三度の飯よりガソリン優先! 今じゃ考えられない昭和の貧乏クルマ好きエピソード4選

「1000円分給油お願いします」なんてことも

 昔に比べればある程度お金にも余裕ができて、クルマにもお金をかけられるようになってきた。しかし、思い出補正があるにしても、貧乏だった頃にクルマ遊びをしていた楽しい思い出が脳裏をよぎることはないだろうか。それだけ苦労して遊んでいたから印象に残っているのかもしれないが、あの頃思い出に残っている貧乏クルマ好きエピソードを集めてみた。同世代の人は昔を懐かしみながら、若い人はそんなこともあったのかと思いながら読んでいただければ幸いだ。

1)自分の食事よりも燃料を優先

 当時はレギュラーガソリンが余裕で100円を切っていた時代。1000円あればガソリンを10リッター入れることができた。そのため、自分の食費を減らしてでもクルマに燃料を入れていたのだ。もちろん当時はセルフスタンドなどない時代。毎回「1000円分」と店員さんに伝えるのが恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

クルマ好き

2)部品の調達は解体屋さんで

 今では法改正の影響もあって廃車体がうず高く積まれた解体屋さんというものは姿を消してしまったが、当時は郊外の大通りを通れば何軒か見つけることができた時代だった。もちろんその頃はネットオークションも存在していなかったので、仲間内の「○○にある解体屋に△△(車種)の廃車が入ってたぜ!」というような情報が重要だった。次の休みの日に急いで出かけても、タッチの差で他の人に負けるということもしばしばだったのである。

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ちゃんとしたお店でクルマを購入する人のほうが少なかった!

3)エアコン(クーラー)の修理は後回し

 お金がないからボロくて安いクルマを買う。そうすると当然のようにエアコンやクーラーはついていないか、ついていても壊れているという状況だった。とはいえ、走ることには影響がなかったし、エアコンの修理には高額な費用が掛かるということで、いつも後回しにされ、結局最後まで壊れたままだった。当時は真夏でも今のように40度近い温度にはならなかったとはいえ、暑いことには変わりない。にもかかわらず、窓を開けているとエアコンが壊れているとバレるからと、真夏でも窓を閉め切っていたヤツもいたのである。今考えればまったく無意味な見栄の張り方である。

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4)クルマはお店では買わない

 お金がないので新車などはもってのほかだが、ちゃんとした中古車店からクルマを購入するというのも稀だった。ではどうやってクルマを手に入れていたかというと、親のクルマを借りたり(なかには勝手にカスタムするツワモノもいた)、先輩や友人が乗っていた車両を安く譲ってもらったりというのがメイン。もちろん、先輩や友人も貧乏なので、普通に手放したら査定ゼロ、もしくは処分費用を請求されるレベルの車両だったが、それが数万円という激安価格で仲間内で回るというのが常だった。だいたい同じ地域なので、ナンバーのそのままの場合が多く、まったく知らない人に前のオーナーと間違えて声をかけられるという微笑ましいエピソードも多々あったのである。

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