第2次大戦後の西欧の安定の礎となってきた米欧の軍事同盟が深刻な揺らぎに直面している。根底には、旧ソ連崩壊に伴う「主敵」喪失という、同盟の存在意義にかかわる30年来の問題があるものの、「アメリカ第一主義」を掲げて多国間の枠組みを積極的に破壊し、すべてを金銭に換算するトランプ大統領の外交姿勢にも大きな原因がある。そして、その影響は日本の安全保障にも影響を及ぼしかねない。

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NATOが抱く「トランプに見捨てられる恐怖」

 4月3~4日、米欧の政治指導者たちがワシントンに結集した。軍事同盟である北大西洋条約機構NATO)の創設70年を祝う記念式典と外相理事会が開かれたのだが、その空気は祝い事とはかけ離れたものだった。20年前の「50周年」記念行事には、当時のクリントン大統領など加盟国の首脳らが条約署名地のワシントンに集まった。今回は明らかな「格下げ」である。

 それには伏線があった。昨年7月のNATO首脳会議(ブリュッセル)で、同盟の盟主たる米国のトランプ大統領が、欧州を取り巻く戦略環境や同盟の意義などの「お堅い話」には耳を貸さず、欧州最大の経済大国であるドイツのメルケル首相を名指しして「国防支出をもっと増やせ」と罵り、各国のNATO代表部大使たちが事前にお膳立てしていた会議のシナリオを狂わせてしまったのである。

 トランプ氏が「加盟国が国防費を増やさないなら米国はNATOから離脱しても構わない」と周辺に語ったとか、「(加盟国である)モンテネグロをなぜ米兵が防衛しなければならないのだ」と発言したといった報道が相次いだこともあり、欧州側はすっかり「トランプ不信」に陥った。

 70年を祝う「首脳会議」を設定した場合、トランプ氏がいきなり「脱退する」と言い出したらどうするか・・・。そんな懸念を加盟国が共有し、「首脳会議」を積極的に回避、外相会議に格下げすることで、トランプ氏を会議から排除した色彩が濃厚なのである。欧州から見たトランプ氏は、それほどの『問題児』になっている。昨年の主要7か国(G7)首脳会議で共同声明への署名を土壇場で拒否したように、トランプ氏が「いまNATOを脱退する」などと言おうものなら、欧州の安全保障はいとも簡単に土台から崩れてしまう。米国の軍事力は欧州の安定にとって不可欠であっても、いまやトランプ氏という指導者は「安保上のリスク」になりつつあるのだ。

ロシアは敵か否か?

 もう一つ、NATOの危機の背景に、米欧の中核をなす米国とドイツの戦略環境についての認識が定まっていない現実があることは指摘できるだろう。

 米国はトランプ政権下で公表した「国家安全保障戦略」などの文書で、ロシアを中国と並ぶ国際秩序の「修正主義勢力」と呼び、事実上の敵対勢力と位置づけている。軍事・心理戦を用いてウクライナ領だったクリミア半島を強引に併合し、旧ソ連バルト3国やポーランドといった近隣諸国には情報戦やサイバー攻撃を仕掛け、周辺を不安定化させることで自らの戦略的な緩衝地帯を確保する行動を取り続けている。北欧諸国や英国の近辺にも海空戦力による挑発行動を仕掛け、軍事的緊張が時に高まる。米国のミサイル防衛網を突破しうる新型ミサイルの開発や新型核戦力の配備を進め、中距離核戦力(INF)削減条約を破綻させたのは周知のとおりである。

 だが、その一方でトランプ氏自身は、ロシア旧ソ連諸国でビジネス上の権益を抱えて米大統領に就任したこともあり、「私はプーチン大統領)を信用している」と繰り返してきた。欧州から見れば「もう米国はあてにならないのではないか」と映るのも当然だ。

 ドイツも外交の軸足が定まらない。EUの事実上の盟主ではあるが、軍事政策は敗戦国の立場を反映して一貫して抑制してきた。軍事費をトランプ氏の言うがままに増やすことは、ナチスドイツの記憶をとどめる欧州において新たな対独警戒心を呼び起こしかねない。それを知るドイツ国民も軍事強国路線は受け付けない。ドイツの政権は慎重にならざるを得ないのだ。

 さらに旧東独生まれのメルケル首相にとって、旧ソ連スパイとして東独に駐在した経歴を持ち、ロシア勢力圏の復活をもくろむと言われるプーチン氏を「信用する」ことなどありえない。

 メルケル政権が左右の大連立であることも事情を複雑にする。メルケル氏を支えるキリスト教民主・社会同盟の連立相手である社会民主党は、潜在敵国(旧ソ連ロシア)に関与することで脅威を抑止する「東方政策」の考え方を引く。ロシアから天然ガスを直接輸入するバルト海での海底パイプライン敷設計画「ノルドストリーム2」も、その考え方に沿う。トランプ氏はこの計画を批判して「ドイツロシアの捕虜になっている」と繰り返すが、メルケル氏は計画の中止など考えもしない。エネルギーの安定供給は重大な国益だからだ。

 米独の対ロシア認識の足並みの乱れが、軍事同盟の前提を揺さぶっている現実は否定できないのである。

「トランプ流」への抵抗

 さて、トランプ氏へのささやかな抵抗を見せたのが、NATO内では異端児でもあるフランスだった。ルドリアン仏外相は4月2日、マース独外相を伴ってニューヨークで共同記者会見を行い、秋の国連総会を機に複数の有志の国々と共に「多国間主義のための連合」を創設する構想を打ち出した。NATOとは直接関係のない提案で、地味でもあるが、ルドリアン氏は「多国間主義と国連を支持する勢力は長いこと沈黙を保ってきたが、それが多数派であることを示したい」と切々と訴えた。

 翌4月3日には、NATOのストルテンベルグ事務総長(元ノルウェー首相)がワシントンの米連邦議会の上下合同会議で演説し、紛れもない多国間の枠組みである米欧同盟の価値を雄弁に説いた。母が米メリーランド州生まれで、本人も幼年期をサンフランシスコで過ごした縁があるストルテンベルグ氏は「米国はNATOを通じて多くの友人を作った。それこそが米国の力です」「米国は欧州の平和を支える背骨であり続けている」と強調し、何度も大きな拍手を浴びた。

 同時に「我々は理想の世界に住んでいるわけではない。自由主義には敵があり、抑止せねばならない。抑止に失敗したら戦争になる。平和的な抗議がヒトラーを、言葉がスターリンを、対話が『イスラム国』を、抑止できるはずがなかった。平和を願うだけで戦争を抑止することなどできない」と、リアリズムに満ちた言葉で『同盟軽視』を牽制した。

 欧州はこの70年、西側から経済統合を進め、冷戦終結後は統合を東方へも拡大した。欧州連合(EU)の下での共通市場を建設し、戦争など想像だにできない世界を築いた。だが、統合の大前提にあったのは、核戦力を含む圧倒的な軍事力を持つ米国が欧州統合を戦略として進め、安保の傘を提供することでドイツの脅威の芽を摘み取ったことだ。周辺を含む欧州は戦後復興への環境を手にした。その役割を果たしたのがNATOだった。冷戦終結後、ポーランドチェコハンガリーといった旧ソ連の衛星国だった国々が、まずNATOに加盟してからEU統合に参加していった歴史が、それを明白に物語る。

 4月2日、ストルテンベルグ氏をホワイトハウスに迎えたトランプ氏は、2人の共同記者会見で、「同盟国の負担増」以外のことはNATOについて語らなかった。ストルテンベルグ氏は表情ひとつ変えずに「あなたの指導力に感謝する」と持ち上げてみせたが、胸中は複雑だったろう。

トランプ氏の主張にも一理

 トランプ氏の強硬な要求を前に、欧州諸国の一部は国防費を増やしており、威嚇効果は確認されている。ただ、トランプ氏の主張は「暴論」と片付けてよい性質の話でもない。

 NATOの資料によると、2018年NATO加盟国全体の国防支出は1兆134億ドル(約112兆4900億円)。うち約7割を米国(7061億ドル)が占め、2位の英国(615億ドル)の10倍以上になる。欧州最大の経済大国ドイツ510億ドル)は英国とフランス(520億ドル)を下回り、4位にとどまる。

 トランプ氏がドイツに向けて繰り出すジャブは、親切に解釈するなら、「相対的な力の低下の中で米国は国防費を増やしている。豊かな欧州も力に見合った負担をしてほしい」という、ある意味まっとうな要求といえる。ドイツ軍の海空戦力の劣化も指摘されている。

 NATO加盟国が国内総生産(GDP)の2%を目安に国防費として支出するという目標も新しくはない。ソ連崩壊に伴う脅威の低減を受けて欧州諸国が国防費を削減したことで問題になった。ブッシュ政権もオバマ政権も「分相応の負担」を欧州に求めてきたのに、欧州が受け流してきたのである。無論、国防費の対GDP比率だけで加盟国を縛る手法は必ずしも合理的ではないとの主張もある。国防費が一定割合で増えても経済成長率が変動すれば比率は上下する。「公正さを担保する指標ではない」との批判は根強い。

日米同盟への影響は?

 だが、同盟国との通商・軍事関係を、米国にとっての金銭的な損得というプリズムしかとらえないトランプ氏にとって、「数字」は明快な物差しだ。NATO加盟国に国防費増加を迫りつつ、その支出を米国製兵器の調達に充てるよう米国が求めているとも伝わる。

 この論理が在日米軍基地の駐留経費や自衛隊の装備調達に援用されたらどうだろう?

 トランプ氏が今年のかなり早い時期に「同盟国に駐留する米軍の経費に50%を上乗せした金額をホスト国に負担させろ」と周辺に指示したとブルームバーグ通信が3月に報じた。

 米政府当局者は「複数の案のひとつに過ぎない」と言うが、もし米国がこの方針を全同盟国に突きつければ、日本の安全保障政策に重大な影響を及ぼす。日本の安全保障政策は米国による抑止力を大前提にしてきた。トランプ流の対同盟国外交のリスクをどう管理するのか。氏がホワイトハウスの主であり続ける間、日本にとって大きな悩みの種であり続ける。

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