〈「己を殺す」ということは、ひとつの美徳と考えられている。〉

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 これは、日本を代表する臨床心理学者、河合隼雄氏の著書『こころ処方箋』(新潮社)の「己を殺して他人を殺す」という章にある一文だ。

 日本人の、他人になるべく迷惑をかけまいとする、そして“和”を大切にする心につながっていると思われる。自分ががまんすることで他人に迷惑をかけなくて済むならば・・・、和を乱さずに済むならば・・・、そう思って生きているのが日本人でないだろうか。

 一方、中国では、“和”を乱さないために己を殺すという考えは、理解されにくい。一般的にはむしろその逆で、“和”より“個”を重んじる傾向にある。

自分の意見より“和”を重視

 そんな日中の違いは、とりわけ集団で何か1つのことを実施することになったとき、顕著に表れる。

 例えば、グループチャット。筆者が住む上海では、中国版チャットアプリ「微信(ウィーチャット)」が広く利用されている。日本でのLINE同様に、必要に応じてグループチャットが作られ、1つのグループチャットが数十人、数百人で構成されていることも珍しくない。筆者も、上海に住む同郷人、同じ習い事の生徒、親しい友人たちのほか、子どもが通うスポーツクラブ、学校関係など、さまざまなカテゴリーグループチャットに参加している。

 このグループチャット内の討議の様子が、参加メンバー日本人中国人かで大きく違う。

 主に日本人で構成されるグループチャットの場合、何か提案があった際に割とスムーズに結論が出ることが多い。よほどでないと、反対意見を出す人がいないからだ。

 参加メンバーは何か言いたいことがあっても多少のことには目をつぶり、「まあいいか」と譲歩するのだろう。また、何か疑問点や意見があれば個別で相談するなどの方法を採る人が多いようだ。グループチャット内で嫌な雰囲気が流れたりすることは、ほとんどない。基本的には皆が一様に協力的で、常に温和な雰囲気で物事が決められていく。裏を返せば「自分の意見を率直に述べていない」ということにもなるのだろうが、“和”を重んじる日本人らしいと言える。

解散に追い込まれたグループチャット

 ところが主に中国人で構成されるグループチャットの場合、そうはいかない。

 筆者の子どもたちが通う現地の小学校では、クラスごと、国英数の教科ごとに(上海市の小学校では教科ごとに担当教師がいる)微信のグループチャットがある。それぞれ担当教師と子どもの親たちで構成されており、その教科関連の連絡事項はほぼすべてこのグループチャットを通じて伝えられる。

 担当教師からは、各教科のテストの成績、宿題の完成度などについての連絡もある。これらに対して皆がかなり自由に発言するし、「個人的に聞けばいいのに」と思ってしまうような質問も、構わずグループチャットに寄せられる。

 自分の子どもいじめられたとして、別の子どもを名指しで批判する人もいれば、自分のビジネスを宣伝する人がいたりもする。

 中でも日本人主体のグループチャットと最も大きく異なるのは、「皆さん、どう思いますか?」といった問いかけに対し、皆が自分の意見を誰にも遠慮することなく言うところだろう。ようやくまとまりかけたところに、今まで発言していなかった人が突然、これまでと方向性の異なる意見を言い出すことも珍しくない。そのため、結論を出すのに時間がかかる。

 何十人もいるグループチャットで突然ケンカが始まったこともある。面と向かって会話するのとは違い、文字での表現は誤解を招きやすい。勘違いが勘違いを呼び、突然怒り出す人が出てきて、その結果、グループチャットは解散に追い込まれた。

 また、あるグループチャットでは、ちょっとしたトラブルがきっかけで相手を陥れようとする人、相手のプライベートを暴露する人が現れ大騒動になったこともあった。プライバシーも何もあったものではない。そのグループチャット内の人間関係は、後戻りできないところまで決裂してしまった。

 結局、やはりグループチャットを解散することで騒ぎは終結したものの、ことの顛末を静観していた筆者としては、グループチャットの恐ろしさを改めて思い知らされたものである。

 これらはすべて、相手のことを思いやる気持ちや、“和”を大切にする心が働いていないために起こったことだと言える。

皆の前では「自分を殺す」日本人

 日本人グループチャットでは、「こういう意見がありますが、皆さんいかがですか?」という問いかけがあった場合、ほとんどの人が賛同するのではないだろうか。たとえ反対意見を持っていたとしても、その場で「私は反対です」と主張する人はそうそういないはずだ。

 ただ、勇気ある誰かが反対意見を述べた場合に、「実は私もそう思っていた」と言う人が何人か出てきて、一気に反対派が多くなることもある。

 日本人グループチャットで面白いのは、反対する人が誰もいなくても、匿名で多数決を取ると意外に「反対派」が多かったりするところだ。つまり、皆の前では「自分を殺している」人が多いということだ。ネットなどでも、匿名になると特定の人を猛烈に批判する人がいる。普段、自分を殺しすぎていることの反動と言えるだろう。

こころ処方箋』にはこうも書いてある。

〈特にわが国では、他と協調すること、他と変わったことをしないこと、が尊ばれているので、どうしても自分を生かす生き方に難しさを感じるし、ついつい、自分を殺す生き方を選ぶのではないだろうか。〉

 中国人のように“個”を大事にしすぎると、自分は言いたいことを言ってすっきりするだろうが、他人を傷つけてしまう。一方、日本人のように自分を殺して、表面上だけ和を尊重する“ふり”をしても、苦しいのは自分だし、それを最後まで貫き通せなければ、やはり周りを傷つけてしまうことになりかねない。

〈己を生かすにしろ殺すにしろ、どちらも難しいことで、どちらがいいなどとは簡単に言えない。大切なことは、どちらか一方を美徳として規定してやり過ぎをしないことであろう。〉と河合氏は記している。この両極端な2つの国の良いところを、少しでも自分の中に取り入れることができればと思う。

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