1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。

日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。


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ゴールの王と融合したドリームチーム

チームは4連覇に向けて、PSVでの5シーズン142試合127得点をたたき出していた“ゴレアドール”ロマーリオを獲得した。当時の外国人選手の出場枠は3名。そのため、それまで不動のレギュラーだったラウドルップ、ストイチコフ、クーマンのいずれかの選手は途中出場となった。実質、不動のスターターチームの心臓部だった中盤、グアルディオラアモール、バケーロの3選手だけだったと言える。

4連覇、そして衰退へ

バルセロナは1992-93シーズンクラブ史上初となる“リーガ3連覇”の偉業を成し遂げていた。それも、前シーズンと同様、最終節を前にレアル・マドリーを勝ち点1差で追う状況だった。そして最終節、レアル・マドリーは前年と同様、またしてもテネリフェに敗戦。バルセロナが、2度目となる“テネリフェの奇跡”で見事に逆転戴冠を果たしたのだった。

いずれも困難を極めた過去3シーズンの優勝。そして、それは4連覇を目指して迎えた1993-94シーズンも変わらない。過去3シーズンと同様に、苦しみながらの優勝だった。カンプ・ノウでのクラシコでは、ロマーリオのハットトリックなどで歴史的な5-0の大勝を飾るなど圧巻の試合を見せたバルセロナだったが、シーズン中盤に失速。徐々に首位から引き離されていった。それでも、終盤に地力を発揮し、2月からの15試合では13勝を記録するなど猛スパート。最終節を前に、首位デポルティボに勝ち点1差まで迫った。そして最終節、バルセロナセビージャに5-2で勝利。一方、デポルティボは、試合終了間際に訪れたPKのチャンスをジュキッチが外し、バレンシアゴールレスドローに終わった。この結果、バルセロナがまたしても最終節で逆転優勝。奇跡的な4連覇を達成したのだった。

4連覇という偉業を達成後、シーズンの残された目標は、クラブ史上2度目となるチャンピオンズカップ制覇だった。このシーズンバルセロナは順調にチャンピオンズカップ決勝まで進出。決勝ではカペッロ率いるミランと対戦した。前評判では、バルセロナが圧倒的有利だったが、結果はまさかの0-4。よもやの惨敗を喫した。そして、ドリームチーム崩壊の時を迎えたバルセロナは、その後3シーズンにわたってリーガタイトルから遠ざかることになった。


FWロマーリオ(27)

ゴールを奪うために生まれてきたボックスプレイヤーシーズン前の入団会見で30ゴールを公約に掲げた男は、見事に最終節で公約を達成した。ボックス内におけるポジショニングの巧みさ、ファーストコントロール、そして何よりも決定力は他の追随を許さなかった。169cmと小柄ながらも、体幹の強さを駆使したボールキープは見事。ポストワークもそつなくこなした。難点だったのは、その自由奔放な性格。アトレティコ戦ではシメオネに暴行を働き、シーズン途中に6試合の出場停止処分を食らうなど世間を騒がした。それでも、歴史的な4連覇達成に向けてロマーリオという強烈な刺激をチームに注入したクライフの判断は大成功だったと言えるだろう。
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