「虫歯ができた」「冷たいものを食べると歯がしみる」――。年代を問わず「歯」にはさまざまなトラブルがつきものですが、歯の治療を受けることに苦手意識のある人は多いようです。歯医者に対して「怖い」イメージを抱く人の中には、「何かをかまされる」「『ピッ、ピッ』と謎の電子音が聞こえる」など、「口の中で何をしているか分からない」ことによる不安感が強い人もいるようです。

 ネット上では「いつも気になっています」「治療中に質問したいけど、口を開けてるからできない」「事前に分かっていれば、怖さが少し和らぎそう」など、さまざまな声が上がっています。歯科治療の“ハテナ”について、歯科医の村守樹理さんに聞きました。

理解できるまで質問を

Q.一般的に、治療の目的や意味、具体的内容について、歯科医師はどの程度、患者に説明するのでしょうか。

村守さん「来院時の口の中の状態、痛みの程度は患者さんによってさまざまですが、どのような場合でもまず、歯科医師が患者さんのことを理解しなくてはいけません。『何に困っているのか』『(歯が)いつから痛むのか』などを聞き、患者さんと良好な信頼関係が構築できてから、治療内容の説明に入ります。

例えば、痛みを伴う虫歯の場合、まず口の中を確認して『なぜ痛むのか』『虫歯の深さはどの程度か』など、現状を説明します。説明時は、専門的な内容や用語をできるだけ使わないようにし、分かりやすく伝えるためにイラストや模型などを使うこともあります。その上で、必要に応じてエックス線撮影など、治療に向けた準備を行います。

そして、治療方針が決まった時点で、撮影した画像を見せながら治療内容を改めて説明します。疑問点があれば、このタイミングで解消できるようコミュニケーションを取って、必ず患者さんの同意を得てから具体的な治療に入るのが基本的な流れです。

髪や爪は切っても再び伸びてきますが、歯は一度削ってしまうと自然には二度と再生しません。そうした意味でも、私は、患者さんが歯科治療の方針や内容を『本当に理解してくださったか』『説明を聞いた上で、疑問に思うことはないか』慎重に確認することを常に意識しています。治療目的と具体的な治療内容について、患者さんの理解と了承を得られた時点で初めて『説明した』といえますし、説明も治療の一環と考えています」

Q.「口の中で何をしているか分からない」という患者の声が多いことについて、歯科医師としてどのように思われますか。

村守さん「患者さんは実際の治療の様子を見ることができませんが、治療内容について『知る権利』があります。『何をされているのか分からない』と感じている患者さんが多いとのことですが、本来であれば治療前後に、歯科医師側が十分に説明して患者さんの疑問を解消するよう努力すべきですし、患者さん側も、分からないことが解消されるまで、歯科医師に聞くべきだと考えています。

私は治療中に『右下のここを削りますね』『○○をするための器具を入れます』『水が出ます』『○○をするので少し(振動が)響きますよ』など、『今、どんなことをしているか』についてできるだけ詳細に説明をしながら、治療を進めるように努めています。

歯科医師にあれこれ聞くことは決して悪いことではありませんし、歯科医師側も、患者さんが理解をしないまま治療を進めてはいけないと考えています。『事前の説明だけでは理解が足りない』『治療中に何をされていたのか気になる』など疑問に思うことがあれば、むしろ理解できるまでどんどん質問してほしいです」

麻酔中の音楽は緊張緩和のため

Q.「何かをかまされる」など、治療についての疑問の声があります。具体的な内容と目的を教えてください。

村守さん「歯科で比較的行うことが多い治療と、その目的は次のとおりです」

【シートのようなものをかまされ、歯をカチカチと動かすよう指示される】

 シートの正式名は「咬合紙(こうごうし)」です。セロハンのような薄い紙で、赤もしくは青のものが多く、かみ合わせを調整する際に使うものです。カーボン紙のようなもので、紙をかむと歯に色が付着します。この色の付き方や濃淡によって、歯と歯がぶつかる位置や高さを確認し、正しいかみ合わせのために不要な箇所を判断します。紙をかんだまま歯ぎしりのようにカチカチ動かすのは、顎が前後左右に動いた時のかみ合わせの状態を確認するためです。

【“ピッ”という音が聞こえる】

 樹脂製(プラスチックのようなもの)の詰め物「コンポジットレジン(CR)」を使って、虫歯による歯の穴を埋める治療です。CRは5~10秒程度、強い光を当てると固まりますが、この光を歯に当てる際に、器具から“ピッ”という音が鳴ります。虫歯治療の際に、耳にすることが多いのではないでしょうか。

【治療中に火が見えたことがある/治療台にライターが置いてあった】

 神経に薬を詰める際に使う「根充剤」というものを熱して切るときや、入れ歯のかみ合わせを調整する際に使うロウを溶かすときなど、歯の治療では火を使うことがあり、その際にアルコールトーチ(ランプ)やライターを使うことがあります。

【麻酔中やエックス線撮影中に音楽が流れる】

 電動麻酔の器具によるものです。麻酔注射は、麻酔液を注入する速度が速いと痛みを感じやすくなりますが、電動麻酔を使うと一定のゆっくりした速度で注入できるので痛みを軽減できます。この器具のスイッチを入れると、麻酔の時の患者さんの緊張を少しでも和らげるために音楽が流れます。『森のくまさん』『汽車ポッポ』『エリーゼのために』など、聞き慣れた曲が何種類かあります。

 ただ、電動麻酔は主に成人の患者さんによく使われます。子どもの場合は、注入の速度が遅いと体を動かしてしまう危険もあるので、必ずしも電動の方がよいとは限りません。

 また、エックス線撮影の時、患者さんは狭い部屋の中でしばらくじっとしていなくてはなりません。麻酔の時と同様、緊張を和らげるため音楽が流れることがあります。

【診療の途中で、歯科医師から歯科衛生士に交代する】

 交代のタイミングは、歯科医師の資格(免許)を持つ者のみが許される治療が終了した後です。型取りやクリーニング、根管治療(歯の根の治療)時の仮封(仮のふた)などは歯科衛生士も行えるため、これらの治療に移るタイミングで歯科医師と交代するケースがあります。本来は、交代の時に患者さんへの声掛けや、交代の理由を説明するのが基本です。もし疑問に思ったら、その場でどんどん質問しましょう。

Q.「痛かったら手を挙げてください」と言われることがありますが、本当に手を挙げても問題ないのでしょうか。

村守さん「遠慮なく手を挙げていただきたいです。治療中、患者さんは口を開けていて言葉を発することができないため、歯科医師は患者さんの動きを常に確認し、異変を察知できるようにしています。もし、治療中に何らかの違和感があった場合は『ストップ』のサインとして手を挙げ、患者さん側から異変を知らせてもらうことで歯科医師は治療を一時中断し、次の対応を取ることができます。挙手は歯科医師側にとってもありがたいサインだと思ってください。

なお、挙手の際は必ず『左手』を挙げるようにお願いしています。歯科医師は基本的に患者さんの右側で治療を行うため、右手を挙げると歯科医師の手や体に触れる可能性があり、危険だからです。何かあればすぐに挙手できるよう、治療中は左手をおなかの上でスタンバイさせておいていただきたいと思います。

ちなみに、患者さんが左手を挙げる理由としては『気分が悪い』『吐き気がする』『治療中の姿勢で腰が痛む』など、さまざまです。何かあれば我慢せず、すぐ左手を挙げて知らせてください」

Q.治療中に「口の中で何をされているのか」と疑問に思ったとき、患者はどうするのがよいでしょうか。

村守さん「歯科治療に限ったことではありませんが、検査や治療の“最初の段階”で歯科医師の説明を理解していないと、その後の一挙一動に対して不安になりやすいものです。本来ならば、治療に入る前に、歯科医師が患者さんを『疑問のない状態』に導いておかなければいけません。

患者さんは、治療に関して気になることを、できるだけ最初の段階で歯科医師に確認し、疑問を解消しておくのがよいでしょう。一方で、歯科医師側も専門用語ではなく分かりやすい言葉を使うなど、常に『インフォームド・コンセント』を意識し、『疑問を持たせない説明』を心掛けるべきだと思っています。

ちなみに、私は診療前、その日に治療する部位や処置内容、麻酔するかしないかなどを説明します。診療中も不安や疑問を少しでも解消できるように説明しながら治療します。治療が終わってからも治療内容の説明だけでなく、次の予約の時の処置や麻酔の有無の説明をしてから診療を終えるようにして、患者さんとのコミュニケーションを大切にしています。

歯科治療中は口を開けているため、なかなか質問しづらい状況だと思いますが、気になったことは治療が終わった後でも、どんどん聞いていただければと思います。もし、歯科医師の説明が不十分だと感じたり、どうしても不安が拭い切れなかったりするときは、病院を替えるのも一つの方法と考えてよいでしょう」

オトナンサー編集部

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