アニメーション映画監督の高畑勲さんが亡くなってからおよそ1年。監督がこの世を去った今も、遺された作品は全く色あせていない。ドイツにおいても高畑作品の人気は健在で、特に『火垂るの墓』は複数のドイツメディアで「カルト映画」と評されるほどの支持を集める。

同作品に対する支持の高さは、映画批評サイトやアマゾンの購入者によるレビューにも表れており、「今までに見た映画の中で抜群にいい作品」「これまでの映画で最も感銘を受けた作品」という意見が並ぶ。一部には、映画の内容ゆえに「(筆者注:鑑賞するのは)一度だけで十分」という声や「子供たちがあまりにもかわいそうで最後まで見られなかった」という声もあるが、作品自体に対する批判は見当たらない。

日本での公開から30年以上を経た現在でも、『火垂るの墓』がドイツで繰り返し見られるのはなぜか。ドイツ語圏において同作品の版権を管理する会社カゼの担当者、ダニエル・オットーさんに話をうかがった。


火垂るの墓』に関わることは名誉
カゼは2002年にドイツ語圏で初めて『火垂るの墓』をDVD化して以来、これまでに何度も特別版を発売している。昨年11月にもコレクターズキャンディーボックスエディションを出したばかりだ。オットーさんは、同社が『火垂るの墓』のDVD化を決定し、今にいたるまでこだわる理由をこう話す。

「『火垂るの墓』は私たちの会社を代表する作品のひとつです。アニメという気軽なスタイルと、重くて心を揺さぶる、考えさせる内容をこれほど見事に両立させた作品を私は他に知りません。この作品をドイツで紹介できるのは、私たちにとって非常に名誉なことです。商品のできあがりに関しては、何年もかけて試行錯誤しました。通常版、デラックス版がありますが、デラックス版には原作や製作秘話などの特典を付けました。サクマ式ドロップスの缶のデザインを模した最新版のDVD、ブルーレイケースは、佐久間製菓さんにも喜んでいただけました」(オットーさん)


世代も国境も越えて受け止められる『火垂るの墓
オットーさんによると、高畑監督の知名度の高さとも相まって、『火垂るの墓』はドイツでも世代を問わず受け入れられているそうだ。

ドイツでは、本作品の対象年齢は6歳以上と指定されています。幼い子供には難しいかもしれませんが、10歳ぐらいになれば『火垂るの墓』の内容も深さも十分に理解できます」(オットーさん)

オットーさんは『火垂るの墓』が持つテーマについても言及する。

「同アニメーションは普遍的であるがゆえに、(筆者注:DVD化に際して)購買層を定めるのは不可能でした。そうでなくても、これほどの傑作に対して『購買層』や『市場価値』という基準を当てはめるのは、あまりに商業的で短絡的です」(オットーさん)

「普遍的なテーマ」は、『火垂るの墓』がドイツの観客を魅了するもうひとつの理由だ。

「歴史的な事実や背景を知らなくてもこの作品のメッセージは伝わります。紛争地帯で生きる一般市民の苦しみを想像すれば、2人の主人公の運命も全世界共通の寓話として理解できるでしょう。第二次世界大戦時の日独の立場や両国の子供をめぐる状況が特別に似ていたことと、『火垂るの墓』が現在もドイツで深く理解されることに直接関係はありません。これは国も世代も越えて全ての人に語りかける作品です」(オットーさん)


残酷な物語の中に美しさを見出すドイツの視聴者
ドイツでは同作品に美しさを見出す人も多い。ベルリン市内にある日本アニメ専門店のスタッフの話では、『火垂るの墓』を見た人は口をそろえて「美しい物語だ」と言うそうだ。

映画批評家のヤニス・エル=ビラさんも、ムービーマツェ(現キノ・ドット・デーエー)に寄せた記事において、節子がドロップを口に入れる時の目や兄妹が蛍を捕まえるシーンを「作品における美しさの象徴」と表現する。そして「映画の中で最も暗澹たる瞬間は、美しさと残酷さが衝撃的な共存関係を結ぶときだ」と述べる。

国や世代の隔たりを越えて見る人を惹きつける『火垂るの墓』。ドイツにおいても作品が伝える反戦のメッセージは重く受け止められ、メッセージの重要性は年々高まっている。
(田中史一)