4年に一度の選挙シーズン地方自治体選挙にも注目が集まっていると思います。人によってはマイナスの要因として見られることもあった課題・特性を持った5人の方に取材しました。課題を抱えながら社会をどう考えていたか、選挙に出て、議員となって何を感じたか?なぜ当事者が必要かを答えていただきました。

おぎの稔 前大田区議会議員(1期)発達障害・てんかん・自死遺族

議員になる前、当事者として選挙、政治への思いは

 発達障害と診断されたのは今年になってからですので、ここではまず、てんかんについてお話します。診断されたのは高校生の時でしたね。部活に行く際に、倒れて救急車で運ばれて。それまでも気づいたら意識が飛んでいた、時間が経っていたこともあったのですが、正式に診断され、そういう病名なのかと。

 高校卒業後、バイトして貯めたお金で運転免許を取りに行ったのですが、教習所で素直にてんかんであることを申告したら、発症後、決まった期間は免許の取得ができないということで(以前は免許の取得すらできなかったようですが)、その場で帰らされてしまいました。約半額はテキスト代ということで帰ってこなくて。そりゃないだろと。後に調べたら普通運転免許以外にも、制約を受けることがあるのだと知りました。医師の診断と許可があれば、免許が取得できることも知りましたね。今は、免許を取得しています。

 最近は、あまり見かけませんが、メディアで、てんかん患者が交通事故を起こすことが続々と取り上げられたりしていました。報道によれば、その方は治療も受けてなく、申告もしていなかったと。そういう状況と他のてんかん患者を一括りにするような姿勢には疑問を持っていました。てんかんも治療によっては大幅に症状を抑える事ができますし、私のように医師の診断を経て、運転免許を取得し、運転できる人もいる。そういうことがなかなか社会には伝わっていかないんですよね。

 前回、2015年大田区議会議員選挙に出る際、チラシにはてんかん患者であることを記載していたのですが、地域の方からは「てんかん」であることは伏せておいた方がいいと言われました。同じ課題を持った方へは響くと思ったのですが、一般的には議員を目指すものが課題を抱えているのはマイナスなのかなと感じました。

 自死遺族は、小学校の時のことです。同居していた母方の祖母の死だったこともあり、衝撃を受けました。ドラマや物語の世界の中だけの話と思っていたら、死に方も2段ベッドの柱にタオルを巻きつけて、座ったまま…だったので、誰でもできる方法なんですよね。ゆっくりと受け入れる、といったことができない急な家族の死ですから、「なぜ?」という感情が強かったのを覚えています。

 最近になっても、父方の祖母も自殺をしたと父から連絡を受け、さらに驚きました。

おぎの稔 前大田区議会議員

おぎの稔 前大田区議会議員

当事者として実際に当選してから感じた事や取り組み

 てんかん以外にも課題を抱えた方はたくさんいるのですが、課題への対策・対応が学校や自治体の現場では杓子定規でなかなか進んでいかない、追いついていないことを感じました。課題を上げたらキリがないのかもしれません。とはいえ、例えばてんかんのような特性、課題について課題を持った当人も、周囲の理解ももっと必要じゃないかと。

 自分が診断を受ける前でしたが、発達障害を抱えた知人からも「もっと子どもの頃に自分の特性を理解していたら、私にも違った人生があったかもしれない」と言った声をいただいていたこともあり、区議会で質問もしたのですが、例えば保健体育の授業の場合、国の学習指導要領に「健康な生活と疾病の予防について理解を深めることができるようにする」とあり、予防、健康増進が保健体育など学校教育の基本となっていることから、予防の難しい様々な疾患については、ほとんど触れてこなかったのですよね。障害になってくるとまた違ってくるのかもしれませんが、グレーゾーンにある課題や特性、特に最近認知されてきた精神疾患発達障害などはまだまだ進んでいないなぁと。

 そうはいっても同じような課題や特性を持って苦しんでいる方はいるのだからと、何度も議会ではてんかんなどの持病、自死遺族について取り上げてきました。無駄じゃないんだなぁと思ったのは、自死遺族では取り組みとして平成31年度の大田区の予算で、自死遺族支援のためのモデル事業「わかちあいの会」に予算が付いたことですね。全体からすると微々たる額ですが、大田区の取り組みとして自死遺族支援が予算化されたことは素直にうれしいです。

 課題を持った人への教育という点では、教育長から「見た目では判断しにくい困難を抱えた方々の生きづらさや、逆に、その困難を乗り越え前向きに生きる姿に学ぶことも、児童・生徒が見落としがちな人々の存在に気づかせ、また、みずからの生きる力の育成につながる大切な取り組みと考えます」と答弁をいただけたことも嬉しかったです。

発達障害1年生

 診断を受けたのはつい最近です。区内の病院で注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断を受けました。薬はコンサータとモサプリド。診断書を書いてもらって、区内の地域福祉課で東京都の自立支援医療費制度(精神通院治療)の申し込みを行った所です。薬が高額ということもあり、1割負担になったり、上限額が決まっていたり、収入など条件が人によりますが、申し込んだ方がいいと病院からも勧められました。

 以前から、夜ふかししたわけでもないのに極度の眠気に襲われてそれが改善しなかったり、コミュニケーションでうまくいかない、伝わらないことや誤解を受けることがあったり、落ち着きがなかったり、仕事を一度に複数抱えてしまい、でもそれをなかなかうまく処理できなかったりといろいろ課題はあったのですが、今回は思う所もあって病院に行きました。性格診断テストの詳細版のようなものも何種類か受けましたね。

 振り返ると「それは政治家の仕事なの?」と聞かれるような、議会での議論とか条例審議のような話ではなく、児童虐待や自殺相談、離婚調停ですとか、個人の悩み、相談に深入りして他の仕事が手につかなくなるような、一つのことに集中すると周りが見えなくなることも何度もありました。結構、イライラといいますか、カッとなりやすい面もありましたね。

 また、自分自身で抱えられないのに無理をして多くのタスクを抱えてしまったり、お金なども気安く負担をしてしまい、結果追い詰められてしまったり、特性のせいというわけではなく、私自身、相当脇が甘かったのも事実ですが、今はそういう特性のある人間なんだと理解できたこと、また服薬によってある程度、特性を抑えられることなどがあり、やり直せるよう頑張っている所です。自分自身、まだまだ診断を受け、服薬を始めたばかりですが、当事者として、他の同様の課題を抱えた方と同じように、ちゃんとこの特性とも付き合っていきたいなと思っています。

なぜ当事者が必要か?当事者にできることとは?

 社会的に話題のテーマですとか、マジョリティにウケるテーマに偏らず、また党派性とも関係ない細かいテーマに邁進することができるというのは一つ、強みだと思います。そうでないと地味なテーマはなかなか何度も何度も、限られた議会での質問時間を使って追いかけていかない。私もその日の質問時間の半分以上が自殺関係だったことがあります。

 当事者である事で、てんかんや自死遺族について「実は自分も、自分の家族も」とこっそり教えてくれた方もいます。共感を得られやすいのだと思います。

 議会という場で、当事者が発言する意味というと、今も大切にしている出来事があります。てんかんについて区議会で触れる際、自分が当事者かどうかを話すかどうか迷い、役所にも相談をしました。その時に質問を調整していた方が「ぜひ言ってください。議員のような立場の方が、議会の場で発言してくれることが同じ課題を抱えた方への希望になります」と言ってくれて、そういうことがあるのかと。だからどんどん当事者性を出していこうと。私は妙に属性をたくさん抱えているような気もするので。今は、禁止されていますが、日雇い派遣をしていたこともあるんですよ。

 実際に私は、自死遺族や自殺対策のことも何度も取り上げてきましたけれど、担当ではない職員の方からも「荻野議員がそういう問題意識を持っていることは私どもも認識しております」と声をかけていただいたこともあります。先ほど言っていた自死遺族支援も「まずは自殺者を減らすこと、まず、自殺対策の方が重点なんです」と何度も担当者が変わっても、区側からも言われていたんですよ。そんな中でも予算が付いたことは嬉しいですね。

「障害」ではなく、誰しもが持つ課題の一つとして

 障害という言葉の表記について、害を「がい」と平仮名にすればいいというものではないと思うのでそういう小手先のことではなく、様々な課題、特性を「害」ではなくてそれぞれの特徴として、人間の無限の可能性として、社会が受け入れることができればいいなと思っています。

 私自身、多くの失敗をしてきました。学ぶこともたくさんありました。人間はそうそう一人では生きていけません。この状況でも支えてくれる方がいて、応援してくれる方がいて。そういうことのありがたみを私もちゃんと返していかなければならないし、他の人にも伝えていかなければと思っています。「どうせ自分なんか」「自分なんかいらない」なんて言って泣いている人がいたら、「そんなことないよ」と。たった一人でも自分の味方をしてくれる人がいたら、案外何とかなることも多いのではないでしょうか?

 かつては血縁、地縁といったつながりでカバーしていたことが、カバーできなくなってきている。そういう所から表出している問題も多いのではないかと思います。

 昔は「少しおかしな人」だったり、原因不明の病気のように片づけられてきたことが、科学的にも証明され、医学の進歩など環境が変わってきたこともあり、病気や特性、障害として認知されるようになりました。多くの人が自分の特性と向き合い生きることは、本来であれば昔より簡単になってもおかしくないはずです。とはいえ、そうとは言い切れない現状もあるんじゃないかと。生きづらさや閉塞感はどうなんだろうと。

 昨今の社会情勢を見ると、人間らしいと思える普通の生活や幸福感、かつて「当たり前」だった日々が、だんだんと享受できなくなっていく、社会が不確かなものになっていくようにも感じています。人の命や幸せを切り捨てるような冷たい社会になることを止める。命を守るのに右も左も与党も野党もありません。そのために失敗も課題もたくさん抱えた当事者として、活動をしていきたいと思っています。

※次回は、派遣社員・非正規の当事者として、おぐら修平足立区議にご登場いただきます。

おぎの稔 前大田区議会議員

おぎの稔プロフィール
昭和60年11月30日生 群馬県出身 33歳。小学生の時に同居していた家族の自殺を経験、自身もてんかんの持病を持ちながら社会人生活を行う中、政治、社会問題に大きく関心を持つ。発達障害の診断は今年。障害者支援、NPO、言論・表現の自由を守る団体職員などを経て、議員秘書を4年半経験したのち、2015年大田区議会議員選挙で初当選。現在無所属。矢口消防団第5分団団員、武蔵新田商店会会員
■特技:卓球(卓球全国大会審判資格を所持していました)
■資格:普通運転免許、食品衛生責任者、東京都障害者(児)移動支援従業者養成研修(知的障害者移動支援従業者養成研修過程)修了、ゲートキーパー研修中級修了
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おぎの稔 前大田区議会議員