「世界で最も影響力のある人物」(米タイム誌、4月18日発表)にアジアから、マレーシアのマハティール首相とパキスタンカーン首相が選ばれた。

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 本コラムでも以前、東南アジアで今、域内に改革を呼ぶ新しいタイプASEAN東南アジア諸国連合)のリーダーとして、この2人を挙げていた。

 受賞理由に共通する点は、世界の地政学的地図を一党独裁の赤色に塗り替えようとする強硬な中国を揺さぶる巧みな「中国操縦力」にある。

 中国による一帯一路事業関連融資額が、アジア地域で1、2位の「一帯一路被支援国家」である両国は、中国からの財政支援を受ける一方、したたかに「脱中国依存」も進めてきた。

 その最も象徴的な出来事が起きた。

 9か月に及ぶマレーシアとの長期決戦交渉の末、4月12日、まるで“バナナの叩き売り”のように、中国が一帯一路の建設事業の大幅譲歩を受け入れた。

 マレーシアの要求に応える一方、中国も交渉国と融和的関係を演出することで、強権的とする批判をかわし、イメージチェンジを図り、今後の一帯一路全体の交渉に弾みをつけようとした狙いも見え隠れする。

 結果、当初の建設費を3割強(440憶リンギ)カットし、計画を縮小、さらに中国色を減らし、地元マレーシアの事業者参入を40%にまでアップさせた。

 また、マレーシアの基幹輸出産品であるパーム油の中国輸出を「現行比較で約50%アップ」(マレーシア政府関係者)させるという取引も考慮されることが決まったという。

 中国の大手食用油、益海嘉里グループなどが、8億ドルを超えるパーム油購入を決め、超大型契約を結んだ。

 中国はパーム油の爆買いで、一帯一路の首をつないだ、ともいえるのだ。

 結果、昨年7月に中止された同事業の継続合意が正式に決定された。

 米一部メディアはこのチャイナショックを「マハティール首相の大勝利」と絶賛。今回のマハティール・モデルが、対中国で債務問題を抱える諸外国が学ぶべき画期的なケースとして紹介した。

 今回、中国が譲歩した事業とは、習近平国家主席肝いりのプロジェクト「東海岸鉄道計画」(ECRL)だ。

 南シナ海とマラッカ海峡を688キロ(当初、交渉合意後640キロに短縮変更)の鉄道路線で結ぶ、一帯一路の生命線ともいえる最重要事業の一つだ。

 総工費655億リンギで、2017年8月に着工された。

 ECRLは、諸外国の一帯一路案件同様、中国輸出入銀行が融資し、中国交通建設が「資材のネジから工員に至るまで」中国から“輸入”して建設する。

 筆者が取材した2017年8月9日の起工式は、まさに「中国にハイジャックされた事業」のお披露目だった。

 式には、マレーシアのナジブ首相(当時)、中国側からは、汪洋副首相と中国交通建設 の劉起濤会長らが出席した。

 司会や進行は当然、マレーシア公用語マレー語か、英語かと思いきや、中国語で敢行された。

 式場周辺の看板なども中国語があふれ返り、中国に乗っ取られた事業を象徴する式典だった。

 一方、今回、中国が大幅譲歩した背景には、東海岸鉄道計画が頓挫すれば、中国の安全保障が根幹から崩れ落ちるという危機的状況があった。

 中国は、自国の輸入原油の90%が通過するマラッカ海峡を、米国が管理するという安全保障上の最大リスクである「マラッカ・ジレンマ」を抱えている。

 シンガポールには米海軍の環太平洋の拠点がある。万一、マラッカ海峡を封鎖された場合、中国は原油を手に入れることができなくなる。

 ECRLは、アフリカや中東からマレー半島東海岸側に抜ける戦略的優位性があり、これによってマラッカ・ジレンマの解決につなげたいというのが中国の狙いだ。

 しかし、そのためにはマレーシアを取り込まなければならない。マハティール首相はまさにここを突いたのだ。

 マハティール首相は昨年8月に北京を訪問し、「新植民地主義は望まない」と中国を一蹴した。

 世界のメディアの前で、あえて中国の面子を傷つけ、老獪なマハティール首相への警戒を増幅させ、中国側から有利な交渉条件を引き出そうとした。

 また、マハティール首相は、本コラムで日本のメディアとして第一報を報じたマレーシア政府系投資会社「1MDB」を巡る世界最大級の汚職事件も巧みに利用した。

 捜査の進展で、ECRLを含む中国支援の一帯一路関連の大型プロジェクトの資金が、ナジブ前政権が抱えた1MDBの債務返済に流用された疑いが濃厚となってきた。

 ナジブ前首相の公判が始まり、同事件への中国の関与をカモフラージュする意味でも、中国が「交渉で軟化した」(マレーシア政府筋)ともいわれている。

 さらにマハティール首相はその老獪ぶりを十二分に発揮。

 今年1月、中国との交渉が膠着すると「マレーシア政府は、ECRLの廃止を決めた」と腹心のアズミン経済相が「断言」したかと思えば、今度は華人系のリム財務相が「寝耳に水」と発言するなど、中国を困惑させる手法を展開。

 国家の威信がかかっている第2回一帯一路国際フォーラム4月25日から27日まで北京)で、目玉プロジェクトであるECRLの成果を発表したい中国の泣き所を突っついた。

 結果的に同フォーラム開催直前の2週間前に、マレーシアの狙い通りの条件で事業継続の合意に漕ぎ着けた。

 米国が最大出資国(2位は日本)の世界銀行の新総裁、デビッド・マルパス氏は、第2回の一帯一路会議を前に4月11日、就任後初の記者会見を開き、中国の“債務の罠”への国際社会の懸念を指摘。

 「アフリカでは17カ国が、透明性のない深刻な債務に直面している。今後、債務に苦しむ国々が増加するだろう」と同会議を主催する中国を非難した。

 一帯一路が提唱されて6年。124か国と29の国際組織が協力文書に調印している。

 米国のドナルド・トランプ政権は、2017年の第1回フォーラムには、ポッティンジャー国家安全保障会議アジア上級部長を派遣していたが、今回は「政府高官レベルは派遣しない」と決めた。

 米国はこれまで、「中国はインフラ投資目的で関連国に過剰な債務を負わせ、経済的、軍事的支配を高めている。一帯一路は“借金漬け外交”そのものだ」と批判してきた。

 しかし、今回の不参加は別の意味もある。

 3月末、G7の一員としては初めて、イタリアが一帯一路の覚書に中国と調印したことへの反発だ。

 さらに米国は4月23日、中国海軍の創設70周年記念式典が開催される山東省青島での国際観艦式にも、参加しないことを表明している。

 本コラムでも日本のメディアとして真っ先に報じたが、最近ではフィリピンの実効支配する南シナ海のパグアサ島での中国の大量艦船侵入が大きな問題となっている。

 米国には、中国が南シナ海で軍事拠点化を進めるなど、中国の軍事力増強への懸念が拡大している。

 19日の王国務委員兼外相の記者会見によると、4月25日から開催の第2回一帯一路国際フォーラムには、150か国以上の代表(首脳は37人)が出席することになっているという。

 マハティール首相は2月の中旬、筆者の質問に対し、「一帯一路フォーラムに出席する」と世界の首脳陣の中で最初に参加を表明した。会議では、演説も行う予定だという。

 その狙いは何か。

 今回、米中貿易戦争真っ只中で、米国不在となる第2回フォーラムは、一帯一路に拒否権を発動する米国への反論の場となる可能性が高い。

 一部の日本メディアは勘違いな報道をしているが、マハティール首相は「嫌中」では全くない。「嫌米」なのである。

 一帯一路への支持・参加表明は、実は米国に対するアンチテーゼでもある。

 3月の中国メディアとのインタビューでも、「米国と中国のどちらを支持するか」と問われ、「中国だ」と断言している。

 「西洋諸国がそうであったように中国は発展したいと考えているだけだ。そんな中国の発展を我々は享受したい」と中国を擁護。

 フィリピンのドゥテルテ大統領も、嫌米だが親中ではない。マハティール首相は筆者との単独インタビューでも、「一帯一路を自国が有利になるよう活用する」と話している。

 今回の東海岸鉄道計画交渉では、中国が融和的イメージを醸し出すことで、日本など今後の諸外国との交渉をスムーズに進めたいとする軟化政策を標榜したともいえる。

 しかし、人口3300万人の小国マレーシアが、廃止に伴う賠償額が巨額であったからとはいえ、大国・中国に対して「大幅減額、(国益を考慮した)規模縮小、主要輸出品拡大など」、多くの指導者では到底、無理な辣腕の交渉劇を果たしたと言える。

 こうしたアジアの指導者は、自国の国益を最優先する確固たるビジョンを兼ね備えていると言ってもいいだろう。

 いまだ一帯一路への不参加や不支持を明確にせず、日本列島アジアの潮流に“漂流させている”安倍晋三首相より、信頼できる頼もしい指導者ではないだろうか。

(取材・文 末永恵)

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