(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

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 先日2019年4月10日13時(協定世界時)、「イベント・ホライズン・テレスコープ・チーム」による世界10カ国同時記者発表がありました。日本では日本時間で4月10日22時に国立天文台内のメンバーによって記者発表が行なわれました。

 発表によると、世界各地のアンテナを結合した「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって、M87という銀河の中心にある超巨大ブラックホールの「姿」が撮像されたというのです。

 初めて明らかになったブラックホールの姿に、人々は「感動した」「すごい」「映画そっくり」「ドーナツみたい」など感嘆の声を上げました。

 イベント・ホライズン・テレスコープとはいったいどんな装置で、どんな性能を持つのでしょうか。超巨大ブラックホールとはどんな代物なのでしょうか。この成果はどれほど画期的なものなのでしょうか。

宇宙ジェットM87

 M87はここから5500万光年離れたところにある巨大な楕円銀河です。この銀河は以前からその奇妙な特徴により注目されていました。

 M87の中心部からは、ガスが光速に匹敵する速度で噴射され、長さ4000光年もの宇宙的噴水を形成しているのです。

 宇宙にはこういう「宇宙ジェット」と呼ばれる噴水がそこかしこに観察されますが、M87のジェットは(距離5500万光年と近いこともあって)目立って見事です。このジェットを噴射しているジェットエンジンはいったいどんな代物で、何を燃料にしているのでしょうか。

 研究者は数世代におよぶ長い議論の末、銀河中心部から伸びるこういう宇宙ジェットは、中心にいる超巨大ブラックホールに物質が飲み込まれる際に噴射されるのだと結論しました。(他の仮説ではどれも説明できないという、消去法のような結論です。)

ブラックホールとは

 ブラックホールとは、重力が強すぎて光さえも脱出できない天体です。そのため真っ黒に見える、宇宙に空いた「穴ぼこ」のような存在だといわれてきました。ただし誰も実際に見たことがないので、「穴ぼこ」のようだというのも想像でした。これまでは。

 ブラックホールアルベルト・アインシュタイン(1879-1955)の発表した相対性理論から数学的に導かれます。その方程式によると、ブラックホールの近くでは、空間が伸び、時間はゆっくりになり、その他奇妙な現象がさまざま起きます。

 ブラックホールに物体が近づきすぎると、そこから遠ざかるために光速以上の速度が必要になり、そのため脱出することができません。この後戻り不可能な境界面は「事象の地平線」「イベント・ホライズン」という大変かっこいい名前で呼ばれます。これが穴ぼこの縁に相当します。

 時間や空間がへろへろ伸びたりゆっくりになったり、後戻り不可能な境界面が生じたり、そんな奇天烈な穴ぼこが実際にこの宇宙に存在するのでしょうか。方程式の解が数学的に存在するからといって、それが現実世界に出現するとは限りません。多くの研究者が最初、ブラックホールの概念に当惑し、嫌悪し、それが現実には存在しないという根拠をなんとか探そうと努力しました。

「ブラックホールは存在するか」論争

 平成も終わるこの時代には、ブラックホールの実在を疑う人はほとんど残っていません。しかし、ブラックホール研究の歴史は「そんなふざけたものあるわけない」という否定派を、状況証拠の積み重ねで説得する歴史だったのです。

 積み重なった状況証拠としては、天の川銀河内の中小ブラックホールが物質を飲み込む際に放射されるX線や、飲み込まれる物質の一部が噴射される宇宙ジェット(筆者の博士論文のテーマです)、遠方銀河の中心にいる超巨大ブラックホールが物質を飲み込む際に放射される電波からガンマ線までの電磁波など、無数にあります。M87の宇宙ジェットもそのひとつです。

 そういうX線放射や宇宙ジェット電磁波放射の、エネルギーや波長や性質や放射機構が、ブラックホールだとうまく説明できる、というのがブラックホール支持派の主張でした。

 最近は決定的な証拠として、中型ブラックホール同士の衝突にともなう重力波が、LIGOなどの重力波検出器によって検出されました。(重力波検出器LIGOとVirgoはこれまでブラックホール衝突を11発とらえ、その数をさらに増やすべく2019年現在も観測中です。おそらくこの連載でも新発見を紹介することになるでしょう。)

 また、天の川銀河の中心部が20年以上にわたって詳細に観察され、そこにある(が見えない)超巨大ブラックホールが、その圧倒的な重力によって周辺の恒星を引っ張り回している様子が明らかになっています。これも決定的証拠といっていいでしょう。

【参考】僕らはブラックホールの周りを回りながら暮らしてる
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47507

 天の川銀河の中心にいる(が見えない)超巨大ブラックホールは「Sgr A*」という名がつけられています。「サジテリウス・エー・スター」だとか「サジ・エー」などと発音する人が多いです。「いて座の変な電波源」というような意味でつけられました。

 超巨大ブラックホールSgr A*の質量は、太陽の400万倍と推定されています。まず太陽の質量というのが実感が湧かないほど莫大なのに、さらにその400万倍だとか数十億倍といわれましても、途方もなさ過ぎて意味がよく分からないというのが正直なところです。

 こうして天文業界の数世代にわたる議論を経て、ブラックホールが存在することはほぼ定説となり、世間にも受け入れられたのですが、そうなると、ブラックホールそのもの、あるいはその近傍が写った写真が見たいと思うのは、世間も研究者も同様です。ブラックホールがばっちり写った写真があれば、「ブラックホールはほんとにあったんだ! チャンドラセカールは嘘つきじゃなかった*1」と誰もが納得するでしょう。

*1:1930年、19歳のスブラマニアン・チャンドラセカール(1910-1995)は、留学のために英国へ向かう船上で、量子力学相対性理論を組み合わせ、「重すぎる白色矮星は重力崩壊を起こしてつぶれる」という計算結果を得る。この説は、天文学の重鎮の「星が点につぶれるような不自然なことが起きるはずがない」という大反対に遭う。これが「ブラックホールは存在するか」論争の始まり。

イベント・ホライズン・テレスコープの超高角度分解能

 イベント・ホライズン・テレスコープとは、世界6地点8台の電波望遠鏡を組み合わせ、1台の巨大・超高角度分解能の電波望遠鏡として用いるプロジェクトです。イベント・ホライズン・テレスコープをもって観測すれば、はるか遠くのM87やSgr A*近傍が手に取るように明らかになり、超巨大ブラックホールの姿が浮かび上がるという目論見(もくろみ)です。

 このように複数のアンテナを1台の大きな電波望遠鏡として用いる手法を「電波干渉計」といいます。一般に望遠鏡というものは、レンズや鏡が大きいほど、角度分解能が高くなります。巨大な電波干渉計は(うまく行けば)超絶的な角度分解能を達成することができます。

 電波望遠鏡や可視光望遠鏡などが、どれほど細かく対象を観察できるかという能力は、「角度分解能」で表わされます。例えば、空に2個の天体が1°離れて浮かんでいるとき、1°の角度分解能を持つ望遠鏡ならこれが2個の天体であることを識別(分解)できますが、そうでない望遠鏡ではこれが1個のぼやっとした明りに見えます。

 ここでイベント・ホライズン・テレスコープの角度分解能について解説するためには、新しい単位をいくつか紹介しなければいけません。あまりにも優れた能力を表わすには、日常使われることのない単位が必要になるのです。

 1°の60分の1の角度を「1分(角)」とか「1 arcminute」といいます。「1'」とも表記します。1分角=0.017°です。ヒトの目の角度分解能は1分角程度です。

 1分角のさらに60分の1を「1秒(角)」とか「1 arcsecond」といいます。「1"」とも表記します。1秒角=0.00027°です。角度分解能が1秒角の望遠鏡は、3.26光年離れたところから太陽系を観測して、太陽と地球の距離を識別できます。

 1秒角の1000分の1を「1ミリ秒(角)」とか「1 milliarcsecond」といいます。「1 mas」とも表記します。1ミリ秒角=0.00000027°です。角度分解能が1ミリ秒角の望遠鏡は、3260光年離れたところから太陽と地球の距離を分解できます。

 1ミリ秒角のさらに1000分の1を「1マイクロ秒角」とか「1 microarcsecond」といいます。「1 μas」とも表記します。1マイクロ秒角=0.00000000027°です。角度分解能が1マイクロ秒角の望遠鏡は、326万光年離れたところから太陽と地球の距離を分解できます。

 ついでに角度分解能をお馴染みの単位「視力」で表わしておきましょう。「C」があっちを向いたりこっちを向いたりしている検査表*2で測る視力は、「分角単位で表わした角度分解能の逆数」と定義されます。1分角を見分けることができる角度分解能は視力1です。0.1分角を見分けることができれば視力10です。

*2:視力検査表の「C」は「ランドルト環」という名があります。

 さてこれでイベント・ホライズン・テレスコープの超高角度分解能を表わす単位が準備できました。

 電波干渉計は、各アンテナの距離が離れているほど、優れた角度分解能を(原理的には)発揮できます。イベント・ホライズン・テレスコープはハワイ島マウナケア、チリのアタカマ砂漠(アルマ望遠鏡APEX)などに設置された6地点8台の電波望遠鏡を組み合わせて地球サイズの電波干渉計を構成します。

 発表[2]によれば、観測波長1.3mmの場合、その角度分解能は25マイクロ秒角、視力にして240万です。これは500km離れたところに置かれた50マイクロメートルの物体が識別・分離できる能力です。大阪に置かれた髪の毛の太さが東京から測れます。

 ただしこのように、いくつもの大陸や孤島に散らばった、仕様も特性も出力データ形式も違うアンテナを組み合わせて1台の干渉計を構成するのは、言うは易く行なうは難し、さまざまな技術的難題課題をクリアする技巧と労力が必要です。

 イベント・ホライズン・テレスコープのチームは、アンテナによっては新たな受信機を設置し、1秒に64GBitのレートで測定データを記録するシステムを開発し、水素メーザーを用いる精密な周波数標準を各アンテナに備えるなど、何年もかけてこの地球サイズのテレスコープを構築し、試験し、調整し、性能を向上させてきました。

 またこの超高角度分解能をフルに発揮するには、観測対象も選ばなくてはなりません。点状の天体をいくら超高角度分解能で観測しても点のような像しか得られません。大きく広がった天体でも、暗ければ細部は見えません。地球6地点に散らばったアンテナからは同時に見えない空の領域もあります。超高角度分解能電波干渉計の観測対象は限られるのです。

 これらの条件をクリアする天体のうち、最適なものふたつが、宇宙ジェットエンジンことM87*と、銀河系の主ことSgr A*です。この2天体はイベント・ホライズン・テレスコープの最重要ターゲットです。このうち今回発表があったのはM87*の結果です。(M87銀河全体と、中心の超巨大ブラックホールを区別する時には、後者に「*」をつけて表記します。)

ブラックホール近傍が見えた!

 2019年4月10日、イベント・ホライズン・テレスコープ・チームによる記者発表が行なわれ、2017年4月に行なわれたM87*の観測結果が公開されました。同時に科学誌『Astrophysical Journal Letters』への投稿論文もCC BY 3.0ライセンス*3で公開されました[1〜6]レター形式の論文は普通は4ページくらいですが、17ページから52ページという破格のボリュームが一挙に6篇です。チームの意気込みが伝わってきます。(投稿から査読・受理(掲載決定)までも破格のスピードで、6篇の中には2018年3月4日投稿、3月12日受理なんてものもあります[5]。査読者も大変です。)

*3:著者を表記すれば転載可能なライセンス。大学広報や機関広報を通じていちいち画像などの使用許可を申請しなくてすむので、サイエンスライターやメディアにとっては大変ありがたい。自然と、そういうライセンスの発表を優先して記事にすることになります。

 超巨大ブラックホールM87*近傍の驚くべき超高角度分解能写真をもう一度御覧ください。

 3枚の図のうち、左が超巨大ブラックホールM87*近傍を撮像したものです。何が見えているのか解説しましょう。

 超巨大ブラックホールM87*には、周囲からガスが押し寄せ、風呂の栓を抜いたときのようにぐるぐる渦を巻き、吸い込まれています。この渦は「降着円盤(こうちゃえんばん)」と呼ばれます。光速近い速度で渦を巻く、(輝度)温度60億Kを超える超高温のガスです。

 オレンジ色のドーナツはこの降着円盤から発せられた光(電波)です。ただし、降着円盤の形が直接見えているわけではありません。降着円盤から発せられた光線をブラックホールの強大な重力が曲げるため、光線はブラックホールをぐるっと迂回してやって来ます。上下左右から迂回してきた光線を全部合わせると、M87*をこのようにぐるりと取り囲んでいるように見えるのです。また、降着円盤の背後にある、あちら向きのジェットから発せられた光が重力レンズ効果で曲げられて、ドーナツに加わっているということです。

 ドーナツの穴の見かけの直径は42±3マイクロ秒角で、これは1000億kmに相当します。ただし、この穴の見かけの直径が超巨大ブラックホールのイベント・ホライズンの直径というわけではありません。

 光のドーナツは、下半分は明るく、上半分は暗く見えています。超巨大ブラックホールに落ち込む直前のガスは、光速に近い速度で超巨大ブラックホールをぐるぐると周回しているため、光のドップラー効果とドップラーブーストという現象によって、こちらに近づく部分(下半分)は明るく、こちらから遠ざかる部分(上半分)は暗く見えているのです。

 強調しますが、このようにブラックホール近傍が超高角度分解能で撮像されたのは史上初めてです。降着円盤から放射されるX線などの観測から、こういう姿は想像されてはいましたが、これまでは想像するだけだったのです。

 そしてこの穴の中心には超巨大ブラックホールがいます。 そのイベント・ホライズンの半径は、回転ブラックホールを仮定すると、3.8±0.4マイクロ秒角、すなわち約100億kmと見積もられます。ドーナツの(見かけの)穴の6分の1ほどです。太陽系と比べてみると、冥王星軌道までもすっぽり収まります。

 このデータから、超巨大ブラックホールの質量は太陽質量の(6.5±0.7)×10^9倍と求められました。実に太陽の65億倍です。この外側にはM87という銀河が広がっているわけですが、そこに含まれる恒星の質量に匹敵します。(いったい宇宙のどんな事件によってそんな代物ができあがったのでしょう。)

 真ん中の図は、降着ガスの見え方のシミュレーション結果です。ガスの量やエネルギーなどを適当に仮定して、流体力学と相対性理論の効果を組み合わせた理論計算を行ない、さらに重力によって光線の曲がる効果を考慮して、見え方を計算したものです。円盤というよりも、絡み合う糸のように見えますね。

 さらにそれがイベント・ホライズン・テレスコープの角度分解能で撮像される場合の予想図が右です。実際に観測された像にそっくりです。(そっくりになるようにシミュレーションの入力値を選んでいるわけですが。)ともあれ、超巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤というモデルが観測データを見事に再現しています。

 これで、このドーナツの写真が何を写したものなのか、大まかに理解していただけたでしょうか。

宇宙は人類の想像の斜め上を行く

 それにしても、チャンドラセカールが大科学者の反対に遭ってから90年、ついに人類はブラックホール(の近傍)を撮影できるようになったのです。

 それを実現したイベント・ホライズン・テレスコープは、その超絶精度と難易度から、果たして本当に可能なのか、信じられないという声も上がりました。しかしこうして得られた降着円盤の像は、衝撃的な説得力を持っています。

 この研究は始まったばかりです。世界がSgr A*の観測結果を待ち受けています。イベント・ホライズン・テレスコープも電波干渉計技術も今なお発展中です。今回得られた数枚の写真に世界中の研究者が群がって議論を始めることは確実ですが、M87*からも他のブラックホールからも、今後さらなる成果が引き出されることもまた間違いありません。その成果の中には、現在の相対性理論で説明できない新発見だってあるかもしれません。そうなったら物理学の革新です。

 教訓ですが、「そんなことはできっこない」とか「そんな物はあり得ない」などと、うかつに言うことはできません。宇宙が次にどんな驚異を見せてくるか、大科学者だって予想はできないのです。

追記(2019/04/19):降着円盤の発する光について、誤りを改めました。御指摘・御教授いただいた梅本智文氏(国立天文台)、津村耕司氏(東京都市大学)、戸田博之氏(京都大学)、吉田道利氏(国立天文台)にお礼申し上げます。

追記(2019/04/20):誤植などを修正し、ジェットからの光線についての記述を加えました。秋山和徳氏(MIT)、他の皆様にお礼申し上げます。

参考文献
[1] First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole
[2] First M87 Event Horizon Telescope Results. II. Array and Instrumentation
[3] First M87 Event Horizon Telescope Results. III. Data Processing and Calibration
[4] First M87 Event Horizon Telescope Results. IV. Imaging the Central Supermassive Black Hole
[5] First M87 Event Horizon Telescope Results. V. Physical Origin of the Asymmetric Ring
[6] First M87 Event Horizon Telescope Results. VI. The Shadow and Mass of the Central Black Hole

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ブラックホール撮影を成功に導いた日本人の「魂」

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M87中心ブラックホールの周辺のイメージ図。 Image by Jordy Davelaar et al./Radboud University/BlackHoleCam.