることによります。

 現行犯逮捕されているブレントン・タラント容疑者によるものとみられるSNS上には、PDFにして74ページにも及ぶ「The Great Replacement」と名づけられた長大な声明、マニフェスト(Manifesto)が公開されています。

 そこでは「自分はごく普通の白人である」としながら、およそ「普通」とは言い難い内容が縷々記されています。

 スコットランドアイルランドルーツを持ってオーストラリアで生まれたタラント容疑者は、社会的には低所得の階層で育ち、2011年に大学を卒業するとフィットネス・ジムで働きながら、東南アジア北朝鮮などへ旅行もしていたようです。

 犯行声明のタイトル「The Great Replacement」は、直訳すれば「大置換」、偉大なる置き換えなどと解釈できますが、内容は「Replacement」というより「Removal」(除去)、ないし「Extermination」(根絶)に近い、移民に対する偏見とヘイトの感情に満ちています。

 「白人社会(white race)への侵略者(invaders) であるところのムスリムへの大量殺人」を正当化する<ごく普通の白人>の論旨、まさにホワイトジェノサイドとしか呼びようのない蛮行に付随して、文字と音声動画で、あり得ない情報発信ないし情報汚染がなされていることに注意する必要があると思います。

 回転ずしチェーンなどで発生した「バイトテロ」に関連して、私がアルバイターの就労状況に第一に言及しないという読者リアクションがありましたが、今回の事件と並置すればその意図は明らかと思います。

 オーストラリアニュージーランドで、白人低所得層がどのような状況にあるか、またそこへのムスリム移民が、雇用を中心にどのような不安感を与えているか、は、今回のような事件を正当化するいかなる根拠にもなり得ません。

 そもそも「invader」というのであれば、オセアニアに入ってきたコーカソイドの白人こそ、まったき客種というべきで、アボリジニからすれば「インベーダー」そのものと言うべきかもしれません。

 沿海州やサハリン、カムチャツカ半島にロシア人が存在するのも、たかだか200年強の話であって、「元来だれそれの土地」式の議論は、米国の現状を筆頭におよそ成立するものではありません。

 今回の容疑者に関しては、低所得層というよりも、その「Shit-Posting」の内容から如実な知的レベルの低さ、その原因となった可能性のある教育の水準に大きな問題があるように思われます。

 日本語にもネットの俗語で「クソカキコ」というものがありますが、今回の容疑者の「Shit」(クソ)のような SNSへの莫大な「Posting(投稿)」の問題、社会心理的な病理を指摘しておく必要があると思います。

 「ネトウヨ」「ヘイト」などといった表現で日本国内でも同様の傾向は明確に確認され、決して他山の石とすべきものではないと思われます。

 意味のないシュプレヒコールでも、何千回、何万回と呼号すれば、いずれは何となく常識のようになってしまう。「Shit-Posting」の主要な「戦略」はそこにあります。

 知性を軽んじ、合理性を否定し、もっぱら嫌悪などの感情に訴えてまともな議論が成立しないようにする、こうした濫用(abuse)が、このようなありうべからざる暴力と隣り合わせである事実に注意する必要があります。

むしろ考慮すべき「相模原」との近親性

 国際社会のリアクションとして、今回の大量殺戮を2011年7月22日に発生した、ノルウェーの大量殺人事件と対比するものが見られます。

 日本は銃器の携帯も許されておらず、仮にヘイトがあったとしても、このようなリスクを懸念する必要はないと言えるでしょうか?

 直ちに想起されるのは、相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で発生した大量殺人事件です。

 もちろんこの事件は移民に対する嫌悪とは異なりますが、弱い対象を嫌悪と排撃のターゲットとする「Shit Posting」的なメンタリティには、非常に近いものがあると指摘することが可能です。

 こうした犯罪が発生する、社会的遠因を放置してよい、などとは全く考えません。

 むしろ、アトキンソンやピケティの議論をもとに、格差軽減や貧困撲滅に私たちは研究室として長年コミットしてきました。

 だからこそ強調しなければならないと思うのです。

 社会的、経済的な背景となる問題は当然解決すべきであるけれど、こうした事件の再発防止に直接結びつくのは、もっと別の要素であるし、教育を含む多様な予防策、対抗策を講じていく必要があります。

 いまだ、あまりにも断片的な情報しかもたらされておらず、犠牲者の冥福を祈る心境以前の混乱した報道のなか、重要なのは、まずは早急な事態の収拾、負傷者の手当てや事件の捜査でしょう。

 同時に、冷静にことの本質を見極め、2次的な被害拡大を食い止め、再発を防止する根治の方策を検討することだと思います。

(つづく)

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「透析停止」と病状の死角 

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