突然ですが質問です。「夫婦なら助け合うのは当然」だと思い込んでいませんか。万人に適用される法律の条文に「夫婦は助け合う義務がある」と書かれているわけでも、全てのカップルが結婚するときに「どんなときも助け合うよ」と誓うわけでも、「互いに助け合わなければならない」という契約を結んだわけでもないのに。

 だから、相手がピンチに陥ったとき、本当に助けるかどうかは自由です。もっと言えば、「夫婦だから」という大義名分の下、協力を押し付けられるのなら、「夫婦をやめればいい」と離婚に踏み切るケースすら存在するのが現実です。

 特に夫婦の真価が問われるのは病気のとき。例えば、突然の告知に驚き、治療法の選択に悩み、病魔の恐怖におびえる配偶者の姿を目の当りにしたらどうでしょうか。愛情ゼロの仮面夫婦でも「助けてあげないと!」とスイッチがオフからオンに切り替わる可能性が高いでしょう。

 数年前、自分の不倫を棚に上げ、病気の妻に離婚を突きつけ、子どもの親権を手に入れ、妻を奈落の底に突き落とした著名人の悪行が各メディアで報じられ、眉をひそめたことを覚えていますか。

 助け合う理由が「夫婦だから」では足りないのは有名人だけでなく、一般人も同じです。病気を打ち明けたとき、配偶者の脳裏によぎるのが「助けてあげないと!」ではなく、「うんざりだから別れようかなあ」だとしたら…まさに鬼畜の所業ですが、むしろ、男性(夫)より女性(妻)の方が冷酷で残酷で容赦ない印象です。夫の病気に便乗し、ちゃっかりと離婚を企てる妻に悩まされているのは今回の相談者・菅野雅一さん。

 具体的には、夫が若くして認知症の診断を下されたのをいいことに、近い将来、病気の症状が進めば働くこともままならず、まとまった収入が途絶えることが予想されるので、もう夫は用なし。

 身の回りの世話、病院の付き添い、病気の看病などの面倒を押し付けられるのはごめんなので「早く離婚して!」の一点張り。先立つものがなければ、専業主婦の妻が夫を捨てるのは経済的に無理ですが、すでに金づるの男を用意していたようで…娘さんに向かって「これからは彼(間男)があんたのパパだから」と言い放つ身勝手ぶりだったのです。

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
菅野雅一(43歳) 会社員 ※今回の相談者
菅野聖子(40歳) 専業主婦 ※旧姓は原口
菅野心寧(15歳) 中学生
志村知花(45歳) 専業主婦。雅一の姉
菅野一徳(75歳) 年金生活。雅一の父

暗証番号を思い出せず…認知症と診断

「早く楽になりたいと思い、死にたくなることもあります。しかし、娘のためにできるだけのことをしてあげたいという気持ちで奮い立たせています」

 雅一さんは涙ながらに語りますが、自分の異変を感じ、病院を受診し、担当医から若年性の認知症だと告げられたのは3カ月前のこと。きっかけは銀行のATMでした。

「今月分の生活費を自分の口座から引き出そうとしたのですが、どうしても暗証番号を思い出せないんです。それからはスマホにメモするようにしたのですが、他にも大事なことを忘れてしまうことが続いたので記憶がおかしいのではないかと思って…」

 医師の見立てによると、病気からくる記憶障害が原因で、薬の投与によって進行を遅らせることはできるものの、完全に止めるのは難しいとのこと。

「すでに母は3年前に亡くなっています。父は75歳ですが、もういい年なので心配をかけたくありません。今回のことを知っているのは姉だけです。大事なものの保管場所も教えました」

 筆者が引っかかったのは、後を託すのが妻ではなくなぜ姉なのかという点。妻には法定相続分(法律で決まっている相続分)があり、姉にはないのですが、法律ではなく常識で考えても、遠くの姉より近くの妻の方が信頼関係が強いはず。配偶者より兄弟姉妹を優先するなんて「よほどの事情」があるのでしょうが、雅一さんと妻との間に何があったのでしょうか。

 雅一さんは薬の副作用で目まいや嘔吐(おうと)に悩まされており、「この場で倒れてしまうのではないか。みんなに迷惑をかけたくない!」という恐怖にさいなまれたり、「病気になる前はもっと早くできていたのに…どうしてなんだ!」という焦りや、「みんなは病気の僕のことを足手まといだとばかにしているんだろう」という妄想に襲われたりすることも少なくなかったようです。

 このような不安に負けず、病気に立ち向かうため仕事の合間を縫って通院を続けてきたのは、「妻子のために病気に打ち勝たなければならない」という一心からでした。「妻は自分のことを全面的に応援してくれている」と思い込んできたようです。「夫婦なら助け合うのが当然」という感じで。

「妻には、いつも付き添ってもらって悪いと思っていたので、その日は『大丈夫だよ』と言い、1人で病院へ行ったんです。今まで妻は家のことと僕のことで手いっぱいで、たまには自分の時間も必要だろうから。でも、何をしてもいいわけではありませんよ! 僕の目を盗んで男を連れ込むなんて」

 雅一さんの怒りは、火山の噴火のように爆発したのですが、何があったのでしょうか。妻は健康オタクで10年来、ジム通いを続けているのですが、そこで声をかけてきたのが、ジムの男友達。妻は意地悪な女友達にいじめられており、この男性が女友達を注意してくれたのです。男性に「飲みにいきませんか」と誘われ、妻は「お礼をしないと」と乗り気だったそう。

 雅一さんはもちろん反対したのですが、「やましいことがないなら(スマホの)ロックをやめる」という条件を付け、渋々送り出したそう。妻は約束通り、家にいる間は自分のスマホのロックを解除したのです。そして、雅一さんは「どうせ白だろう」と深く考えず、妻がゴミ出しに行っている間にスマホを見てみたのですが…。

不倫発覚後、実家に雲隠れした妻

「会えないなら写真だけでも送って!!」
「水曜の昼間はパパがいないから、うちに来てもいいよ」

 普段、雅一さんに言わないような甘い言葉のオンパレードがLINEに残っていたのです。雅一さんは手が震え、歯ぎしりが止まらず、過呼吸にならないように息遣いを整えるので精いっぱいでしたが、LINEの画面を自分のスマホで撮影し保存することはできたようです。

 このように、不倫の証拠はダダ漏れ状態だったわけですが、夫は病気の影響で判断力や記憶力が低下しているからバレないだろうと高をくくっていたのでしょう。雅一さんは、ただでさえ病気発覚のショックで打ちひしがれている中、不倫発覚のショックに見舞われ、平静を保つのは無理でした。

 こんなふうに稼ぎ頭の夫のことを見下し、軽んじ、大事にしない妻が塩らしく謝ったり、涙を流したり、腰を低くしたりすることを期待するのは到底無理。案の定、妻は自分の過ちを棚に上げ、あろうことか雅一さんへ責任を転嫁してきたのです。

「これ以上、結婚生活を続けるなら、私はあんたに一生、口答えできないでしょ!」

 結婚生活の中で、夫婦の間で意見の不一致や考え方の違い、方向性の相違などが生じ、けんかになることは避けられませんが、妻は雅一さんがその都度不倫のことを蒸し返し、マウントを取り、従わせようとするだろうと決め付け、「夫が悪い」と言っているのですがそれだけではありませんでした。

「周りと比べてお前が一番幸せだろうって言ってたよね。もう最後だから言わせてもらうけれど、私は今まで気持ちよく過ごした覚えはないから、ずっと苦痛だったんだよ!」

 配偶者の採点が100満点で何の問題もなければよいですが、誰しも多少なりとも配偶者への愚痴や不満、悪口を抱えているもの。しかし、どちらか一方が10割悪いことは少なく、例えば、夫が5割、妻が5割という具合でお互いさまなのだから「人の振り見てわが振り直せ」が正解でしょう。相手のことを一方的に責め立てるなんてお門違いです。

「何不自由ない生活をさせてあげるって言ってたよね? でも今は何? こんな病気じゃ、いつ働けなくなるか分からないし、最初の約束と違うじゃん。偉そうなことを言わないでよ!」

 まるで、病気になった雅一さんが悪いという感じで責め立ててきたのですが、雅一さんも病気になりたくてなったわけではないのに、ひどい言いようです。

 専業主婦の妻にとっては、夫についていけば一生安泰と信じ、安心しきっていたところに突然振りかかってきた病気の発症です。まだ現実を直視できず、背を向けていたのかもしれませんが、それにしても「やっていいことと悪いこと」があるでしょう。

 結局、雅一さんの詰問に耐えかね、妻は最低限の荷物を持ち出し、実家へ雲隠れしたのですが、雅一さんにとっては予想外の展開でした。いきなり妻が姿を消したせいで気持ちが不安定になり、さらに症状が悪化し、ベットから起き上がるのがやっとの状態に。食事は娘さんに現金を渡して何とかしてもらい、洗濯は自分(娘さん)の分だけやってもらうというありさま。雅一さんは仕事を1週間休まざるを得ませんでしたが、妻は病床の雅一さんを一切容赦せず、地獄へ突き落そうとしたのです。

 今度は何をしでかしたのでしょうか。

※「下」に続く

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

認知症の夫と離婚しようとする妻は…