昨年秋以来、土曜日ごとにフランス各地で繰り広げられる抗議デモ「黄色いベスト運動」への「回答」としてマクロ大統領が1月中旬に始めた全国各地の国民との「対話集会」行脚が3月15日、終幕を迎えた。

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 世論の吸い上げという点で一定の効果があったかに見えたが、翌16日には、デモに便乗した激しい破壊活動が再発。パリの目抜き通りシャンゼリゼは大荒れとなった。5月下旬の欧州議会選挙を前に欧州連合(EU)加盟国に広がる「反EUのナショナリズム」に戦いの狼煙をあげたマクロン氏だが、足元では抗議の炎がくすぶり続けている。

 仏内務省によると、16日のデモには約3万2300人が参加。初回の約28万2000人に比べ、その数は1割強にまで縮小した。だが、破壊活動の激しさは、凱旋門に傷が付くなどした12月1日を彷彿とさせた。1500人超とみられる破壊者集団がシャンゼリゼ通りに結集。カルティエオメガスワロフスキーといった高級ブランド店やブティック、19世紀以来の伝統を持つ高級ホテル・フーケツの有名なブラッスリーやスターバックスなど90軒以上の店舗で暴行を働き、商品を略奪し、放火するなどの行為に及んだ。

 メンバーの一人は仏テレビに「高級店オーナーたちは生活に困っていない。襲撃は仕方ないだろう」とうそぶいた。カルティエの店舗壁面には「また来週!」と再度の襲撃を予告するような落書きが残された。「社会正義が暴動を正当化する」との落書きもある。地元経済界幹部は「年商の3~4割が破壊行動によって失われる」と悲鳴をあげる。路上では警察や機動隊の車両、新聞スタンド郵便ポストなどが破壊・放火された。デモ隊と治安部隊が衝突する場面も相変わらず。検挙されたデモ参加者は144人に上った。デモ隊の42人、治安部隊の17人、消防隊の1人が負傷したという。

「対話」行脚には好印象

 11月中旬、最初のデモに28万人以上が参加した時、マクロン氏はその規模に衝撃を受け、一時は引きこもりに近い状態になったと伝えられた。だが、それから18週間。3月16日の週末は、外遊先のアフリカから戻ってピレネー山脈でスキー休暇を取っていた。2カ月の「対話」の成果に自信を深め、リラックスしていたに違いない。世論懐柔策として1月中旬から全仏を回り、「対話集会」を重ねてきた。支持率は回復し、昨年12月のイフォップ社の調査で23%に落ち込んだ数字は3月上旬、28%に回復していた。

 マクロン氏は地方へ出向き、国民の声に耳を傾け、自らの政策を雄弁にアピールした。本人は不在でも、大統領に賛同して地方自治体の首長らが主催した集会は約1万回にのぼる。コミューン(日本の市町村に相当)役場などの窓口で住民に要求や提案を自由に書いてもらう「嘆願陳情書」はノート約1万6000冊分に達した。国民がインターネット経由で政府に出した意見や要求は約150万件。草の根の声を集める官製世論調査というべきプロジェクトだった。

 国民の意見は多岐にわたる。「田舎から消えた医療、行政サービス、商業施設を復活してほしい」「減税で生活を楽にして」「年金生活者から社会保障税を徴収するな」「公共交通機関の拡充を」「燃料税は廃止を」といった生活に直結した訴えは多い。「租税回避の取り締まりを強化せよ」と富裕層への反感を込めた声や、「国民が直接発議する国民投票の導入を」「大統領の罷免手続きを定めよう」「国会議員の定数を減らせ」「比例代表制を導入せよ」「上院はいらない」といった政治制度にまつわる意見もかなり出た。

 住民対話も活発だった。税制、気候変動対策、民主主義といったテーマで議論が行われ、参加者の声はそのまま政府あての資料に記録された。抗議デモの引き金となった燃料税は「大きな航空会社から徴収すればいい」などの声が出た。「必需品を付加価値税(日本の消費税に相当。フランスでは価格の20%)の課税対象から除外して」「高級官僚や公務員の給料を公開せよ」「国の予算で運営されるテレビ局の記者たちはジャーナリストといえない。予算を減らせ」「警官の給料を引き上げて」などの声も強く、フランス人が共有する「平等」「社会正義」といった観念の健在ぶりも浮き彫りになった。

 自らの国が抱える課題を近所で話し合う、民主主義の実践そのものだった。デモのスローガンに「指導者が国民から遊離している。マクロンは辞職せよ」という要求があったことを踏まえれば、政権が住民に政治参加の機会を提供したことは道理にかなっていた。

 マクロン氏にとってのメリットも多かった。出張先まで大統領を追うメディアへの露出が増え、国民と語る姿をアピールできた。「力強いが尊大な男」との人物評がついて回る中、イメージアップの効果も多少あったはずだ。ネットを通じた政府への提案は、マクロン支持層の多くの人から回答が寄せられたことが世論調査会社の調べでわかっている。「対話」がマクロン氏の支持基盤を結束させる効果もあったといえるだろう。

問われる「成果」

 だが、裏を返せば他政党への広がりには欠けたことを意味している。オランド大統領を支えた社会党からはマクロン氏のメディアへの露出ぶりに「5月下旬の欧州議会選挙に備えた運動か」と皮肉る声が出た。「議員や労組代表の頭越しに有権者と直接取引している。民主主義の骨抜きだ」と嫉妬するような声も政界から上がった。さらに、多くの自治体で、参加者の大半が50歳代以上だったと報告されている。子育て世代や若者の声が吸い上げられたかどうかはわからない。

 デモのそもそもの出発点は地方住民の「生活苦」だった。人々の台所の苦しさが解消したわけではない。支持率が多少回復しても、中間層の生活苦を改善する「成果」をもたらさない限り、抗議の火はくすぶり続ける。そんな認識を、地方自治体の多くの首長や国会議員らは抱いている。なかなか収束しないデモと、付随する暴力の拡散が、それを証明している。

 炎上し、黒煙の上がるシャンゼリゼの16日の映像をスキー場で見たマクロン氏は、ツイッターに「さまざまな手を打ってきたが、まだやることがある。早い時期に再発防止のための強力な措置を取る」と書き込んだ。野党勢力が「政権の失態」を批判する中、翌17日には休暇を切り上げてパリへ戻り、フィリップ首相や担当閣僚らとの緊急対策会議に臨んだ。会議後、首相府は「16日の破壊行為を予測できず、暴力も封じられなかった。分析の結果、対策が十分でなかったことがわかった」との声明を出し、失策を認めざるを得なかった。政府は治安対策の強化に乗り出すが、仏メディアには、2カ月の対話行脚でマクロン氏は一定の地歩を築いたが、パリの炎によって「政局は元の鞘へ戻った」(ル・モンド紙)との辛辣な評価もある。

照準は欧州議会選へ

 努力が水泡に帰すかのような事態の展開にマクロン氏は内心、苛立っているはずだ。目下の最大の懸案は、5月下旬にEU加盟国で一斉に行われる欧州議会選挙である。排外主義の極右やナショナリスト国家主義)、あるいは権威主義体制を指向する政治勢力が「反EU」を掲げて各国で台頭しており、第2次大戦後の欧州で政治を動かしてきたキリスト教民主主義社会民主主義、自由主義の既成主要政党が持っている議席を相当程度奪うとの懸念が強まっているためだ。

 EU政治の心臓部は加盟国による合議と執行機関の欧州委員会だが、欧州議会もEUの意思決定過程では不可欠の機関である。そこで反EU勢力の力が増すことは、EU全体の機能不全を招きかねない。

 マクロン氏は3月5日、EU加盟国の28のメディアに寄稿し、欧州が直面する危機に対処するための「抜本改革」を呼びかけた。その詳細は次稿に譲るとして、マクロン氏の行動は、欧州の運命を左右しうる極めて貴重な存在となりつつある。EUで独仏伊に次ぐ4番目の経済規模を誇り、EU予算の1割強を拠出してきた英国は、いずれEUを離脱する。イタリアは排外主義の極右「同盟」とポピュリスト政党「五つ星運動」の連立政権が「反EU」の牙を剥き、「親EU」のマクロン氏の足を引っ張るかのように「黄色いベスト運動」への支持を煽っている。求心力を体現してきたメルケル独首相は、与党党首の座を後進に譲り、影響力低下は隠せない。

 旧東欧に目を向ければ、ハンガリーポーランドルーマニアといった国々では、政権が野党やメディア、市民団体を抑圧し、司法を統制するような反民主化・権威主義化に傾斜している。欧州全体が世界の勢力図で地盤沈下しつつある時代にあって、マクロン氏だけがEUを鼓舞する旗を振り、賛同者を募り続けているのだ。

マクロン氏もポピュリストか

 マクロン氏の立ち位置は、17年大統領選に勝利した時のそれと変わっていない。「反ナショナリズム」「左右の既成政党に属さない新たな政治勢力」「親EU」「親グローバリズム」は彼のブランドである。だが、「黄色いベスト」に直面して100ユーロ超の財政出動を決め、その政策運営にポピュリスト的な側面が加わったのも事実だろう。

「仏企業や欧州のグローバル市場における競争力の向上やEU統合深化などの経済・外交課題にさえ取り組んでいればよく、人々の困窮にはあまり耳を貸さない」。そんな印象を仏国民が抱いたからこそ、「マクロやめろ」の抗議デモは起きた。財政出動や対話集会は必要な路線修正といえる。

 だがその抗議デモは、完全には収束しそうにないばかりか、今や暴力的なイメージが先行しつつある。生活者集団を代弁するはずの「黄色いベスト」運動の参加者と、「破壊者たち」を切り離すため、フィリップ首相は18日、破壊者が混じったデモを禁じる方針を発表したうえで、警察幹部を更迭した。だが、それが真の「対策」となるのか、心許ない。

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