韓国を代表する航空会社である大韓航空アシアナ航空が、同時期に「オーナー経営の危機」を迎えている。

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 多くの問題を抱える韓国の財閥の中で、どうして「航空財閥」が深刻な事態に陥ったのか。

 「偶然と言えば偶然だが、共通点も多い」

 大韓航空アシアナ航空で相次いで起きたオーナー経営を巡る問題。一見すると全く別の問題ではある。

大韓航空のオーナー、失意の急死

 大韓航空の場合は、同社を傘下に持つ韓進グループの趙亮鎬(チョ・ヤンホ=1949年生)会長が2019年4月8日、滞在先の米国で病死したことで一気に状況が緊迫した。

 趙亮鎬氏にとっては何ともやるせない「最後の日々」だった。3月27日大韓航空株主総会で登記理事(取締役に相当)再任案が否決されてしまった。

 韓国の財閥オーナーの登記理事再任が総会で否決されたのはこれが初めてのことだった。

 「ナッツリターン事件」を起こした長女や、取引先や部下に暴言を吐いた夫人や次女の事件など身内に不祥事が相次いだ。

 趙亮鎬氏自身も背任や横領で起訴され、こうした一連の「オーナー家の暴走」に株主が反発したのだ。

 趙亮鎬氏にとっては失意の日々だったはずだ。

 もともと韓国の大半の企業は、株主の過半数の賛成があれば登記理事に選任される。

 しかし、大韓航空の場合、韓国を襲った1997年の通貨経済危機の際に外国人投資家が「割安」になった株式を買い占める動きがあった。

 こうした投資家の要求による登記役員選任を阻止するために定款で、「3分の2以上の賛成」と登記理事選任基準を変更していた。これがあだになって趙亮鎬氏は、「落選」してしまった。

見えない後継体制

 趙亮鎬氏の死去で、背任などの裁判はなくなった。だが、韓進グループと大韓航空の「オーナー経営」を巡る大きな問題が迫ってくることになった。

 「後継体制」だ。

 オーナー家は、趙亮鎬氏の長男(1975年生)を後継者と考えているようだが、簡単ではない。

 「ナッツリターン事件」など相次ぐ問題で、社内外で、オーナー家の経営に対する批判が強い。

 大韓航空の登記理事留任は失敗したが、持ち株会社である韓進カルの登記理事で「グループ会長」でもある趙亮鎬氏がしばらく経営の一線にとどまり、徐々に世論や社内外の批判を緩和して継承を進めるという計画が全面的に見直しを迫られることになった。

 子供たちによる株式確保のハードルも高い。

 持ち株会社としてグループの頂点に立つ韓進カルの大株主の持ち株比率は、趙亮鎬氏17.84%。長男、長女、次女はそれぞれ2%強しなない。

 一方で「アクテビィスト」と言われる韓国のファンド「KCGI」が最近になって着々と株式を買い増し、持ち株比率は13.47%に達した。

相続税は2000億ウォン?

 経営権を継承するためには、長男を中心に子供たちで趙亮鎬氏の持ち株を取得する必要がある。

 だが、韓国メディアは、韓進カルや大韓航空などの趙亮鎬氏の保有株を子供たちが取得するためには2000億ウォン(1円=10ウォン)相当の相続税がかかると報じている。

 韓進グループは、趙亮鎬氏の父親が創業した。

 「3代目の継承は実現するのか?」。韓国の産業界では、趙亮鎬氏の急死で、韓国最大の航空会社の支配構造を巡る動きがさらに混沌とするとの見方が支配的だ。

 アシアナ航空を傘下にもつ錦湖(クムホ)アシアナグループも迷走している。

 3月28日、朴三求(パク・サムグ=1945年生)錦湖アシアナグループ会長が突然、退任した。

 グループ主力企業の株主総会を直前に控えた時期に、登記理事への再任を断念し、経営の一線から離れると発表したのだ。

 直接の原因は、グループの主力企業であるアシアナ航空で置きた「会計処理問題」だ。

 アシアナ航空は、3月22日に2018年決算についての監査報告書を提出したが、韓国の大手監査法人から「適正」意見を得られなかった。

 このため、22日から4日間、証券市場で株式売買が停止になるという混乱を引き起こした。

最終損失が2倍に拡大

 26日に監査報告書を提出し直したが、修正前に比べて営業利益が3分の1に減少し、最終損失は2倍の1959億ウォンに急増してしまった。

 なぜこのようなことが起きたのか?

 アシアナ航空は3兆ウォンを超える巨額の借入金を抱えている。このうち1兆ウォンは年内に返済期日が迫る。

 「ぎりぎりの資金繰りを続けている中で巨額の赤字が発生すると格付けが下がり、資金調達に問題が生じると見たのではないか」(韓国紙デスク)という指摘は少なくない。

 朴三求氏は、自らの退任でアシアナ航空の監査報告書修正問題の責任を取るとともに、金融機関に支援を要請する狙いと見られていた。

 だが、事態は朴三求氏の目論見通りには動かなかった。

会長退任では済まない問題の大きさ

 金融機関の不信感が想像以上に強かったのだ。

 錦湖アシアナグループの経営がどうしてこんなことになったのか。そもそもの発端は、朴三求氏が主導して進めたM&Aだった。

 錦湖アシアナグループは、2006年に大宇建設を、2008年に大韓通運を買収した。合わせて10兆ウォン以上を投じた「危険な」M&Aだった。

 買収で一時的にはグループ規模は膨れ上がり、韓国10大財閥にのし上がった。

 しかし、すぐにリーマンショックが起き、借入金の返済に支障が出る。そんな中で、大型買収に反対していたグループナンバー2の実弟が、優良企業を抱える石油化学事業部門を率いて独立してしまう。

 グループ企業は一気に縮小し、さらに収益源も消えてしまった。

10年前にも「引責退任」したが1年で復帰

 今のグループの資金繰りの苦しさはこのときの巨額の借金が原因なのだ。

 実は、朴三求氏はこの時も「経営責任を痛感する」として2009年に会長を辞任した。しかし、わずか1年後には「経営復帰」を果たした。

 いったん辞任して金融機関の支援を取り付け、すぐに復帰する。今回もそんな狙いではないかという見方は根強い。

 これに対して政府の金融政策のトップである崔鍾球(チェ・ジョング=1957年生)金融委員長は、「アシアナ航空の財務悪化の根本的背景には支配構造がある」「朴三求氏は、こうした事態になったことに対してはっきりと責任を取る姿勢を見せなければならない」などと繰り返し発言している。

売却も検討?

 つい最近も政府当局者が韓国メディアに、「明確な対応がなければ、アシアナ航空の売却も検討せざるを得ない」とまで発言水位を上げている。

 韓国紙デスクは、こう話す。

 「財閥オーナーの経営失敗の穴埋めに巨額の金融支援をするにはケジメが必要だ。オーナーの私財提供と今後も経営復帰はなく経営から完全に手を引くという確約が最低条件になる」

 4月10日、錦湖アシアナグループは、債権金融機関に対して、「再建策」を提出し、合わせて5000億ウォンの金融支援を要請した。

 朴三求氏の経営復帰がないことを明文化するとともに、朴三求氏の妻や娘が保有するグループ企業株を担保として差し出すことを提示した。

 グループ支配構造の頂点にある「錦湖高速」の株式だ。

 すでに朴三求氏と息子の「錦湖高速」保有株式は金融機関の担保になっており、残りの家族の分も差し出すことで金融機関からの「私財拠出」要請に応えようという内容だ。

 錦湖アシアナグループは、オーナー家→錦湖高速(非上場)→錦湖産業→アシアナ航空、という出資構造だ。

 新たに朴三求氏の妻と娘の株も担保になれば、金融機関は錦湖高速の株式の50%近くを担保に取ることになる。事実上グループ全体が金融機関の管理に入ることになる。

 錦湖アシアナグループは5000億ウォンで再建は可能だとしながらも、「3年以内に経営を正常化できない場合はアシアナ航空の売却に応じる」とも約束し、グループ全体の売上高の6割を占める航空会社の経営放棄にも初めて言及した。

 金融機関がこの「再建策」を受け入れ、債務返済期間の延長に応じれば、当面の錦湖アシアナグループの資金繰り問題は一息つく。

 だが、3年間で、子会社売却などを通して借入金を返済できるかは依然として不透明のままだ。

 錦湖アシアナグループのオーナー経営が重大な岐路に立たされていることには変わりがない。

 それにしてもなぜ今、航空財閥2社に問題が急浮上したのか?

7割の国民が財閥に否定的

 まずは、財閥に共通した問題だが、韓国社会全体で「財閥を大目に見る」という風潮が急速になくなっている。

 大韓航空アシアナ航空も、問題が起きても政府や金融機関が手を貸してきた。他の財閥も同じだ。

 背景には、「問題はあるが、オーナー主導の財閥が韓国経済を主導している」という共通理解があった。

 だが、ここ10年ほどの間、財閥の経営は良くなっても、雇用も庶民景況も一向に改善しない。それどころか「経済格差」が広がるばかりだという認識が浸透した。

 そこへ、オーナー家による様々な不祥事が起きる。

 つい最近も、韓国の財閥の創業者の孫たちが麻薬問題で摘発される事件があったばかりだ。

 聯合ニュースが3月半ばに実施した「財閥」に対する世論調査の結果は、財閥経営者にとって衝撃的だった。

 全体の66.9%が「財閥に対して否定的な認識を持っている」と回答したのだ。

 では、「航空財閥」に特有の問題はあるのか。大企業の役員がこう解説する。

航空財閥の問題点

 「航空会社は、これまで機体確保などのために投資力が必要なうえ、路線など政府の許認可裁量権が大きく、新規参入がなかった」

 「競争がないうえに、対外渉外業務や儀典業務が重視され、内向きな経営になりがちだった。どれもオーナーの力に頼る場合が多く、権限が集中した」

 韓国紙デスクはこうした背景がここ数年で劇的に変わってきたという。

 「韓国政府が積極的にLCC格安航空会社)の新規参入を認めた、最近も新たに3社が選定されLCCが合わせて9社になった」

 「本格的な競争が始まり、人材も流動化し、これまで表面化してこなかった大手2社の様々な問題が徐々に表に出るようになってきていた」

 財閥全体の問題に加え、航空会社が抱える独自の問題があった。競争の導入という構造変化でこうした問題が表面化し、さらにSNSの普及でオーナーによる暴言などの「突出した行動」が爆発的に拡散したということだ。

 大韓航空アシアナ航空も、今後経営体制がどう変化すのか。現時点ではまだあまりに不透明だ。

 一方で、LCC9社体制になって競争がさらに激化することは必至だ。

 「LCCを巻き込んだ大再編が一気に進む可能性もある」(韓国紙デスク)という見方もある。

 韓国の本格的な財閥改革の第一歩が航空業界で始まるかもしれない。

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