東日本大震災により、JR山田線の宮古~釜石間が不通になってから8年、同区間が三陸鉄道に移管のうえ再開業。その間、鉄道の代替を果たしていた並行区間を走る路線バスは、今後どうなるのでしょうか。

鉄道の代替を担った、ふたつのバス路線

2011(平成23)年に発生した東日本大震災の津波で被災し、長らく不通だった岩手県内の三陸海岸沿いをゆくJR山田線の宮古~釜石間が、2019年3月23日(土)に復旧。JR東日本から三陸鉄道に移管され、同社の「リアス線」の一部として再スタートしました。

鉄道が不通だった8年ものあいだ、現地では沿線を走るふたつの路線バスが、鉄道を代替する役割も果たしてきました。北の宮古側を岩手県北バスが、南の釜石側を岩手県交通が運行しており、宮古~釜石間の中ほどに位置する「道の駅やまだ」(岩手県山田町)で連絡しています。

震災当時、三陸のバス事業者はほとんどが運行休止を余儀なくされました。使える車両を集めて運行を再開すると、家を失い避難する住民や、現地でのボランティア、作業員などのため、それぞれのバス会社が割引や増発を積極的に行いました。

特に岩手県交通の釜石営業所は、震災後、バスを無料にし、その後しばらくは釜石市内に1乗車100円均一の路線を設定。地元の人々を運び続けたほか、釜石から浪板(大槌町)までだった路線を前出の「道の駅やまだ」まで延伸し、鉄道が果たせなくなった宮古~釜石間の連絡を新たに担ったのです。同営業所も津波で建屋とバス20両を失うなか、県内にある別の営業所からの応援を受けて奮闘を続け、乗客は震災前と比べて激増したそうです。

そして復興が進むにつれ、沿線のおもな街の機能は山側へ移転していきます。岩手県北バスも、山側に建設された住宅への足を確保すべく、新しい路線を何本も走らせました。震災後の特例でバスが緊急車両に指定され、被災の度合いと住宅の整備に合わせて柔軟に路線を設定できましたが、このような特例も事業者側から行政へ提案して実現したといいます。

鉄道復旧で時間も大幅短縮 バスの今後は

ふたつのバス路線は、JR山田線定期券や回数券で乗車できる「代行バス」としての役割も果たしてきました(普通乗車券では利用不可)。JR山田線沿線の町からは宮古市内や釜石市内へ多くの生徒が鉄道で通学しており、路線バスはその代替として、「町外への進学」という選択肢を震災前と同様に提供し続けたのです。

その「鉄道代行」バスとしての措置も今回、JR山田線三陸鉄道リアス線として再開業することで終了し、通学需要の多くが鉄道へ移ることが予想されます。現在は、震災前と比べて沿線人口が10%から20%ほど減少していることもあり、バスの利用客も減少傾向。特に、岩手県交通路線バスでは、道の駅やまだ~釜石駅間の平均乗車人数が2016年時点で4~5人と、苦しい状況が続いています。

所要時間の面では、宮古市と山田町のあいだがバスで1時間だったのが、鉄道では40分に、大槌町釜石市のあいだは、48分が18分に短縮(いずれもおおよその時刻)。バスが今後、どれだけ需要を保っていけるのか未知数なうえ、車両の更新や人手不足の問題など、課題は山積みといえるでしょう。

こうした変化もあり、岩手県北バス三陸鉄道リアス線開業の翌日、2019年3月24(日)にダイヤ改正を実施。20往復以上あった宮古駅から「道の駅やまだ」方面へのバスを、半分以下に減便します。岩手県交通4月1日(月)のダイヤ改正で、釜石から「道の駅やまだ」までの路線を、もともとの終点であった浪板(大槌町)までに短縮のうえ減便。これにより、路線バスを使った宮古~釜石間の連絡はできなくなります。

ちなみに、路線バスは鉄道よりも海の間近を走る区間が多く、津波被害の痕跡や、その後に建設された防波堤など、震災の教訓をバスの中から見て学ぶことができます。再開業を果たした三陸鉄道リアス線だけでなく、より生活圏に近い場所を走る路線バスで、復興した街を旅をするのもよいかもしれません。

※記事制作協力:風来堂、oleolesaggy

岩手県交通のバス。「道の駅やまだ」にて(2014年4月、oleolesaggy撮影)。