2019年3月27日、ソウルで開かれた大韓航空の定期株主総会で「オーナー」会長である趙亮鎬(チョ・ヤンホ=1949年生)氏の再任案が否決された。
韓国の財閥総帥が総会の議決で敗れて退任するのは初めてのことだ。
「趙亮鎬アウト 資本市場のローソク革命」
資本市場のローソク革命?
韓国の聨合ニュースは27日、大韓航空の株主総会をこんな見出しで報じた。
韓国では、2016年末以降朴槿惠(パク・クネ=1952年生)前大統領弾劾を求めて連日のように大規模な「ローソク集会」が開かれた。この過程を「ローソク革命」と呼ぶことがある。
この日の総会も、歴史的な出来事だったという意味だ。
大韓航空の総会は午前9時に始まった。
この日、最も注目を集めた案件は、登記理事(取締役に相当)の選任だった。大韓航空の定款では登記理事が再任するためには、総会で3分の2の賛成を得る必要がある。
1時間で終わった総会の結果は、趙亮鎬会長の再任について、賛成64.1%、反対35.9%だった。再任のためには「66.66%」の賛成が必要だったが、2.6%不足して案件は否決になった。
趙亮鎬会長は3年の任期切れを迎え、再任を目指していた。
ファミリーの不祥事相次ぐ
趙亮鎬会長は、1999年に父親である創業者を継いで会長に就任した。その後、再任を重ねてきた。
20年目となる今回は、だが、これまでのようにすんなりと再任できるような状況ではなかった。
ここ数年、趙亮鎬会長ファミリーの不祥事が相次いで表面化していたからだ。
2014年には有名な長女の「ナッツリターン事件」が起きた。2018年には、次女が取引先会社との会議の席で暴言を吐いたうえでコップの水をぶちまけた。また妻が、取引先や部下に暴言を繰り返していたことも分かった。
さらに、一家が会社の金を流用していた疑惑も浮上した。次々と出てくる「オーナー家の不祥事、不正」に対して、社内外で強い批判が出ていた。
趙亮鎬会長自身も会社に対して274億ウォン(1円=10ウォン)の損害を与えたとの容疑で起訴され係争中だ。
「オーナー」でないのに「オーナー」?
「会長はほんとうに再任できるのか?」
総会が近づくにつれて、こんな声があちこちから聞こえてきた。
「オーナーなのにどうして地位が安泰でないのか?」
この点こそ、韓国の財閥が抱える最大の構造的な問題でもある。大韓航空の株主構成は以下の通りだ。
持ち株会社である韓進カルやオーナー家など 33.35%
国民年金基金 11.56%
外国人 20.50%
その他 34.59%
趙亮鎬会長を韓国でも一般的に「オーナー会長」と呼ぶが、実は支配株式は全体の33.35%にしか過ぎないのだ。
これは、大韓航空だけの問題ではない。韓国の財閥は過去30年ほどの間に急成長し、また、代替わりした。この過程で、創業者の後継者である子供たちの持ち株比率はどんどん低下してきた。
大韓航空の場合、趙亮鎬会長などファミリーによる大韓航空の持ち株比率は1%もない。持ち株会社の株式を25%保有することなどで、何とか経営権を維持してきた。
他の財閥も事情は同じで、持ち株会社や資産管理会社などを駆使しながら支配株を増やそうとしてきたが、過半数を握っている場合はほとんどない。
「オーナー」とは言うが、本当の意味では会社の「オーナー」ではないのだ。
それでも「無難な経営」を続けている限りは、他の株主も「オーナー」による経営に反対はしてこなかった。
「オーナー」の強いリーダシップが競争力維持に必要だという認識が定着していたからだ。
専門経営者に交代させて経営上の混乱が起きることを避けたいという株主も少なくなかった。
国民年金が再任に反対
ところが、大韓航空の場合もそうだが、長年の「オーナー経営」で様々な問題が表面化してきた。
不透明な資金の流れ、経営能力がない家族の経営参与などに対する社内外の視線はどんどん厳しくなってきた。
大韓航空の総会の場合は、機関投資家などから再任反対の声が上がり、前日まで情勢は混沌としていた。最後に決定的な役割を果たしたのが「国民年金基金」だった。
韓国の国内企業の株式を100兆ウォン以上保有する国民年金は2018年に機関投資家の行動指針であるスチュワードシップ・コードを導入し、議決権を行使して積極的に経営に関与する姿勢を示している。
大韓航空の総会前日に「受託者責任専門委員会」を開き、趙亮鎬会長の再任に反対票を投じることを決めた。
ぎりぎりの票集めをしていた大韓航空経営陣にとって、11.56%の株式を握る国民年金の反対は、とどめを刺す一撃となってしまった。
趙亮鎬会長は、財閥総帥が総会で再任に失敗した初の例となる。
韓国メディアによると、本人は体調不良で総会に出席せず米国カリフォルニア州の別荘で静養中だという。
29日には持ち株会社の総会
趙亮鎬会長が再任できなかったことでどんな影響が出るのか?
大韓航空の社長である趙亮鎬会長の長男と副社長である専門経営者が「代表理事」として続投することになり、当面、経営に大きな支障が出ることはないという見方が多い。
ただ、長男への経営権継承作業が難航する可能性はある。趙亮鎬会長のグループ全体への支配力が低下することは避けられないからだ。
大韓航空を傘下に置く持ち株会社、韓進カルも29日に総会を開く。国民年金はここでも「横領・背任などの容疑で禁固以上の刑が確定した登記理事は退任する」と定款を変更する提案を出している。
趙亮鎬会長を標的にしていることは明らかだ。
再び票対決になる見通しで、場合によっては、「オーナー支配」に大きな影響を与える可能性もある。
韓国の産業界は、大韓航空の総会に危機感を強めている。
韓国の財界団体である全国経済人連合会は、大韓航空の総会で趙亮鎬会長の再任が否決になったことを「遺憾だ」とする声明を出した。
特に、国民年金の反対に対しては「趙会長がこれまで株主価値を高めることに努力してきたことを考慮しない判断だ」と批判した。
韓国上場企業の大株主
国民年金は、韓国の上場企業の「大株主」だ。5%以上の株式を保有している企業が297社、10%以上の株式を保有している企業も81社ある。
22日の現代自動車の総会では、外国系ファンドが求めた配当増額や役員選任案に反対して経営陣を支持した。
一方で、大韓航空と同じ27日に開催されたSKの総会では崔泰源(チェ・テウォン=1960年生)会長の登記理事選任に反対票を投じた。
SKの場合、崔泰源会長の選任が決まったが、大韓航空のようにぎりぎりの票対決になった場合、国民年金の判断が大きな意味を持つ例はさらに増えると見られる。
2015年には、サムスン物産と第一毛織の合併を巡って激しい票対決が繰り広げられた。このときも国民年金が「賛成」に回ったことが合併実現の最大の要因だった。
だが、その後、この判断を巡って大きな批判にさらされることにもなった。
「大韓航空のオーナー家は様々な問題を起こし、世論の批判が強かった。国民年金はきちんとした指針に基づいて判断したと説明しているが、世論の動向の影響が全くなかったのか」
株価は上昇
大韓航空の株価は、27日、前日比800ウォン上昇して3万3200ウォンとなった。総会で会長再任が否決されるや、グループ企業株が一斉に上昇する動きもあった。
大韓航空の「オーナー」会長退陣劇は衝撃的だったが、証券市場は、経営にプラスと見たのか。「オーナー家」に対する批判がそれほどまでに強かったのか。財閥のオーナー経営に対する否定的な声を反映したものなのか。
「行動する国民年金」の動きは、韓国の今後の財閥経営を大きく左右する可能性を秘めている。
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