東京・渋谷にある発達障害バー「The BRATs(ブラッツ)」。ここは、マスター以下スタッフのほぼ全員が“発達障害の当事者”であるバーです。当店には毎晩、僕らと同じように発達障害の悩みを抱えたお客さんたちが数多くいらっしゃいます。そんな生きづらさを抱えた方たちが少しだけ羽を休めに立ち寄るバーの日常を、僕、マスターの光武克(みつたけ・すぐる)がご紹介します。



==【発達障害とは?】==

■自分の世界に閉じこもりがちな「自閉症スペクトラム症」(ASD)

■注意欠陥と衝動性が強い「多動性注意欠陥障害」(ADHD

■特定分野(計算だけ異常にできないなど)の理解が困難な「学習障害」(LD)

上記の3種類が一般的に知られている。発達障害者はそれぞれ複雑な“特性”を抱えそれによって日常生活において、さまざまな支障が出る人も多い。

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◆― 光武克の「発達障害BARにようこそ」第8回 ―



「ねえ、光武さん、私は仕事をして困っている人の役に立ちたいんです。でも、いくつも採用試験に落ちちゃってて……発達障害って社会のお荷物なんでしょうか?」



 こういう悩みを相談していらっしゃった方が本日のお客様です。名前は中本さん。30代の男性で現在転職活動中とのことでした。今日は面接を受けてきたとのことで、ネイビーのスーツパープルネクタイが映え、飲んでいらっしゃるバーボンマッチしていらっしゃいます。



光武「困っている人の役に立ちたいって素敵な動機ですね。やっぱり自身の特性や経験を踏まえて、そういう仕事がしたいと思うようになられたんですか?」

中本「うーん、やっぱり人の役に立つ仕事をしたいんですよね。自分のことだとなかなか集中できないんです」



 僕自身もそうなんですが、発達障害(特にADHDの特性が強い方)は【利他】的な方が非常に多い印象を受けます。実際にデータを見たことがないので、断言はできないのですけど、お客様の話から一定の傾向はありそうだなと思っています。



 ちなみに【利他】的というのは、自分のために頑張ることよりも、自分以外の人(範囲がもっと広くなり社会全体になることもあります)が行動のモチベーションにつながりやすい傾向を意味します。



 僕自身の感覚で言えば、【利他】的であろうとする原因として、「自己肯定感の低さ」が大きいんじゃないかなと思ったりしますけど、実際のところはどうなんでしょうか。ただ中本さんのように、自分の利益を目指しても、仕事のモチベーションにならない(なりにくい)とおっしゃる方は多いと思います。



 僕がADHDの【利他】性が変わっているなぁと感じるのは、この感覚が、世間一般に言われる人間の欲求ともズレているからです。普通、人間はまず「安全に生き残りたい」という欲求を持ちます。ある程度その感覚が達成されると、「周りの人に認められたい」と思うようになるそうです。【利他】性を強く持つADHDの場合、安全に生き残れるかどうかよりも、人に認められたいという承認欲求が最初に来るように思います。やっぱりこのあたりも枠にはまりきらない僕ら独自の感性というべきものなのかもしれません。不思議な感じがします。



中本「……さん。光武さん。ボーっとしてどうしたんですか?」

光武「ははは、ごめんなさい。思考がぶっ飛んでました(笑)



 注意欠陥障害ともいわれるADHDは、会話の途中で別のことを考え始めてしまい、何の話をしているのか分からなくなってしまうことがあります。また会話の途中で、別の話を混ぜてしまい、複数のテーマで会話が成立するという特殊技能を持つ人もいたりします(ちなみに僕はこの特殊技能を持っています)。







◆どうして不採用になったのだと思いますか?



中本「……で、転職なんですけどね」

光武「そうでしたね。転職」

中本「やっぱり転職が難しいのって、僕が役に立たないからなのかなって」

光武「そんなことないですよ。障害のあるなしにかかわらず、転職ってニーズの問題だと思うんですよね」



 実は発達障害を取り巻く就労の環境はかなり改善されてきています。最近では障害者の法定雇用率も上がり、障害者手帳を取得して障害者雇用を希望する方にとって、微弱ですが追い風が吹いている傾向を感じています。ですが、一般枠でのクローズ採用(障害があることを隠したまま働くこと)なのか、また、就労移行支援事業所での経験のあるなしでも、転職活動の状況は大きく変わってきます。中本さんの場合、クローズで働いていることもあり、より転職に関しての難しさを感じていらっしゃるのかもしれません。



光武「ちょっと込み入ったことを聞きますけど、どうして不採用になったのだと思いますか?」

中本「それがよくわからないんですよね。分かれば僕もスッキリするんだけど」



 発達障害の方、特に自閉的な傾向が強い方の特徴なんですが、自分の見ている世界と、一般的な視点からみた世界とのズレがあったとき、自分の見ている世界の中から出てくることを拒否される方が一定数いらっしゃいます。前回の楠田さんも、そうした傾向が強い方でしたから覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか? 就職に関して、この自閉的傾向は非常に不利に働いてしまうケースが多いと僕は思っています。というのも、自分から見える視点でばかり語ってしまうので、第三者(つまり企業側)から見た自分を具体的にイメージできにくくなるからです。



発達障害の方は本当に正直に発言してしまう



 こうした特性に加えて、ADHDの方に多い【利他】性や衝動性が加わると、事態は一層複雑になります。本人は、「人の役に立ちたい」という100%の善意で行動しているため、その自分の善意が否定されたと勘違いして、必要以上に落ち込んでしまうのです。



光武「中本さん、僕は中本さんの『人のために何かをしたい』という気持ちが本物であることを知っていますし、そこと否定するつもりもありません。でも、中本さんをよく知らない面接官は、事前情報抜きに中本さんを評価するわけですから、その会社にとって中本さん自身が何を与えられるのかをもっと上手にアピールする練習をしてみてもいいんじゃないですか?」

中本「そうなんですね、あんまりそういうこと考えないで働いていたから、難しそうだってちょっと身構えちゃいますよ」

光武「そんなに難しいものじゃないですよ。他の人から見たときに『この人ウチで役に立ちそうだな』って思ってもらうフリをするだけですから。」

中本「なんだか人をだましているみたいで気が引けます」



 発達障害の方は本当に正直に発言してしまうんですね。自分の思ったことをそのまま。嘘をつくのも大嫌いな人がたくさんいます。見た目に無頓着な方が多いのも、嘘をつくのが嫌で、ありのままの自然体を見せたいという欲求からなのかもしれません。



光武「それは嘘じゃないですよ。なんだろう、社会の評価基準に合わせるってだけですよ。職を得るっていうのは、きっとその企業の基準に合わせられるかどうかをすり合わせた結果なのかもしれませんね。そういう部分で、正直に生きようとする発達障害者はきつい思いをするのかもしれません」

中本「そうですかぁ。ちょっと不服ですけど、頑張って合わせてみようかな」

光武「そうです、そうです! まず合わせてみて、そこから自分の個性をゆっくり周りに認めさせたらいいんですから。頑張ってください!」



 就職に関する悩みはいろいろとあると思います。特にこれから就活をする大学生は何を基準に動けばいいのか固まってしまう人もいることでしょう。中本さんのように、動機はしっかりしていても、その思いや能力を表現する術を知らないと躓いてしまうかもしれません。でも、大丈夫。そういう時のために、相談できる環境がきっとあるはずです。強すぎる思いで周りが見えにくくなっているとき、そういう時はウチでいっぱい飲んでみたらいいと思います。



 おっと、新しいお客様が来店されたみたいですね。それじゃあ、また。



 今回もお付き合いいただきありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。



*お客側の登場人物はプライバシーの問題から情報を脚色して掲載しています。

<文/光武克 構成/姫野桂 撮影/渡辺秀之>

【光武克】
(みつたけ・すぐる) 発達障害バー「The BRATs(ブラッツ)」のマスター。昼間は予備校フリー講師として働く傍ら、‘17年、高田馬場に同店をオープン。’18年6月からは渋谷に移転して営業中。発達障害に関する講演やトークショーにも出演する。店舗HP(brats.shopinfo.jp) ツイッターアカウント@bar_brats





※写真はイメージです