本連載では、Appleの最新情報を噛み砕いて解説する。第26回は2019年3月末に開催された同社スペシャルイベントの内容を振り返りつつ、これからのAppleに筆者が期待していることを伝えたい。

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スティーブ・ジョブズ・シアターを訪れたのは今回で3回目となったーー。

アップルパークに入り、同シアターを訪れるまでには、小さな丘を登って歩く。当初と比べると、芝がかなり綺麗になっていた。天候は雨でこそなかったが、風が少し強く、冬物の上着なしでは少し肌寒い程度だった。

スティーブ・ジョブズ・シアターの1階は、ご存知の通り、柱の無い広々とした空間だ。全面ガラスで見通しが良く、人は本能的にカメラを取り出してしまう。

この空間には従来何も設置されていなかったのだが、今回は中央にコーヒーを出すカウンターがあったり、ソファが数席設置されてたりして、さながらお洒落なカフェだった。スタッフのTシャツには「Caffe Macs」の文字――。ちなみに、コーヒーの味は、程よく酸味が主張して飲みやすかった。

小一時間ほど待機し、開場を迎える。両サイドをぐるっと囲むように伸びる地下への階段を下り、ホールへと向かう。そして、いつものスペシャルイベントで新製品が設置されているホワイエのシャッターが開いているのに気いた。もしや、今回は製品が出ないのではーー。

この辺りで噂は確信に変わった。

「今回はいつもと違う」

シアターが暗くなり、洒落た映画のオープニングを模したムービーが流れだす。そういえば招待状に「It's Show Time.」って書いてあったっけ……。「Edited by A THOUSAND NO'S FOR EVERY YES」とか「Directed by THE CRAZY ONES」とか、改めて見直すと結構遊んでる。まぁ、ここからは公式のライブストリーミングでも配信された通りだ。


今年日本で注目しておきたいサービスは2つ
今回のスペシャルイベントで、Appleは前もって発表していたハードには触れず、4つの新サービスについての発表に注力した。Apple流のdマガジンとも言える「Apple News+」、Apple Pay専用のクレジットカード「Apple Card」、App Storeに新設されるゲーム遊び放題のタブ「Apple Arcade」、そして、オリジナルのビデオコンテンツが視聴できる「Apple TV+」だ。

どれも興味深い内容だったが、この中で近い将来日本に来る可能性が高いのは「Apple Arcade」と「Apple TV+」の2つ。それぞれ、150以上の、100以上の国と地域で提供されるーー、と紹介されている。具体的な国名は明らかになっていないが、おそらく日本が外れることはないだろう。

経済的な視点では、ハードウェア市場の成熟を考慮して、サブスクリプション型のビジネスモデルを自然な範囲で拡大したのだろうという文脈が成り立つ。

一方、現場の肌感としては、「アメリカ国内に広がる社会問題を解決したい」「我々はユーザーのプライバシーを守る」「質の高いコンテンツ作りにも投資していく」といったAppleとしての宣言を感じる側面が強かった。

個人的には、特に「Apple Arcade」が気になる
今回発表されたサービスの中で筆者が特に注目しているのは、秋から提供予定である「Apple Arcade」だ。個人的にゲーム全般が大好きという事情もあるが、市場にどんな影響を及ぼすのか気になって仕方がない。

そもそも、近年スマートフォン市場が成熟したことで、モバイルゲームアプリのダウンロード数は伸び悩むと見込まれていた。しかし、モバイルアプリを通じた売り上げ自体は拡大傾向にあると考えられている。これは、ゲームアプリ内での課金などにより、効率的な収益化構造ができ上がってきているからだ。

一方で、ゲームを製作するクリエーター側にとって、もどかしい側面もある。質の良い、没入感の高いコンテンツは、フリーミアムでは作りづらい。また、有料アプリとして提供する場合も、それをヒットさせるのは簡単ではないのだ。

Appleは、ここにサブスクリプション型の「Arcade」を加えてきた。ゲームクリエイターは、フリーミアムでも買い切りでもない手段を選択できるようになる。Appleとしては、ゲーム開発に助成する姿勢を示しており――もちろん選抜的な段階はあるだろうが――、この仕組みを利用することでクリエーターとしては収益化を不安視せずに、質の高いゲームを開発できるようになるだろう。

心に残るゲーム体験がしたい
いちユーザーとしての筆者個人的な視点に切り替えると、「Arcade」タブの登場を熱烈に歓迎したい想いがある。そもそも、フリーミアムな収益構造を持ったゲームアプリよりも、有料の買い切りアプリの方が好きなのだ。これは、幼いころから家庭用ゲーム機のソフトに親しんできた経験があるからだろう。どうしても無料のスマホアプリを通じて得た感動は、家庭用ゲーム機のそれに見劣りしてしまう。

例えば、スマホアプリの場合、「RPG」と名前がついているソフトでも、いつクリアできるかわからずにダラダラとストーリーが追加されていくパターンが多い。この手のタイトルでは、ストーリーがだんだん進むにつれて敵キャラクターが強力になっていく傾向がある。最終的には、課金して強力なキャラクターや武器を揃えないとクリアできなくなるわけだ。経営的には正解なのだろうが、ネットゲームにハマりきれないユーザーからすると、ふと現実に引き戻される瞬間が来て、そこでそのゲームアプリにサヨナラを告げることになる。

一方、家庭用ゲーム機のソフトを通じた体験は、こうしたものではない。ゲーム内でレベルを上げたり、何度も試行錯誤してプレイヤーのスキルを高めれば、多くの場合エンディングにはたどり着ける。言葉に表しきれない興奮とともにエンディングを迎え、今まで浸っていた世界がスパッと急に終わりを告げる。なんとも言えない切なさとともに、満ち足りた読了感に浸れる瞬間が来る。

つまり、両者の間には、ネットのニュースを拾い読みするのと、一冊の名著を読み終えるくらいの差があると思うのだ。質の良いゲームは芸術であり、心を揺さぶる作品であって欲しい。筆者が「Apple Arcade」に期待するのはコレだ。“スマホゲームで感動させて欲しい――”。正直、料金次第というところはあるが、非常にリリースが待ち遠しい。

もちろん、こんなことを言いながら、無料のスマホゲームでも感動したことはあるし、素晴らしい作品に出会った経験だってある。感動を生まないゲームにも、ただただ心を無にして遊べる良さがあることも知っている。あくまで、Arcadeという場・仕組みで、もっとたくさんの良きゲームとの出会いが生まれるのであれば歓迎したいというスタンスだ。

Apple Arcadeについては、既に日本語ウェブページも公開されている。100以上の新作が登場するとされ、既にいくつかのオリジナル作品について、紹介文が公開されている。

参加が判明している製作陣には、著名なゲームクリエーターを始め、SEGAコナミといった日本のビッグネームも確認できた。つまり、日本のゲーマー的センスで魅力的に思えるコンテンツもチラホラ出てきそうな気配なのだ。まぁ、ここに「マリオ」や「ポケモン」が入れば言うことなしなのだがーー。いまのところ、任天堂の名前は確認できていない。

Apple Arcadeは、広告なし、マルチデバイスで遊べ、オフラインに対応。家族6人までのファミリー共有で利用できる。最終的にどこまでの規模感に到達するのか想像もできないが、秋をスタートラインとしてアプリ数は着実に増えていくだろう。

従来のAppStoreから「Apple Arcade」タブへ――。かつてiTunesでアルバムを購入していた時代から、Apple Musicのような視聴スタイルへと遷移したように、モバイルゲームのメインストリームもサブスクリプション型へと変わっていくのだろうか。無料アプリを食い尽くすことはないとしても、市場に何かしらの変革は起きるはずだ。

text井上晃
(d.365

掲載:M-ON! Press