日本が貧しくなる未来はすぐ先にあるという。森岡毅さんの『苦しかったときの話をしようか』(森岡毅著、ダイヤモンド社)を読み、その事実を突きつけられて、年甲斐もなく僕の心は震えた。「団塊ジュニア世代」と「ポスト団塊ジュニア世代」に挟まれた僕らは、「氷河期世代」というありがたくない名称で呼ばれている。日本経済がどん底のときに社会に出ざるを得なかった僕らも、どうにかこうにか20年の時を生きてきた。はたして、僕らの「氷」は溶けたのだろうか?

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われら「就職氷河期」世代

 安倍首相が先日、経済財政諮問会議において、氷河期世代の支援策を「国の将来に関わる重要な課題」であると力説していた。いま現在40歳前後の人たちは、高校、大学を卒業して社会に出ようかというそのときに「平成不況」が直撃した世代である。他の世代に比べて非正規の割合が多い「氷河期世代」は、老後を迎えるにあたり生活保護を申請して、財政を圧迫しかねない。ゆえに救済せねばならぬ対象であるらしい。

 ふん、ふん、と他人事のようにニュースを聞いていたのだったが、途中から当事者であることに気づいた。1977年生まれの僕は、現在41歳。まさに指摘された氷河期世代なのだった。そして、平成の終わりとほぼ時を同じくして前職場を退職し、現在は「お百度参り」よろしく職業安定所に足を運ぶ日々を過ごしている。

 政府いわく、「氷河期世代」は働き盛りにもかかわらず、男性社員のうち10パーセント近くが非正規であり、給与額は前後の世代に比べて低い傾向にあるという。もしかして、この答弁は40歳前後の優秀な官僚が作成したのかなと、ふと思う。うん、ありえない話ではない。

余計なお世話だ、国の救済

 大学卒業を控えたあの頃、自分は思うところあって就職活動を投げ出したので、個人的には平成不況に襲われたという実感はない。若い頃は大人から、十把(じっぱ)ひとからげで語られるごとに「世代でくくるなよな」なんて、いちいち口に出して嫌悪感をあらわにしていた。だが年齢を重ねるにつれ、同世代の動向が気になり始めると同時に、何やら変な仲間意識が芽生えてきて、いまに至っている。

 だから、非正規や無職など、僕ら世代の400万人が、年をとってから生活保護の対象者になる可能性を憂慮され、国から直々に指摘されたこと。正直に言って、屈辱である。同世代の誰の意見をまとめたわけでもないが、勝手に世代を代表して「余計なお世話だ」との声明を発表したい。

 そして、驚いた顔の安倍首相に向かってこう言ってやるのだ。「心配しなくても、てめえのケツは、てめえで拭くぜ」と。そんな妄想に浸るが、いま現在、失業手当をあてにしている者のセリフではないと思うので、心の声としてとどめておく。失業中の身のつらいところだ。

 どうして失業中の身にもかかわらず、このような強気な自己完結宣言をするのかというと、先日、ある本を読んで思うところがあったからだ。タイトルに惹かれて手に取ったその本、『苦しかったときの話をしようか』の表紙カバーの内側には、大きく次のように書いてあった。

「この世界は残酷だ。しかし、それでも君は確かに、自分で選ぶことができる!」

僕ら「氷河期世代」は不運なのか?

 倒産確実といわれたUSJを再生させ、人気テーマパークに変えた稀代のマーケター・森岡毅氏によって書かれた本書は、「残酷な世界の“希望”とは何か?」という問題提起から始まる。全体の構成としては、森岡さんご自身の子どもたちがキャリアの判断に困ったときに、手助けとなるべく書かれたという形をとっている。

 あらましはこうだ。森岡さんの長女は大学卒業を控え、就職活動期に差し掛かった。父の目から見ても、彼女はあきらかに将来に悩む素振りを見せている。その悩みの根本はどうやら、「自分が何をしたいのかわからない」というところにあるらしい。日本の学生の大部分が、社会に出る前に直面する自問自答。

 森岡さんはその問いの答え、つまりは自問自答を「本人自身で」紐解き、解決する方法を知っているという自負があった。だが娘への思いが強すぎるあまり、伝えたいことが山のようにあって、最後はケンカみたいになってしまうため、うまく伝えられない。そこで森岡さんは、本書のもととなる「虎の巻」を、丸1年以上にわたって娘のために書き綴ったのだった。

 森岡さんは娘にむけ、本書の中で次のように諭す。

「この世界は、創った神様にとっては極めてシンプルな“平等の精神”に根差しているのだが、その結果の偏(かたよ)りは1人1人にとっては極めて“不平等”になるのだ。神様の正体とは“確率”であり、1つ1つの事象の配分は極めて平等に“ランダム”に行われているが、結果には“偏り”がある。したがって、神様のサイコロの結果、1人で幸運を3つも4つも享受する人もいれば、1人で不運を3つも4つも背負う人もいる。それこそがこの世界の残酷な真実だ」

 3つも4つも不運を背負ているとは思わないが、僕たち「氷河期世代」の平成不況は、不運の1つと数えられるかもしれない。しかし森岡さんが言うように、選択肢は少なく、パイの奪い合いは激しくなろうとも、僕たちの世代だって「選ぶことができた」のだ。選択の自由を奪われたわけではない僕らは、けっして不幸ではない。

日本が貧しくなる未来

 本書に指摘されているように、1990年代なかばに、世界のGDPにおいて16パーセントを占めていた日本は、その後、空白と停滞のまま30年間を過ごした。2000年当時、さかんに繰り返された「失われた10年」というフレーズ。いま振り返れば、それから20年も失われ続けた経済の低迷期に、僕らは社会へと飛び出したのだった。

 成長を続ける世界から取り残された日本はいま、世界のGDPにおいて、わずか6パーセントの存在になり果てた。当時、アジアで唯一絶対的な先進国だったのに、1人当たりのGDPでもアジアのトップから転げ落ちている。

 日本が貧しくなる未来はすぐそこ、いや、現在進行形で少子高齢化が進むなかで、事態は加速度的に悪化している。その事実を突きつけられて、私の心は震えたのだった。一体、これからどうすればよいだろうと。

 私はもはや「自分が何をしたいのか分からない」などという年ではないが、それでも本書で示されている様々な考え方は、非常に役立つと感じた。どうしてこの本が、僕たち「氷河期世代」が就職する時期に、世の中に存在しなかったのだろう。先を読みすすめるにつれ、「たられば」であるのだが少し悔しく思った。それくらいこの本は、不安な未来に希望をともすような内容なのだ。

 森岡さんは、さらに娘にこう語りかける。

「不正解」と「TCLの法則」

「私にも覚えがあるのだけれど、就職活動とはまるでどこかに1つしかない正解を探して追い求めることで、それを見つけ損なったら人生が大失敗するような不安がつきまとっていないだろうか? 自分に向いた職能や会社、自分の目を開けてくれる上司や同僚、そういう“運命の出会い”というものがあって、どこかにあるそのたった1つの正解を探さないといけないと思っていないかな? しかし、社会人になるということも、仕事に就くということも、そういうことでは全くない」

 キャリアの正解はたくさんあるのだという。そのなかで唯一、気をつけるべきは「不正解」である。不正解とは何か?どういうもののことを言うのか?森岡さんは語る。

「不正解とは、自分にとって決定的に向いていない仕事に就いてしまうことである。それは“自分の特徴が裏目に出る”かつ“自分にとって情熱がどうしても湧いてこない仕事”のことであり、この2つはたいてい連鎖して起こる」
「自分の特徴が裏目に出る仕事とは、自分のいくつかの特徴を決定的な弱みとして際立たせ、強みとしてはなかなか発揮できない文脈や環境だということだ。そういう仕事では、結果的に強みが発揮できないので成果が上がらず、達成感も得られなければ評価も低い」

 そして、その不正解を回避するための具体的な方法「TCLの法則」を、本書にしたためている。

 自分自身に置き換えてみると、不正解を選ばなかったとは思う。だが「これでメシを食べていこう」という道を定めたのは、ここ数年のことだ。もし本書に書かれている「自分の強みを知るTCLの方法」を、20歳前後で知っていたら、その後の20年で回り道はしなかったのではないかと思うのだ。自分の「正解の可能性」に自覚的であることは、人生における「宝の地図」を手に入れたことに等しい。「TCLの法則」は、その宝の地図の真偽を教えてくれる。

「TCLの法則」とは、具体的にいうと今までの人生で自分が好きだった「~すること」を、「動詞」で最低50個、できれば100個くらい書き出して仕分けするという方法である。ポストイットに書いたその「動詞」を、「T」「C」「L」「それ以外」と書いたA4紙それぞれに貼っていくのだ。ただそれだけで劇的な効果がある。

「T」とはThinking、考えることや戦略的なことに関する動詞は、ここに分類される。つづいて「C」はCommunication、伝えることや人と繋がることに関する動詞はここ。そして最後の「L」はLeadership頭文字をとったものであり、人を動かすことや変化を起こす類(たぐい)の動詞が入る。それらのポストイットが、一番多く貼られた箇所が、自分の得意とすることというわけだ。詳しく知りたい方は、ぜひ本書を参考に試してみて欲しい。

『苦しかったときの話をしようか』に魅せられて

 この本を読むのに、遅すぎるということはない。とくに本書のタイトルともなっている、森岡さんご自身の「苦しかったときの話」は、若いときに読めば自身のキャリア育成のための指針となるだろうし、キャリアに悩む組織の中堅にあたる世代には、これまでを振り返るよいきっかけとなるだろう。

 そして何より、わが子が就職活動に取り組む前に、本書を読んでアドバイスしてあげられる親でいたいと思わせる内容である。僕は、「自分のようになるなよ」という思いも込めて、疎まれようとも、聞き流されようとも、残酷な世界に飛び立とうとしているわが子に、この本に書かれた数々の言葉を、かけ続けたいと思った。わが子が、そんな親を持った「自分」を、言葉に出さないまでも、いつか感謝してくれることを信じて。

 誰かのために、想いを込めて書かれた本の力はすごい。少しでも興味を持ったという人は本書をぜひ読んでいただきたいと思う。そして、本書にパワーをもらったとしたら、大切な誰かへそっと贈って欲しい。いたずらに危機感をあおるだけではなく、安易に手を差し伸べるのでもなく、自分の可能性を信じて未来を切り開いていくことができる1冊である。

 1冊の本と出合って、「この本は、日本の未来を変えるのではないか」そう感じることは、なかなかあるものではない。僕は、本書の存在を世に広めたい。会ったことのない同世代の仲間たちに、この書評を通じて知らせたいと思った。自分の可能性は、自分の手でつかみ取ろうぜという思いとともに。

 おい!そこの同年代。どう?元気でやってる?じつは最近、すごい本を読んでさ・・・そんな情景を思い浮かべる。 ん? おっと、そろそろ職安に行く時間だ。

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