中国の巧妙な重商主義外交によって欧州連合(EU)がじわじわと分断されている。習近平・国家主席が3月下旬、イタリアモナコフランスの3カ国を歴訪した。浮かび上がってきたのは、中国を長く「多極世界の構築」を目指す「パートナー」とみなし、鷹揚に構えてきたEUが、中国の資金と技術によって自らが“捕食”される存在となりつつある現実を認識し、米中露などとの大国間競争の敗者となりうる事態に恐れを抱き始めた姿だ。欧州が身を置く状況は、実は日本にとっても無縁ではなかろう。

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西欧の取り込みに狙い

 習氏にとっての欧州歴訪のクライマックス3月23日ローマでのコンテ伊首相との会談だったはずだ。インフラ整備を通じて中国の勢力圏を拡張する構想「一帯一路」で、中伊両国が協力することを定めた覚書に両首脳が署名したのだ。交通・インフラ整備や投資促進のほか、西のジェノバ、東のトリエステという2つの港湾開発を中国が請け負う。習氏はコンテ氏との会談で「中伊は古代シルクロードの両端に位置する。一帯一路の覚書を契機として各方面での協力を進めたい」と謳い、コンテ氏は「両国はもっと効果的で良好な関係を築かねばならない」と応じた。

 ユーロ圏に属するイタリアは、毎年の予算編成で財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以内に収める義務を負っている。その縛りの中で老朽化したインフラの更新や南部の貧困問題に対処するのは容易ではない。「同盟」「五つ星運動」という左右ポピュリスト政党による『反EU』の連立政権は財政的な制約下にあり、中国の潤沢な資金は干天の慈雨となる。

 中国側から見るとどうか。陸のシルクロードと呼ばれる「一帯一路」では、中国は欧州において、すでに旧共産圏16カ国との間で協力の枠組み「16プラス1」を持っている。バルト3国、旧東欧諸国、バルカン半島の国々が参加し、大規模なインフラ整備事業ではこれらの国々の対中依存度は高まりつつある。問題は、このうちポーランドチェコハンガリールーマニアバルト3国など11カ国がEU加盟国であることだ。EUという共同体は、国境管理や通貨、財政規律、競争法、環境保護、農業などさまざまな分野で加盟国が少しずつ主権を共同体に移譲し、ルールを共有することで成り立っている。同時に、比較的豊かな西の国々から相対的に貧しい東の国々に富を再配分することで、自由・民主主義や法の支配、人権といった価値観を浸透させ、「不戦の共同体」を構築してきた。

 その共同体を運営するブリュッセルの執行機関などから見れば、共産党一党独裁の中国が国家資本主義と「運命共同体」の建設を掲げ、欧州へひたひたと迫ってくる事態は、体制と価値観を共有する共同体を「分断」する挑戦以外の何ものでもない。欧州は、ここに危機感を強めた。とくに、欧州統合の原加盟国(仏独伊とベネルクス3国)であり、ユーロ圏第3位の経済規模を持つイタリアが、旧東側の16カ国のような立場に身を置いた事実は重大な意味を持つ。

 主要7カ国(G7)が「一帯一路」に参画するのは初めてだ。中国にとって東欧諸国との関係構築が欧州進出への第一歩だったとすれば、イタリアとの覚書は西欧の取り込みに向けた第二歩といえる。習氏は、欧州大陸の大地に両足を着け、西欧への影響力投射をにらむ戦略は前進したと計算しているはずだ。

EUが対中戦略の見直しへ

「16プラス1」のメンバーではないが、中国企業に首都アテネ近郊のピレウス港の運営権を委ねたギリシャが、すっかり中国の影響下に取り込まれた事実が重大な先例としてEUに記憶されている。2016年夏、中国による南シナ海での人工島建設や軍事要塞化に関して仲裁裁判所は中国の「権益」を一切否定した。EUは対中非難決議を採択しようとしたが、ギリシャが拒否権を発動して不発に終わった。17年にはEUが国連人権理事会で中国の人権状況を批判する声明の採択を試みたが、この時もギリシャが反対し、EU外交を毀損した。

 中伊の急速な接近に対し、フランスマクロ大統領やEU執行機関・欧州委員会のユンカー委員長らが強く反応したのも無理はない。マクロン氏は22日にブリュッセルで行われたEU首脳会議の場で記者団に、「中国に関して欧州がお人好しでいる時代は終わった。長い間、われわれは対中政策で共同歩調を取らず、中国は欧州の分断から利益を吸いあげてきた」と警戒感を直截に表現した。ユンカー氏の中国に関する発言は「トランプ大統領並みだった」との報道もある。

 EU首脳らは会議で、欧州委員会による対中戦略の見直し計画を承認した。この文書は中国について「全体的なライバルである」と明記し、気候変動対策や核不拡散問題では従来型の協調維持を掲げつつも、「お人好し」一辺倒の路線とは明確に決別するトーンで貫かれている点が目新しい。

 中国の対欧投資を規制することや、中国に市場開放をより厳しく求めること、中国が積極的に輸出する次世代通信5Gの通信網整備については安全保障上の脅威の有無について検討すべきことなども盛り込んでいる。ある欧州外交官は「中国による分断工作をはねつけるための対策だ」と語っている。首脳会議では、サイバー分野についてはコンテ伊首相も「懸念を共有する」と述べ、この分野で中国と協力する場合には、透明な形でEUに情報提供すると約束した。EU内で高まる懸念に一定の配慮を示さざるを得なかったのだ。

 マクロン氏は26日、習氏が国賓として滞在中だったパリにユンカー氏とメルケル独首相を呼び、4者会談を行った。EUの中軸をなす独仏と欧州委員会の共同歩調をアピールするために設定したものだ。この場でもマクロン氏は「中国はEUの一体性と価値観を尊重しなければならない」と述べ、カネにものを言わせて欧州の分断を図る試みを率直に批判したのである。

鷹揚な対中観の背景に

 中国に対する欧州の鷹揚な態度は、長く日米にとっては頭痛の種だった。例えば、2010年ごろには、EUが天安門事件1989年)後に発動した対中武器輸出禁止措置を解除する動きが表面化、米国が猛烈な圧力をかけて思いとどまらせた経緯がある。「米国の力」によって平和が保たれているアジアの安全保障に対中軍事援助がどう影響するかという問題意識は、遠く離れた欧州の関心事ではなかったのである。

 筆者のフランス取材の経験から他にもいくつかの要因が考えられる。

 例えば、中国研究に従事する専門家の多くは左派に属し、容共的ですらある。共産党が支配する中国に一定の親近感を抱く人は少なくない。かつての最高指導者・鄧小平フランスへ留学した歴史も関係しているのか。もっともこの傾向は欧州以外でも見られる。対中関係に関する議論を主導する立場にあり、「中国も豊かになれば将来は民主化するのではないか」との夢すら抱いてきた専門家たちの多くが、中国を脅威とみる視点を生理的に拒否しているのだ。

 遠いアジアの安全保障情勢は、欧州ではニュースになりにくく、一般国民が関心を持つこともほとんどない。中国への関心は、米国を猛追する経済成長や巨大な市場、人権問題あたりに集中する。実際に中国は欧州から非常に遠い。中国が欧州を侵略した過去もなく、互いの文化への憧れが大衆レベルでの関心の中心を占めてきた。大半の政治指導者の対中認識も、多かれ少なかれこれと似通っている。

 もちろん外交当局やEUの次元では、中国を安全保障の文脈でとらえる視点も存在はする。トランプ政権が「離脱」したイランの核開発をめぐる多国間合意には、EUやロシアと並び、国連安保理の常任理事国である中国が合意当事国として関与した。中国海軍はアデン湾では海賊対策に参加し、各地の国連平和維持活動(PKO)にも積極参加しているからだ。

 一方、欧州の対中経済関係が深まった結果、中国を安保上の脅威と位置づける議論が軍需産業を含む財界にとっては面倒なものとなる一面は否めないだろう。

浮沈をかけた改革はなるか?

 こうした背景を踏まえると、マクロン氏がストレートな物言いで習氏の面前でその野心をけん制し、EU首脳会議でも新たな対中戦略を採択した事実の重みが分かるだろう。欧州は今や、世界で覇権を競う米中の競争力やロシアの複合的な脅威を前に、強力なプレーヤーたちに“捕食されかねない”という弱者としての危機感を抱いているのだ。

 問題の一因は、EU加盟国が自国の国家安全保障政策に関する主権をまだEUに移譲していない制度にもあろう。例えば、中国の通信大手「華為技術ファーウェイ)」を5G通信網整備に関与させるか否かについての最終的な判断は、EUではなく、加盟国が下す。安保政策の「統合不足」は、中国による分断工作を許す弱点だろう。マクロン氏が中国に注文をつける一方で、300機のエアバス機売却について習氏の同意を得たことが示すように、対中関係は是々非々のバランスも難しい。

 マクロン氏はさる3月5日、EU加盟国の28のメディアに寄稿し、「欧州の再生」を呼びかけた。ドイツを怒らせるユーロ圏の共通予算構想など従来の主張は封印し、米国が強く求める国防費の増額をEUが義務化することや、内実の伴う共同防衛計画の策定、EUから離脱するであろう英国を取り込んだ「欧州安全保障理事会」の創設、相互防衛条約の締結をなど提唱した。通商政策では、租税、データ保護、環境などのEU基準や戦略的利益を無視した商取引を禁じることや、米中並みの産業・調達政策を導入すべきことも主張した。

 EUが今後、マクロン氏の問題提起をどこまで議論するかは不透明だ。28カ国の総意で重要案件を決めていくEUの意思決定は確かに時間がかかる。だが、こうした大手術が必要であることは間違いない。第2次大戦後の欧州は「平和構築」「繁栄の共有」「民主制度の改革」という発展指向の試みによって運命共同体を築いた。その欧州はいま、文明を共有する一体的な空間の「防衛」、つまり自らの浮沈をかけた闘いに直面している。

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