(福島 香織:ジャーナリスト

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 中国江蘇省で3月21日に化学工場で大爆発がおきた。死者は25日の段階で78人、35人が重態の危険な状態で、60人以上が重傷者だ。2015年に天津で大爆発が起きて、公表されているだけで165人が死亡したが、それに次ぐ大爆発事故となった。

 実は中国では、2桁、3桁の死者が出る「生産安全事故」(生産現場の安全に関わる事故)は決して少なくない。なぜ大量の死者を出す事故がなくならないのか? というのは中国の古くて新しいテーマである。

突如火の玉が盛り上がり、爆風が周囲を直撃

 新華社、北京青年報、新京報、澎湃新聞などの報道およびSNSに上がっている情報をもとに、事故の概要を簡単にまとめてみよう。

 江蘇省鹽城市响水県の陳家港生態化工園区にある江蘇天嘉宜化工有限公司の農薬製造工場で、3月21日午後2時50分ごろ、大爆発が起きた。爆発の直接的な原因は倉庫内の危険廃棄物の中のベンゼン系燃焼物によるものと見られている。新華社報道によれば3月25日の段階で死者は78人、負傷者は617人で、うち35人が意識不明の重体という。

 SNSスマートフォンで撮影された爆発の様子が上がっている。そこには突如火の玉が盛り上がり、大爆音とともに爆風が周辺を吹き飛ばす様子が映っていた。被害は周辺十数キロにおよび、近くの住宅地のマンションや学校も爆風で損壊、子供たちや女性を含む一般住人が血まみれになってあちこちに倒れている爆発直後の映像もSNSにあふれていた。周辺で観測された揺れは震度2.2という。化学物質の異臭は40キロ離れた地点でも漂っていたそうである。国務院は「特別重大事故」として現地に調査チームを派遣し、習近平も外遊先のイタリアから迅速な救援と原因究明、責任者の厳重処罰などを指示した。

以前から事故多発地域だった

 現地の住人の話では、この事故は起こるべくして起きたといわれている。この化学工場がある工園区では、これまでも爆発事故や化学物質漏れの事故が続いていた。その中には上場企業も少なくないという。

 2000年以降、江蘇省のこの地域には大量の化学工場が移転されており、江蘇北部沿海区の環境汚染問題の最大の理由にもなっていた。2019年の現在にいたるまで、江蘇省が中国最大の農業化学産品工場の集積地域でもある。

 そして以前から事故多発地域でもあった。2007年11月27日は江蘇聯化科技有限公司で爆発事故が起き、8人死亡した。このとき、地元県政府は、賄賂のばらまき、あるいは性接待によってメディア取材を封じ込めたので、ほとんど報道されなかったという。「本当の死者数は100人を超えていた」「トラックで遺体の山を運んでいた」という“噂”だけが広がっていた。

 2010年11月23日には江蘇大和塩素アルカリ化工公司の塩素漏れ事故で30人以上が中毒になった。2011年2月10日には、化学工場が爆発したというデマが流れて1万人以上の周辺住民がパニックとなって夜逃げする事件があった。このとき交通事故で4人が死亡しているという。このパニックは、2007年の爆発事故の時に当局が情報隠蔽したことで、住民が疑心暗鬼に陥っていたことが原因だといわれている。さらに2011年5月18日には南方化学工場で大火災があり、7月26日にも再び爆発と火災が発生した。

社長は環境汚染の罪で何度も摘発を受けていた

 今回、爆発事故を起こした天嘉宜化工(以下「天嘉宜」)は2007年4月に設立。もともとは江蘇省江陰市にあったが、2009年に太湖の水質汚染事件を引き起こし、この陳家港に移転してきた。この工場地帯は、問題を起こした企業が吹きだまる場所でもあった。

 天嘉宜の代表取締役はかつて環境汚染罪で何度も摘発を受けた張勤岳。6回の行政処罰記録があり、その中には個体廃棄物管理制度違反、大気汚染防止管理制度違反などが含まれている。

 2012年に天嘉宜は化学廃棄物100トン以上を誤った方法で処理して重大な環境汚染を引き起こし、100万元の罰金支払いを命じられている。また、2017年9月にも公共安全管理に関わる規定違反で処罰を受けた。

 2018年2月に地元国家安全生産管理当局が名指しで安全問題があると指摘した企業の中に、ここも含まれていた。このとき指摘された天嘉宜の安全問題の中には、特殊作業員が必要な審査に合格していないこと、生産装置操作規定の基準が満たされていないこと、機械および監視コントロール室の設置について規定違反があったこと、現場管理がずさんで、現場に必要な安全警告表示が不足し、発火を伴う作業管理にルールが設けられていないことなどが挙げられている。

 2017年から2018年まで、天嘉宜は幾度となく市および県の環境保護当局から行政処罰を受け、その罰金総額は101万元となっていた。2018年4月には、この化学工場園区内で水質汚染問題が発生し、天嘉宜を含む園区内の化学工場複数が環境保護当局から操業停止命令を受けている。その後、8月に問題が改善されたとして操業が再開していた。

 地元政府は対策として、今年3月1日から14日にかけて4回にわたって地域の工業安全生産問題について警告を発し、この地域の潜在的リスクについて全面調査・改善措置に取り掛かっていたという。爆発が起きた当日の午前も、県の安全生産委員会が県内重点企業の生産責任者を招集して、安全生産研修講座を開いていた。爆発当時、2人の安全監督人員が工場内を検査しており、彼らも爆発に巻き込まれて負傷している。

情報統制を強める中国当局

 では、これだけ過去に問題を起こしている企業がなぜ、いまだに普通に経営できているのか。「生産安全に問題アリ」と何度も指摘され、当局が立ち入り検査を行って改善命令も行っているのになぜ改善されていなかったのか。

 一部の報道では、現地政府がこうした環境保護当局や生産安全監督当局が調査をするとき、数日前から企業に調査日程と内容を通知することが問題だとしている。つまり、「きっちり準備をしておくように」とばかりに、当局サイドが企業工場に問題を隠蔽する猶予を与えていたわけだ。また派遣される調査・監督人員には工場内の機器の操作法や原理を知らない者が多く、立ち入り検査をするにも実は必要な知識や評価能力を持たないケースも多いという。安全に対する調査・検査・改善命令も、すべて形式的なものであったといえる。こうしたことを総合して「今回の爆発事故は起こるべくして起きた」と誰もが思っているわけだ。

 中国中央電視台CCTV)は、今回の事件について、地元官僚にとって出世の基準となる政府業績がGDP成長率など経済発展を基準にしていることから、業績の良い企業の環境汚染問題や安全生産問題に対して態度が甘くなっていることがこうした事故の多発につながっていると批判していた。中国においては、工場労働者や周辺住民の安全、健康よりも企業の発展、売り上げを優先する人命軽視が改革開放、いやそれ以前から続いている。

 中国の生産安全の問題は、こうした中国当局および産業界の経済利益優先、人命軽視の体質だけではない。重大事故が発生したとき、きわめて政治的な要因で世論を封じようとする動きがあり、これが問題の本質の検証や洗い出し、改善を妨げる結果になっているともいわれている。

 今回の事件でも当局は治安維持と情報コントロールと世論封鎖に腐心した。まず地元の民間環境保護ボランティアの張文斌らを「挑発罪」というわけの分からない容疑で身柄拘束した。彼らは爆発後、地元の水質汚染調査および汚染拡大予防措置を行いながら被災者の救援なども行っていた。だが彼らは25日になって姿を消し、複数の目撃情報によれば制服警官に連行されたという。新京報などによれば、爆心地の様子をネットアップしたことなどが“挑発罪”容疑に問われ身柄拘束された模様だ。地元警察当局はメディアらが爆発現場をドローンなどで撮影しないようにドローン妨害装置を設置するなどして報道を統制。共産党の高級幹部からも、爆発に対する報道・世論のコントロール指示がでている。被災者は周辺県のホテルなどに分散して避難させているが、メディアと接触できないように管理されているという。世論の批判の矛先を工場だけに集中させ、環境汚染の噂などのよる周辺住人のパニックや抗議活動を引き起こさないための措置のようだ。

 中国当局がこうして報道統制、世論コントロールを強めるのは、不安がそれだけ広がっていることの表れだともいえる。地元では、基準値を超える発がん性物質で大気や水が汚染されているという噂が広がり、ペットボトル飲料水の買い占めなども起きている。また、死者数、負傷者数が隠蔽されているに違いない、といった噂も流れている。こうした状況で周辺の小学校などが25日から再開されたことに対し、住民たちはますます当局に対する不満を募らせている。

子飼いの部下を守りたい習近平

 さらに中国の場合、ここに権力闘争の要素も加わってくる。

 “習近平はこの事故の責任を江蘇省長の呉政隆に押し付けようとしている”という見方を香港蘋果日報などが報じている。

 江蘇省の書記である娄勤倹は“習家軍”とも呼ばれる習近平に忠実な子飼いの部下集団の1人。もとは陝西省長だ。

 実は今中国で2つの政治スキャンダルが注目されているのだが、それらに絡む事件がともに陝西発である。1つが秦嶺別荘開発問題、もう1つが千億鉱権事件だ。いずれも陝西省の党委員会の利権が根深く絡むとみられ、下手をすれば当時の書記であった趙楽際(現政治局常務委員で中央規律検査委員会書記)や当時の省長の娄勤倹の進退にも影響を与えかねない。特に秦嶺別荘開発問題は娄勤倹の関与が疑われていると香港の明報などは報じている。

 こうしたスキャンダルの芽を抱えている娄勤倹にとって、今回の爆発事故はさらに立場を危うくしかねない。

 今回の事故は起こるべくして起きたものであり、しかもその原因は江蘇省の生産安全監督管理における怠慢と癒着が背景にある。また、爆発直後に娄が現場に駆けつけず、習近平に指示されて1日遅れで現場入りしたことを「当事者意識が薄い」と党内から批判する声も出ている。もし、この爆発事故の処理がこじれて重大環境問題や地域住民のデモなど治安問題に発展すれば、書記である娄の責任が問われることになる。

 だからこそ、習近平としては娄を守るために、早々に事態を鎮静化させたい。そのための報道統制と世論封鎖指示なのだという。さらには、省長の呉政隆に責任を押し付けてしまおうとしているというわけだ。呉政隆はかつて薄熙来の部下であったが、薄熙来失脚に巻き込まれずに習近平政権下で順調に出世を遂げてきた。だが、必ずしも習近平から信頼を得ているわけではないといわれている。

事故は今後もなくならない

 こうして見てくると、この爆発事故は20年来続く中国の生産安全問題のほんの1つにすぎず、環境汚染問題や中国社会が直面する他の問題と同様、その病巣は政治体制と人命軽視という中国社会の体質の問題に集約される。

 そう考えると、こうした事故というのはこれからもなくならない。それこそ政治体制が変わり、社会の価値観が根底から変わらない限り、状況は改善しないだろう。

 そこで私が非常に怖く思うのは、今後10年ほどで国内外に100基以上はできるであろうと予測されている中国製原発の安全運転の問題なのだが、それはまた別の機会に紹介するとしよう。

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