世界的に続いている低成長・低インフレ・低金利からの出口が見えない。政策金利を引き上げる方針を明示していたFRB(米連邦準備制度理事会)は、経済の変調を受けて利上げを封印し、ECB(欧州中央銀行)も年内の利上げを断念した。日銀は昨年(2018年)後半に資産買い入れのペースを落としたが、それでも長期金利はずっとマイナスだ。

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 日本では、企業の貯蓄過剰が20年以上も続いている。資本主義は企業が金を借りて投資するシステムだから、企業が貯蓄しているようでは成長できない。この奇妙な状況は、世界金融危機後の一時的なものと思われていたが、最近の動きをみると今後も続くかもしれない。日本経済に何が起こっているのだろうか。

企業が政府にカネを貸す異常事態

 企業が貯蓄する現象は、下の図のように1998年から始まった。1997年11月に山一証券が自主廃業した後、金融危機で銀行が融資を回収し、企業倒産が激増したため、企業が過剰債務を解消するデレバレッジ(債務解消)が始まったのだ。

 これと裏表の関係で政府債務が激増し、企業の貯蓄を政府が吸収するパターンがその後も続いている。企業の貯蓄過剰は最大でGDP(国内総生産)の8%にも達し、これが銀行に預金されて国債の購入に回った。

 この因果関係をどうみるかは諸説あるが、2000年代初期までは明らかに銀行の不良債権処理が最大の原因だった。不良債権を清算するとき銀行が企業を破綻処理したため、それを恐れる企業が手元現金を増やしたのだ。

 その後、企業のデレバレッジによって2005年ごろには貯蓄過剰が終わったようにみえたが、2008年以降の世界金融危機で再び政府債務が増え、貯蓄過剰になった。このときは政府債務が増加して銀行が国債を買い、企業貯蓄が増えた。

 日本経済のマクロ的なバランスでみると、企業が資金を供給する「黒字主体」になっている状況では、政府がその資金を使うのは悪いことではない。問題はそれが一時的な不均衡なのか、長期的に続くのかということだ。

 需要と供給の一時的な不均衡は価格で調整されるので、資金需要が増えて物価が上がるはずだが、日本では物価が上がらない。それはかつて日本の特殊な現象だと思われていたが、今は世界的にゼロ金利になって「日本化」している。それはなぜだろうか。

長期停滞で「日本化」する世界経済

 今の世界的な需要不足は一時的なものではなく、構造的な長期停滞だ、というのがローレンスサマーズ(元アメリカ財務長官)の意見である。高齢化や生産年齢人口の減少は先進国に共通であり、生産性上昇率も落ちて潜在成長率が低下している。

 こういう供給力の衰えで潜在成長率が落ちていることは間違いないが、それだけでは低金利は説明できない。需要に対して供給不足になると、物価や金利は上がるはずだ。世界的に物価が上がらない原因は、消去法で考えると需要不足である。

 日本は1980年代世界史上まれな過剰債務を経験し、その反動で90年代から大幅なデレバレッジによる需要不足になった。2010年代には、世界金融危機後の米欧でデレバレッジが始まった。過剰債務の解消による長期停滞は、日本から始まったのだ。

 長期停滞の原因が一時的な需要不足ではなく長期的な投資水準の低下だとすると、金利では調整できない。企業がカネを貸して政府が借りる状況では、金融緩和には民間投資を高める効果はなく、日銀の量的緩和財政ファイナンスになるしかない。

 財政赤字を中央銀行が穴埋めする財政ファイナンスは、金融政策のタブーである。政府は紙幣を無限に印刷できるので、それを許すと財政赤字が無限に増えてハイパーインフレが起こる、というのが従来の常識だった。

 しかし戦後の先進国では(終戦直後の混乱期を除いて)ハイパーインフレが起こったことはない。それは政府が信頼されているからだ。むしろ金利がマイナスになっているということは、政府と日銀が過剰に信頼されていることを示している。

 人々が日本の政府債務を心配しているのは、ハイパーインフレや財政破綻が起こることを恐れているからではなく、まじめな財務省がいずれ増税で財政を均衡させると信じているからだ。日本の金融機関もそれを信じて、マイナス金利の国債を買っている。

金融抑圧かヘリコプターマネーか

 このように国債の金利を抑え、インフレで政府債務を軽減する政策を金融抑圧と呼ぶ。日銀の保有する国債は430兆円で、残りは民間の金融機関が保有しているが、その実質金利はマイナスなので、プライマリーバランス基礎的財政収支)は改善している。

 これは納税者の負担を国債保有者に付け替えるものだから、マイナス金利を負担する銀行が大きな負担を負うが、これには限界が見えてきた。これ以上無理をすると、銀行が国債を投げ売りして国債が暴落(金利が上昇)する可能性もある。

 それより日銀が民間銀行の保有する国債を買い取ればいい、というのがアデア・ターナー(元イギリス金融庁長官)の提案である。これはヘリコプターマネーというセンセーショナルな名前で呼ばれたが、それほど荒唐無稽な話ではない。

 日銀はすでに政府債務の4割を保有しているので、残りの国債を銀行から買い取って無利子の永久債にすればいい。今でも国債の金利は国庫納付金として全額、政府に払っているので、日銀の保有する国債は無利子である。それを日銀が売却することも事実上できないので、永久債である。それを日銀が認めればヘリマネになる。

 ただ一挙にやると大インフレになるので、新発債から順に無利子の永久債として日銀が買い取る方法もある。これによって買った国債を紙幣に替えてマネタイズし、物価上昇率がインフレ目標2%を超えたら、買い取りをやめるのだ。

 これはいま日銀のやっている「期待に働きかける」オペレーションより確実にインフレを起こせるが、危険な政策だ。ターナーは日銀政策委員会が財政赤字を監視することを提案しているが、日銀が財政赤字を止めることはできない。日銀が買い取りをやめても、投資家が国債の暴落を予想したら投げ売りが起こり、円が暴落してインフレスパイラルが起こる可能性もある。

 しかし今のままマイナス金利で金融抑圧を続けると、その負担は金融機関に集中し、特に地方銀行は「安楽死」するしかない。もう銀行というビジネスには存在価値がないと考えれば、それも一つの解決策ではあるが。

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