いよいよ英国の欧州連合(EU)からの離脱が目前となってきた。EUからの離脱は、英国の国際的な地位を低下させると懸念されている。

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 そうしたなか、一部の意見ではあるが、英国の国際的地位低下を防ぐ手段の一つとして、米国出身のメーガン妃の夫であるヘンリー王子を次の米国大使として任命すべきだとの意見さえ出てきた。

 英国のEU離脱に関する話題の中心は、離脱後の経済問題、貿易、景気の動向、国境管理などである。

 例えば、今年に入ってから英国国内で話題となっているのは、コードレス掃除機で有名な英国のダイソンが本社をシンガポールに移転するといった発表や、ホンダが英国南部スウィンドンにある工場を2021年に閉鎖すると発表したことなどだ。

 両社とも、それぞれの決定に関しては、英国のEU離脱とは関係がないとしているが、専門家は英国のEU離脱の影響が出始めていると見る。

 英国のEU離脱は、ヨーロッパ大陸への玄関口であった英国が扉を閉めることになり、投資先としての魅力が落ちるという見方は間違いではない。

 このように英国のEU離脱に関しては経済問題に関する報道が多く、一般国民も実際に今後の生活に直接影響を与える経済に関連した問題を注視している。

 景気動向、経済活動や国境管理などの直近の問題がより重要なため、注目されることはないが長期的に見れば、英国のEU離脱とは欧州の安全保障を巡る問題でもある。

 英国のEU離脱と欧州の安全保障は全く関連がないように見えるかもしれないが、欧州の政治情勢の不安定化はこれを敵視するロシアにとっては好都合である。

 また、歴史的にも英国が欧州の安全保障に貢献してきたことを忘れてはならない。

 例えば、欧州の安全保障の専門家であるベアトリス・ホイザーに言わせれば、英国のEU離脱とは、本質的には経済上の問題ではなく安全保障の問題なのである。本稿では、この忘れさられた安全保障という観点から英国のEU離脱問題を考えてみたい。

政治と安全保障

 そもそも政治情勢と安全保障が、どう関連しているかをまず考える必要があるであろう。ここで言う政治情勢とは、国と国との関係性だと考えてほしい。

 身近な例を挙げれば、昨年6月にシンガポールで行われた初の米朝首脳会談を思い出してほしい。会談の数カ月前までは、ドナルド・トランプ大統領金正恩総書記は、お互いを激しく挑発し、緊張関係が高まっていた。

 さらに遡れば2017年には、北朝鮮ミサイル発射実験や核実験を行っていたが、会談以降、実験は一切行われていない。

 つまり、この会談以降、米朝の政治関係はある程度落ち着いたということだ(もちろん何も具体的な進展はないが)。

 もし、米朝のような対立関係にある国の政治関係が悪くなれば、最悪の場合、衝突が起きる危険性がある。

 また、日本ではあまり知られていないが、1983年11月に行われた北大西洋条約機構NATO)の定例演習(Able Archer)を旧ソ連側が、NATOが自らに対する先制攻撃を準備していると勘違いし、警戒態勢を敷き、自らも先制攻撃の準備を高めたという事件もあった。

 この演習は、新冷戦と呼ばれ、米ソ間に緊張関係が高まっている時期に行われた。

 演習前には、当時のロナルド・レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだこと、昨今、話題となっているINF条約締結のきっかけともなった、米国のNATO諸国へのパーシングII(中距離)ミサイル配備が目前と迫っている状況、そして「スターウォーズ計画」と呼ばれた米国の戦略防衛構想の発表といった背景があった。

 このような政治情勢の悪化があったため、演習自体は定例演習であったにもかかわらず、ソ連は演習をNATO側の先制攻撃だと勘違いし、NATO側が知らないところで危機が高まっていたことは、注目に値するであろう。

 敵対している者同士の関係が悪くなれば、武力衝突の可能性が高まるというのは自明の理かもしれないが、同盟国同士の政治関係が悪くなることが、果たして安全保障にどう影響を与えるのであろうか。

 ここで、先述のNATOが実質的には欧州の安全保障に貢献しており、EUは地域統合体であり、特に経済統合がEUの主要な役割というように理解するのは自然であろう。

 つまり、英国がNATOに加盟している限り、英国がEUから抜けようが、あまり影響がないのではないかという疑問がわくかもしれない。

 確かに、この2つの組織は、本質的にも性格的にも2つの異なる組織である。実際に、英国のEU離脱が欧州の安全保障に与える影響はないと考える専門家も少なくない。

 NATO北大西洋条約機構という名前の通り、大西洋を越え、米国とカナダの北米国も含む軍事同盟である。

 これに対し、EUは欧州連合、つまり欧州独自の地域統合体である。重要なことは、EUが地域統合という特徴を持っているからこそ、英国のEU離脱は長期的な安全保障上の問題なのだ。

 現在、トランプ大統領NATO軽視、最近では、昨年数回にわたって米国のNATOからの撤退を示唆していたことが報道されている。

 こうした中で、ロシアの軍事的脅威は日々高まり、欧州は一つに結束する必要がある。このような悪化する政治情勢の中で、欧州統合の象徴を否定した英国を欧州諸国は頼ることができるだろうか。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は英国のEU離脱を受け、欧州は今こそ団結が必要な時だと述べた。

 また、NATOの事務総長であるイェンス・ストルテンベルグ氏は、2016年6月のEU離脱の是非を問う国民投票を前に、英国のEU離脱は、EUだけでなくNATOにとっても欧州の分裂を招く恐れがあるので、望ましくないといった旨の発言をした。

 英国のEU離脱は欧州に大きな亀裂を作るきっかけとなると言われている。それはNATOに加盟する欧州諸国内での亀裂にも自ずと繋がるという見方があるのも事実だ。

 実際、NATO加盟29カ国中、22カ国はEU加盟国でもある。英国のEU離脱は「英国と欧州諸国との離婚」と称されることがあるが、たとえ円満離婚であろうと離婚は離婚なのである。

 冷戦中、英国は欧州諸国の「団結」がソ連との戦争を抑止するためには必要だという考えを持っていた。

 皮肉なことに、抑止に必要だと考えていた欧州の結束をEU離脱で自ら壊すこととなる。英国のEU離脱によって、NATOの予算の約80%がEU加盟国外から来ることになる。

 これは、どういう意味があるのか。

 具体的に英国のEU離脱が欧州の安全保障に与える影響を理解するために、英国が欧州の安全保障にどのように歴史的に貢献してきたかを簡単に見ていきたい。

英国と欧州の安全保障

 英国は、地理的に見れば、日本と同じく島国であり、ヨーロッパ大陸とは海で隔てられている。

 しかし、2度の未曾有の世界大戦が英国に教えた教訓は、ヨーロッパ大陸で起きた戦争は、英国の安全保障にも直接影響を与えるということだ。

 特に第2次世界大戦中、航空機が発達しロンドンドイツ軍の激しい空襲を受けた。このことは、英国とヨーロッパ大陸を隔てる海は、安全保障上の障壁とはならないことを証明した。

 つまり、欧州大陸の安定が英国の安定と繁栄にも直接影響するということを英国は学んだのだ。

 第2次大戦後、欧州諸国は戦争によって疲弊し、英国もかつて誇った大英帝国の栄光にも陰りが見え、ドイツが破れたことで生じたヨーロッパ大陸内の「力の空白」を単体で埋める力をすでに失っていた。

 この戦争で生じた「力の空白」を最大限に利用したのが、ソ連であった。

 ソ連は、ドイツが第2次大戦中攻め入った東ヨーロッパの国々(ポーランドルーマニアチェコなど)を自分の支配下に吸収した。

 加えて英国だけでなく、西ヨーロッパ諸国が2度の世界大戦から学んだことは、欧州の安全保障には、米国の力は欠かすことができないということだ。

 特に、米国は両大戦において、戦争が始まった後に参戦したことから、戦時同盟ではなく、米国を平時から欧州の安全保障に関与させる必要性があった。

 NATOとは、本質的には欧州の安全保障のために、米国を戦時ではなく平時から軍事同盟に含めるという安全保障上、非常に重要な考えを体現した組織である。

 この軍事同盟創設に深く貢献したのが、英国であった。

 英国が中心となり、1948年に相互防衛を定めたブリュッセル条約が英国、フランスベルギーオランダ、ルクセンブルグの間で締結された。

 この条約は2つの点において重要であった。第1に、この条約は、翌年1949年に締結された北大西洋条約の先駆けとなった。

 米国を含む軍事同盟を作るにあたり、まずは当然ながら西ヨーロッパ諸国が西ヨーロッパの安全保障に自ら責任を持つことが重要であった。

 米国自身もこれらの国々の力だけでは、西ヨーロッパの安全を維持するのには不十分であることをよく理解していた。

 また、ドイツに対する「宥和政策」が第2次世界大戦のきっかけとなったことから、米国は経済、外交、軍事力などを使ってソ連共産主義を「封じ込める」戦略を採用するに至った。

 これらのことから、ヨーロッパ大陸における共産主義拡張に危機感を抱いていた米国は、英国とフランスの誘いを受け、1949年北大西洋条約を締結することに合意した。

 第2に、この条約は西ドイツを含んだ西欧同盟創設へと繋がり、EU発足後は西欧同盟が定めた相互防衛条項はリスボン条約42条7項へと受け継がれた。詳しくは、のちほど見ていくが、この条項は英国のEU諸国への「核の傘」の提供でもある。

 冷戦中、ソ連の通常戦力に圧倒されたNATO加盟国は、戦争の疲弊からまだ抜け出しておらず、軍事予算の大幅な増強を望まず、米国の核戦力がヨーロッパの安全保障上の頼みの綱であった。

 また、1962年英国は米国との「特別な関係(両国の密接な政治的関係性を表す)」を使い、米国が持つ潜水艦発射弾道ミサイルポラリス)を英国に供給(売却)することを米国に合意させる。

 当初、当時のジョン・F・ケネディ政権は、英国に自らの弾道ミサイルを売却することに難色を示した。

 それでも米国政府は英国との「特別な関係」を維持する重要性、そして、売却するにあたり、英国のポラリスミサイルは、特に平時においては、NATOの安全保障に関与することを条件に、ミサイルの供給に合意した。

 つまり、1962年より英国の核戦力は、西ヨーロッパ諸国に「核の傘」を提供しており、英国は一種の「大西洋の架け橋」となったのだ。

 ただ、上記で「特に平時」と記したように、英国の「至高の国益」が侵害されうる状況下においては、ミサイル発射の権利は、英国政府のみに与えられている。

 つまり、究極的には英国は、他の核保有国と同じく、核使用に関しては独立した意思決定権を持っているのだが、英国は自らの核戦力をNATOの抑止のために提供しているのも事実だ。

 もっと端的に言えば、NATOの「核の傘」は二重になっているのだ。

 冷戦中、特にこの点は重要であった。米国はヨーロッパのために本当に核を使う覚悟があるのかという不安が常に欧州内には存在した。

 そこで、もし米国が仮に核使用を躊躇した場合には、英国が持つ核戦力を使用するという決意を英国が示すことで、NATO内の不安の解消を図った。

 また、戦略的に見た場合、NATO用の英国の核戦力の存在は「第2の神経中枢」であり、ソ連の核使用を複雑にする役割があった。

 つまり、ソ連が、米国がヨーロッパのために核使用することはないと確信したとしても、まだ英国の核戦力という存在を見過ごすことができない状況を作ったのだ。

 また、「核の傘」に加えて、英国はNATO諸国の核政策に関する不安を聞き入れ、米国と調整するという役割も担っていた。

 そして、英国が米国と協力して創設したのがNATO内の核計画グループであった。

 これにより、NATO内にNATOの核政策を核保有国と非核保有国が直接協議する場所を設けたのであった。このように英国は「大西洋の架け橋」となったことで、欧州内の調整を図る重要な役割を担ってきた。

 英国は、この米国との「特別な関係」に加え、G7、国連安保理の理事国、EUの主要加盟国でもある。このような要の立場を持つ国がEUから抜けると、EU全体に影響を及ぼすというのは当然と言えよう。

英国のEU離脱のヨーロッパの安全保障への影響

 このように、英国は歴史的に欧州の安全保障において重要な役割を担ってきた。それでは、英国のEUからの離脱には、具体的にどのような影響があるのだろうか。

 最も身近な例を挙げれば、EUが2008年からソマリア沖で行ってきた海賊対処活動から英国は撤退することになる。実際に、この海賊対処の司令本部は英国からスペインへと移転する。

 また、昨年3月に英国南部ソルズベリーロシアの元スパイがノビチョクというロシアが開発した神経剤によって、ロシアスパイによって毒殺されそうになった事件があったのは、記憶に新しい。

 この事件に対し、今年1月、EUは特定のロシア高官を対象にした制裁(EU内の渡航禁止及び資産の凍結)を科した。当然、今後このようなロシアの英国に対する主権侵害行為にEUは共同で対処することができなくなる。

 今後、ロシアによるEU諸国と英国の結束を試すような事件が再び起きるかもしれない。

 この事件に対する英国とEUの対応次第では、欧州におけるロシアの軍事的な挑発行動がより活発になる恐れがある。

 2014年ロシアによるクリミア併合以降、欧州においてロシアの脅威が再び高まっている。

 このような悪化する欧州の安全保障環境を反映し、2016年2月、BBC(英国放送協会)はドキュメンタリードラマWorld War Three: Inside the War Room(第3次世界大戦を想像する)」を放映した。

 このドラマにおいては、2014年ウクライナ危機と同じようなことが、ロシアと直接国境を接するバルト三国でも起きることが想定された。

 そして、バルト三国(エストニアラトビアリトアニア)の安全保障を巡って、NATOロシアが核戦争へと近づいていくといった非常にショッキングな内容であった。

 実際に、欧州の安全保障の専門家は、ロシア軍に対し小規模な軍事力しか持たないバルト三国の安全を危惧している。

 重要なことは、ウクライナと違いバルト三国はNATO加盟国ということだ。つまり、バルト三国への武力攻撃は、集団防衛を基礎とするNATOに対する武力攻撃でもあるのだ。

 また同じく、2016年5月には、NATOの副最高司令官を務めた英国陸軍元大将のリチャード・シレフ氏が書いた「War with Russiaロシアとの戦争)」という小説が出版され、話題となった。

 本書は題名の通り、ロシアNATOが欧州で戦争するという内容だ。本書はあくまで小説ではあるが、作者の経歴からNATO内の現在の雰囲気、ロシアの脅威といった点が現実的に描写されている。

 作者の一番重要なメッセージは欧州の安全保障は危機に陥っているということだ。

 シレフ氏はロシアとの戦争は避けられると考えているが、そのためには、NATO加盟国は軍事予算を増加するなど、ヨーロッパの安全保障により積極的になる必要があり、何よりNATO内の団結が必要だと強調する。

 シレフ氏は英国のEUからの離脱に反対している。同氏が自身の小説を通して強調したことは、冷戦下と違い集団防衛という意識がNATO内で欠如しているということだ。

 具体的には、同じNATO加盟国でもロシアに対する脅威認識が異なる。

 バルト三国やポーランドなど冷戦時代、ソ連の支配下にあり、ロシアと国境を接する国は、ロシアを非常に脅威として見ているが、南ヨーロッパの国々、イタリアギリシャスペインなどは、ロシアよりも自国の課題(経済問題など)がより重要である。

 つまり、ロシアをそこまで脅威として見ていないのだ。

 また、これらの南ヨーロッパの国々だけでなくバルト三国のような冷戦後NATOに加盟した小国をなぜ、NATO全体で守らなければいけないのか、という意見があるのも事実だ。

 そして、NATOの安全保障上の支柱である米国の大統領NATOを「時代遅れ」と呼んだり、NATOから撤退したいと個人的に発言したりなど、米国の同盟国としての信頼性が疑問視されている。

 このような背景の中での、英国のEUからの離脱である。

 タイミングが悪すぎたと言うべきか。本来であれば、英国はEUに残ることで、欧州の結束を訴えなければならなかった。

 そして、米国との「特別な関係」を生かし「大西洋の架け橋」としての役割が期待されたのだが、EU離脱により英国の欧州における地位の低下は避けられない。

 すでに2017年の時点でドイツのメルケル首相は、米国と英国にもはや頼ることはできないと示唆している。

 注目すべきは、ドイツではトランプ政権の米国第1主義やNATO軽視から、ごく一部ではあるが、ドイツ核武装も必要だという意見が出てきたことだ。

 もちろん、ドイツ核武装などドイツ国民の大半が望んでいないことであるが、このような意見が出てきたこと自体が、ヨーロッパの不安を反映していると見るべきであろう。

 英国のEU離脱はEU内の政治的な亀裂を作り、他のEU加盟国のEU懐疑派を勢いづける可能性がある。

 現に、2017年フランス大統領選では、反EUを掲げたルペン候補が決選投票まで残り、EU離脱のドミノ現象が起きるのではないかとEU内では不安視された。EU内で生じた政治的な亀裂はNATO内の亀裂へと繋がる可能性もある。

 というのも、先述した通りNATO加盟国の大半はEU加盟国でもあるからだ。このような不安定な政治情勢では、EUもNATOも得をしない。

 あるEU加盟国の高官に言わせれば、欧州内の政治的な亀裂こそ弱点となるのだ。この状況で得をするのは、NATOを敵視するロシアである。

 ロシアとしては、欧州内の政治的分裂を加速させたい。実際に、ロシアが反EUの活動家たちに金銭的な援助を行っていることが疑われ、EU加盟国の総選挙では、EU懐疑派を裏で支持しているとも言われている。

 もちろん、このような裏工作はソ連時代にも存在した。冷戦下においては、欧州内(ドイツなど)の反核運動をソ連が裏で奨励していたことは、よく知られている。

 ロシアとしては、ライバルが勝手に自己分裂してくれた方が望ましいというのは当然であろう。

 もっとも、ロシアNATOが本当に消滅するとまで考えているかは疑問であるが、ロシアが現実的に望むことは、NATOを軍事同盟ではなく、単なるディベートクラブにすることである。

 つまり、議論は行っても実質的な軍事行動を取らせないようにさせることだ。より端的に言えば、NATOを中立化、または少なくとも弱体化させたいのだ。

 逆にロシアが最も望まないのは、ロシアという巨大な熊にキツネタヌキなどの小動物でも一枚岩となって向かってくることだ。

 また、この小動物の集団の後ろには米国という大怪獣がいる。この構図が欧州における抑止の論理である。

 この抑止の論理からすれば、皆が右を向く必要があるのに、英国だけ真っ先に左を向いたことになる。誰かが左を向けば、他にも左を向く者たちが出てきてもおかしくはない。

 英国が、今後も欧州の安全保障に貢献していくと宣言しても、欧州諸国はこの宣言を懐疑的に見るのは当然である。

 また、英国は、EUから離脱することによって、EUの改革条約であるリスボン条約42条7項が定める相互防衛義務からも抜けることになる。

 この条約の原型は、相互防衛を定めたブリュッセル条約である。この42条7項の特徴は、EU加盟国に対する武力攻撃が生じた場合、加盟国は「すべての手段」を使用し、加盟国を支援、そして援助する「義務」があることだ。

 ただ、EUには、軍事的に中立国であるアイルランドなどの国も存在するため、必ずしも全加盟国による軍事支援などが行われるわけではない。

 また、どのような行動を取るかは加盟国次第であり、軍事行動を絶対に必要としているわけではない。

 この点においては、NATOの集団防衛を定めた第5条(加盟国に対する武力攻撃は、全加盟国への攻撃と見なす)と大差はない。第5条も必ずしも加盟国に軍事行動を取るように定めているわけではない。

 ただ、リスボン条約においては、「すべての手段」と明確に定められているため、この条約は、EU諸国に対する英国の「核の傘」の提供とも理解されている。

 むろん先述の通り、英国はNATOを通して「核の傘」を提供してきたので、NATO加盟国に対する「核の傘」がなくなることはないが、このような条約から抜けることで傘への信頼性だけでなく、英国の同盟国としての信頼性を低下させることとなる。

 実に、この条項は相互防衛を宣言することによってEU内の結束を強める目的を持っているのだ。

 フランスマクロ大統領が昨年11月発言したように、英国のEUからの離脱は欧州の政治的な分裂を明確にしたのである。

 2度の世界大戦を経て、ヨーロッパ大陸の問題は、英国の問題でもあると理解した英国は戦後欧州の安全保障に深く貢献した。

 冷戦中、米国との「特別な関係」を持つ英国は欧州の安定に寄与したが、皮肉なことに21世紀の現在においては、逆に英国自体が不安定要因となっている。

 英国が欧州から距離を置いても、欧州で起きた問題から離れられるわけではない。英国がEUから離脱しても、英国は西ヨーロッパの端に位置する島国であることに変わりはない。

 本稿では、あくまで欧州の安全保障を中心に論じたが、最後に日本への影響を簡単に見てみたい。

 ロシアが欧州諸国と戦争したいなどと考えているわけではないが、仮に欧州でロシアと戦争が始まった場合、遠い日本に影響を与えることなどないと思うかもしれない。

 だが、可能性は少ないながらも、2つのことが言える。

 まず、欧州で起きた戦争が、アジアに飛び火する可能性は非常に低いがゼロではない。つまり、対岸の火事と傍観を決め込んではいられない。

 ただ、この点に関しては、飛び火しない可能性も大いにあるので、不用意に危機を煽るつもりはない。

 次に、火事場泥棒的な活動があり得る。戦争が飛び火すると述べたが、飛び火する理由としては、欧州で生じた混乱に乗じて、領土紛争を抱える国々が、領土をわが物にしようと軍事行動を開始するといったものだ。

 1962年10月に起きたインドと中国の国境紛争は、キューバ危機で世界の注目がキューバに集まっている間に中国が計算的に始めた戦争との分析もある。

 また、1950年10月の中国のチベット侵攻は、朝鮮戦争に世界の注目が集まっている時に起きた。

 このような火事場泥棒的なことが尖閣諸島、南シナ海、台湾で起きるかもしれない。

 火事場泥棒的に開始された軍事侵略がエスカレートして戦争にまで発展しない可能性はゼロではないのだ

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