12日のオープン戦では、中日を相手に4回を1失点に抑えるも、4四死球、2暴投と制球が定まらず。試合後に無期限での2軍行きが決定した
12日のオープン戦では、中日を相手に4回を1失点に抑えるも、4四死球、2暴投と制球が定まらず。試合後に無期限での2軍行きが決定した

藤浪はイップスなのか――。野球界でひそかに交わされている議論である。

阪神タイガース藤浪晋太郎が近年、極度の制球難にあえいでいる。もともとコントロールがいい投手ではなかったが、ここ数年の乱調ぶりは見ていて痛々しいほど。ボールがすっぽ抜け、右打者の頭部付近に向かう危険なシーンは何度も繰り返された。

今春のオープン戦では、藤浪が登板すると相手チームが右打者を次々と引っ込め、左打者を出す異様な光景まで見られた。状態が上がらない藤浪は自ら2軍降格を志願。現在は期限を定めず、2軍で調整をしている。

大阪桐蔭高校時代には甲子園で春夏連覇。2013年のプロ入り後も3年連続2桁勝利と、エリート街道を突き進んできたはずだった。この大器の身に、いったい何が起きているのだろうか?

藤浪には、以前から「イップスではないか」という疑惑がつきまとっていた。イップスとは、「もともとできていた運動動作がなんらかの要因でできなくなってしまうこと」を指す。かつてはゴルフ界で使われていた用語だが、近年は野球界でも市民権を得た感がある。それほどイップスに苦しむ選手が多いのだ。とりわけ、投げる動作でイップスを発症する選手が多く、プロといえど例外ではない。

藤浪本人はイップスであることを否定しているものの、状況は一向に改善されない。デリケートな問題だけに大きく騒ぎ立てられることはないとはいえ、多くのファンの関心事になっている。

プロ野球界で自身もイップスに苦しんだ、ある球団コーチは言う。

「藤浪はイップスではないと思います。全部の球が抜けるわけじゃないし、ある程度はストライクが投げられるわけですから。20代になって年を重ねるにつれ体が成熟して、今までのリリース感覚とズレが出たんじゃないですか。あれだけ手足が長いと、扱うのも難しいでしょうからね」

一方で、阪神の球団関係者はこんな要因を口にする。

金本知憲(ともあき)さんが監督時代(16~18年)に、選手のトレーニング方法について口を出すようになりました。"金本流"が合う選手は伸びたのですが、合わなかった選手は感覚が狂って軒並み苦しんでいます。ベテランの鳥谷敬もそうですし、藤浪も合わなかった可能性があります」

藤浪は今後、どんな調整をすべきなのか。インターネットで「制球難」や「イップス」で検索すると、経験則のみに基づいた記事や催眠療法じみた機関のサイトはヒットするものの、科学的な研究に基づいた情報は得るのが難しい。

そこで、医師や大学研究者と連携して学術的にイップスの原因解明に取り組んでいる、トレーナーの石原心氏に話を聞いた。石原氏は「動画でプレーを確認した限り、藤浪投手は軽度のイップスと考えられます」と前置きして、こう続けた。

「一般的にイップスはボールをバックネットにぶつけたり、数m先に叩きつけたりといった重度のものをイメージされがちです。でも、周囲から見て症状がわかりにくい軽度のイップスもあります。藤浪投手は右打者への投球時、リリースのタイミングに過剰に意識が高まって縮こまった投げ方をすることがあります。もともと自動化できていた動作ができなくなったことを考えると、イップスと考えるのが自然でしょう」

ただしイップスは、病気やけがとは違い、医師がはっきり診断できるものではない。また、野球選手としてネガティブな印象を与えるため、イップスを発表したがらない選手が多い。だが、石原氏はあえて藤浪に向けてこう提案する。

「自分の現状について、筋力不足やスキル不足ではない可能性に正面から向き合い、腑(ふ)に落ちる情報収集をすることが大事だと思います」

石原氏によると、かつては正体不明と言われたイップスも、今ではかなり研究が進んでいるという。理論的に核心に迫ったアメリカの論文も提出されている。その一端を石原氏は解説してくれた。

「人間は動作を学習する際、一連の動作を要素ごとに分けて学習します。その要素のひと塊を『チャンク』と呼びます。

イップスになりにくい選手は、一連の動作に見えて、実はチャンクを細かく区切っている。動作の不具合を修正する際には、問題のある部分だけを修正している可能性が高いと考えられます。それに対して藤浪投手の場合は、ひょっとしたら投球動作をひとつの大きなチャンクとして認知、学習し、遂行している可能性があります」

藤浪は自分の思い描く投球が続かないことに悩んでいるようだが、その原因は「投球を大きなひとつのチャンクとして認知しているため、わずかな動作の修正を行ないづらく、すべてが狂ってしまうから」かもしれない。さらに藤浪の場合は手足が長く、わずかな動作の誤差でもリリースまでに大きく乱れる危険がある。

改善策としては、「投球動作の認知をいくつかに分ける」「すでにエラーが起こりやすい状態のため、認知し直す」などが考えられる。「イップス=心の病」と見られがちだが、動作と認知を改善すればイップスは修正できる可能性が高い。石原氏は「藤浪投手には心の底から復活してほしいので、ご本人から話を聞き、説明させてもらいたいくらいです」と熱望する。

藤浪のいる世界は、決して出口の見えない暗闇ではない。その世界に光を呼び込むためにも、今後の藤浪には大切な選択が迫られる。

取材・文/菊地高弘 撮影/小池義弘

12日のオープン戦では、中日を相手に4回を1失点に抑えるも、4四死球、2暴投と制球が定まらず。試合後に無期限での2軍行きが決定した