(福島 香織:ジャーナリスト)

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 中国・四川省成都で最近起きた奇怪な騒動についてまとめておきたい。「成都第七中小学校における腐乱給食騒動」だ。

 日本の一部メディアも、腐った学校給食を食べさせられた児童がお腹を壊し、抗議デモを行った保護者と警官隊が衝突、といったあたりまでは報じていたかもしれない。だが、その後の「学校給食が腐っていた」というSNS情報事態がフェイクニュースだとする当局サイドの主張およびその顛末についてはあまり知られていないのではないか。中国におけるフェイクニュースの怖さを感じさせる典型的事件だと思うので、まとめておきたい。

下痢や血便の症状を訴える子供たち

 事件の発端は3月12日に中国のSNS「微博」に投稿された写真だった(下の写真)。その写真は、成都の第七実験中学小学校の学校食堂の冷凍庫にあった食材を写したもので、カビが生えていたり、肉の色が変質していたり、肉にゴミか小さな虫がついているようなものがあったり、あるいは鶏肉に硫黄がまぶしてあるようなものもあった。コメント欄には「こんなものを小学生に食べさせているのか?」「成都七中は成都市温江区直轄の教育機関だろう。ちゃんと現場の証拠を押さえてくれ」「前学期から子供たちは不調を訴えていたのに、学校側は改善してくれなかった」──などと書かれていた。

 このSNSはあっという間に拡散し、保護者たちの間で大騒ぎとなった。一部保護者たちは、食堂で大量の腐敗した食材が見つかったこと、食品添加物も大量にあったことなどを、匿名でネットメディアに証言していた。また保護者たちは自分の子供が下痢や血便の症状を訴えているとSNSで発信していた。

 SNSによると、食材の写真を撮影したのはその学校に通う小学生の保護者だった。1カ月ほど下痢や血便が続く我が子の健康に疑念をもった保護者が北京の医療機関で検査を受けたところ、傷んだ食材を食べたことが原因だと診断された。そこで、学校給食が原因ではないかと疑い、食堂のアルバイトに扮して食堂内部に入り込み、冷凍庫の中でこれらの問題食材を発見し、写真をとってSNSで告発したのだという。

 この学校の食堂を運営していたのは「徳羽後勤」という四川省の管理サービス会社だった。徳羽後勤は食材・給食の提供サービスをすべて急きょ停止し、保護者たちに向けて危険な食材など扱っていないという声明文を発表するなどの対応に追われた。地元の成都市温江区当局も学校に調査に入って対応すると発表、保護者たちの怒りを抑えるのに懸命だった。

 だが怒りを抑えきれない一部保護者たちは3月12日の夜から学校にやって来て、当局サイドが「証拠隠滅」を図らないように待機。このとき、誰かが学校食堂の冷凍庫から持ち出したという悪臭放つ食材をばらまき、保護者たちの怒りはさらにヒートアップした。

 翌日には、さらに多くの保護者が校門に押し寄せ、その規模は数百人にのぼった。保護者は政府当局者に対応に出てくるように要求。これに対し政府側は警官隊を派遣し、「唐辛子スプレー」でデモを鎮圧した。身柄拘束された保護者は12人とも報じられた。

 この暴力的な鎮圧風景がスマートフォンで撮影され、SNSにアップされたものだから、ネット上で当局サイドに対する批判の声が一斉に燃え上がった。SNSでは「学校給食問題は昨年もあった! まだ解決していないのか」「子供たちをいじめたうえに、保護者を鎮圧するのか? それでも人民の警察か? 良心を犬に食われてしまったのか?」といった激しい怒りの声が渦巻いた。

 第七実験中学はいわゆる「貴族学校」と呼ばれる宿舎制学校で、学費も年間3.9~5.9万元、中国の水準でいえば決してお安くない名門校であったことが、さらに保護者やネット民の怒りに火をつけた。

写真に写っていたパンのカビは「霜」だった?

 だが3月14日、事件は思わぬ方向に動く。警察が「ネット上の5件の“デマ”について捜査を行っており、少なくとも3人が容疑者として取り調べを受け、犯行を自供している」と発表したのだ。

 さらに15日に、学校の所在地である成都市温江区「市場管理監督局」がSNSを通じて学校食堂の立ち入り検査の結果を発表した。発表よると、18の食品サンプルおよび食堂の床掃除用洗剤を持ち帰り検査を行ったところ、食品については乾麺にカビ班がある以外、カビが生えたり腐敗したものはなかったという。同区の党委員会はとりあえず区の教育局長および市場管理局副局長を停職処分とし、取り調べを進めるとした。

 一方、地元警察はこの事件に関する「デマ犯」を逮捕したと発表した。17日、成都市政府がSNSを通じて、デマ犯とされる人物の自供映像を公表した。映像に登場したその人物は、「『成都七中実験学校食堂で腐った食材を食わせており、それには大量のアフラトキシンが含まれていて、生徒が長期に下痢をしてその父親が学校に抗議をしたすえ、飛び降り自殺した』というデマをネットに流した」と語っていた。目的は、人の注目を集めて社会に影響を与えることだったという。さらに、腐乱食材などの証拠写真などを準備することにも加担した、と“白状”した。

 こうした各関係部門の調査結果を受けて、3月17日に成都市聯合調査チームが記者会見を行い、「保護者たちがデモを起こした原因となる問題は全く存在せず、第三者によるフェイクニュースであった」と結論づけた。

 記者会見では、黄色に変色した鶏肉やカビの生えたパンなどは写真そのものがフェイクであったこと、3人の“保護者”が“挑発罪”などの容疑で取り調べを受けていること、保護者たちが児童の体調不良と食堂を関連づけたのは主観的憶測であり、腹痛を訴える36人の児童を診察した結果、食べ物が原因である可能性が排除されたこと、などが報告された。

 例えば、SNSで拡散された写真に写っていたハンバーガーのパンのカビは冷凍食品特有の“霜”だった。また、“硫黄がまぶされている”と指摘された黄色に変色した鶏肉は生姜粉が振りかけられたものであり、肉の表面に移っている虫のようなゴミのような斑点は、赤麹米が振りかけられたものだった、という。さらに学校食堂に取り付けられた監視カメラ映像も公開され、そこには何者かが忍び込み食材の“偽装写真”を撮っている様子が映っていた。

 温江区長の馬烈紅は、こうした発表後も保護者たちが発表を信用していないのを受けて、第七中実験学校食堂問題についてさらに正式に調査し、明らかになり次第発表するとした。同時に学校側は学校長を解任して、副校長を新学校長に就任させるとともに、学校改革を行うと約束した。徳羽後勤との給食のサプライヤー契約も解約となった。

 こうして学校腐乱給食事件は「フェイクニュース」ということで決着がつけられた。

保護者たちはなぜ怒り狂ったのか

 だが、本当にフェイクニュースだったのか? それとも当局が、問題を告発した保護者を“フェイクニュース”捏造犯にでっち上げたのか? 真相を疑う声は続いている。

 ある者は、この学校は2003年に冠城集団の出資によって建てられた私立校だが、この集団と成都市党委員会は利権関係があり、学校側と市側が共謀して事実隠蔽や捏造をしているのではないか、と疑った。またある者は、デマ犯の“自供”は警察権力が厳しい尋問によって嘘の自供をさせたのではないか、と怪しんでいる。

 中国では過去に大手乳業メーカー「三鹿集団」の「メラミンミルク事件」など大規模な食品安全事件が発生したとき、初期に事件そのものを隠蔽した事実があるからだ。

 また、身柄拘束を行い、弁護士もつけず厳しい取調べを行って、起訴前に「自供ビデオ」をメディアに流し、容疑者の有罪印象を世の中に刷り込むことでいくつもの冤罪を生み出してきたことも中国では周知の事実であった。

 さらに言えば、四川の教育当局の汚職問題や公立の学校給食の安全問題は古くから指摘されてきた。2008年の四川大地震のとき、一番安全であるべき小学校が跡形もなく倒壊しているのに、同じ場所にある政府庁舎は無事であった。小学校の建物が手抜き工事で建てられていたのだ。その背後に教育当局の汚職があると指摘され、保護者たちがその問題を告発しようとしたが、様々な方法で脅され、口封じされた。

 中国において「食の安全」問題は、いつの時代でも非常に大きな社会関心事だ。本来廃棄されなければならない病死豚肉や長期備蓄米の横流し問題、違法な農薬を使用した農産物や、使用禁止の食品添加物を利用した加工食品、猫や鼠肉を羊肉に偽装した偽装肉問題などが、今なおたびたび摘発されている。特に保存期間超過食品やアフラトキシン汚染の古米などは、大量の食事を安く提供しなければならない学校や工場の給食に流れやすい、と指摘されていた。

 中国の一般家庭の「食の安全」への関心の高さは一人っ子政策にも起因している。長き一人っ子政策の結果、各家庭は一家の未来を1人の子供に託さなければならなくなった。だからこそ、子供が口にするものの安全性には極めて敏感である。「食の安全」問題が多発しているところに、そうした中国ならではの食に対する高い安全意識が重なって、保護者たちは当局からの弾圧も恐れず集団抗議活動、デモを起こしたというわけだ。

 だが、いったんデモが起きれば、政府側は躊躇なく警察武力を使って鎮圧を図る。

 これは中国が抱える問題の縮図と言える事件かもしれない。

一党独裁体制が諸悪の根源か

 米国の国営放送局「ボイス・オブ・アメリカ」が、この事件の顛末について、こんな識者のコメントをとっていた。

「この事件が始まって、すぐ学校長の解任が決定され、董事長会が再編された。事件2日目で成都市委書記、四川省委書記が対応への支持を表明している。おそらく内部では、この件に関して十分な証拠を握っており、事態の深刻さを分かっていたのだと思う。だから迅速に対応し、世論が炎上するのを迅速に抑制した。しかし、目的は達成できなかった。学校はすぐにサプライヤーの後勤会社との契約を解除した。もしこの企業に過失がなければ、学校側が一方的に契約を解除できないだろう。これは食堂に問題があったことを十分に証明しているし、学校側もその問題をはっきり認識していたということだろう。さらに、この学生食堂は事実上の強制消費であり、学生側に選択の余地はなかった。権力による監督が欠いた状況で、食堂はやりたい放題だった」

「中国の現在の根本問題は中共の一党独裁体制であることだ。この制度のもとでは、市場は柔軟性を失い、本物の自由市場にはなれない。監督も柔軟性を持てず、誰もが監督管理できない状況が起きる。世論も柔軟性を失い、共産党が世論を完全に抑え込めば、民衆は自分の本音をいうことができない。さらに、政権が全部の注意力をすべて自分たちの権力維持にそそぎ、政権を脅かすすべての要素を攻撃するのに権力を用いる。この政権は数十年の間、国家や経済をいかに管理すべきかを学べていない。民衆の生活と健康に全く注意を傾けない。これが中国の一切の問題の根源である」

(YouTuber、「小民之心」)

「現在、社会全体が党と政府を信用していない。これはいわゆる“タキトゥスの罠”の状態だ。我々は事実に目をつぶりながら、学校にきっと問題があったことを知っている」

「この種の事件の背後には、だいたい地方の利益集団と中国共産党幹部の間の水面下の戦いがある。習近平の権威と地方利益集団はまさに対抗しているのだ。この事件の背後には成都の教育システムが腐敗の巣になっているという問題があろう」

「真相は表沙汰にならないだろう。この事件において、地方との戦いは司法、公安部門とさらにメディアを通して行われている。共産党中央幹部からすれば、問題を穏健にやり過ごし、大規模な抗議活動を引き起こさない方がよいということで、彼らもまた片目をつぶっている、水面下闘争とは非常にダークなものなのだ」

(在米作家、呉祚来)

互いに相手を信用しない中国政府と人民

 これは信頼がない社会の恐ろしさがよく分かる事件だろう。中国の人民は党も政府もメディアも信じていないから、自分たちでSNSを使い発信し、デモを起こして真実に迫ろうとする。

 一方、党や政府の側も人民を信用していない。そこで大きな社会不安に発展させないために、事実すらフェイクニュースにすることがある。本来ならメディアが事実を追求して明らかにすることで双方の不信を解決する機能を果たすのだが、中国ではメディアは党の宣伝機関にすぎない。

 さて日本はどうかというと、日本人は比較的政府広報を素直に信じていて、むしろメディアよりも信頼が厚いくらいだ。だが、そのおかげで日本のメディアは結構腑抜けている。記者の中には、事実を追うより、世論を誘導したり政局に影響を与えたりする快感に溺れているものも見受けられる。この隣国の状況は、日本のメディアに関わる者として他山の石にしなければならないな、と思うわけである。

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